2 死神勇者は依頼を受ける。
ゴブリンと対峙してから訳2日、ハヤトは疲れていた。身体的疲労はゼロだが、問題は精神的疲労。
休む必要も補給する必要とないので、ノンストップで歩き続ける。森の中をただ一人。心細さで人間を探し回ってるハヤト、ストレスが溜まるのは当然とも言える。
「食べたり寝たりのチルタイムが無い分、かなりキツいぞ...」
不便ゆえの楽しみ方があったことを理解する。
それでも西へ歩き続ける。全ては『人間に会うため』に!
───────
さらに5日後、幾千のも山と川を越え、ハヤトはついに発見した。人間の集落を──!
点々と建てられた木造の家、管理が行き届いた畑。
知識がないハヤトにも、ここは辺境の村であることは理解できた。もしかしたらここに鑑定士がいるかもしれない。
「よっしゃ行くぜ!」
早速乗り込もうとしたハヤトだが、棚に上げていた特大の懸念事項を思い出す。今の彼は明らかな人外。魔物と人間が友好的なタイプの異世界の可能性もあるが、ギャンブルはしたくない。できれば人間のていでいきたい。
「これで行くしかないか」
ゴブリンからもらった(カツアゲ)した黒い布切れ。彼の服であり、唯一の所持品。鏡はないが、怪しすぎる見た目なのはわかっている。
ーーそれでも行くしかない!
顔を見られぬようフードを深く被り、ハヤトは意を決して村へ足を踏み入れた。しかし、村に足を踏み入れた瞬間、異様な静けさに気づく。
「誰もいない…?」
1人もいないのだ。廃村ってことはないだろう。畑は手入れされており、家々の窓も開いている。ついさっきまで誰かが生活していたような、そんな生活の匂いすら感じる。
「何が起きてるんだ……?」
不穏な静けさに疑問を感じながら周囲を見渡すと、ハヤトは教会の影に一人の少年を発見した。
……彼、『梶海ハヤト』は、ついに人間を発見したのだ!
異世界でたった一人は孤独そのものだった。
嬉しさのあまり、もし涙腺があれば涙が溢れそうになっていただろう。ハヤトは死神に、しかも勇者として転生したが、中身はただの寂しがりやな男子高校生なのだ。
声をかけようと、ハヤトは布切れの下で腕を広げた。「感動の初対面」という名の抱擁を交わすつもりで。しかし、その少年が木刀を振り上げ、自分に向かって猛然と突進してくることに気づく。
「……え?」
少年は走りの勢いをそのままに、ハヤトの脳天目掛けて木刀を振り下ろした。
ハヤトはそれを、間一髪で、全力で避けた。
もしゴブリンの時のように攻撃をすり抜けさせてしまえば、一瞬で人外(死神)であることがバレる。その危機感が、骨の身体に凄まじい反応速度をもたらしたのだ。
「何すんだガキぃ!」
「うるせー! オレは強くなるんだー!」
少年の再びの振り下ろし。今度は避けずに、肉のない左手でガシッと受け止める。そのまま無理やり木刀を奪い取り、遠くの茂みへ放り投げた。
「で? 誰が強くなるって?」
ハヤトは嘲笑気味に聞き返した。もし表情筋が残っていれば、とんでもなく邪悪な顔をしていただろう。
「くっそ! なんなんだこのおっさん、くそ強ええ!」
「 俺はまだ高2だぞ!せめて成人済みのやつに言え!そういうのは」
ハヤトと少年の、この上なくレベルの低い言い合いが続く。すると、騒ぎを聞きつけたのか、側にある家の窓が勢いよく開いた。
中から顔を出したのは、少年とよく似た顔立ちの若い女性。おそらく少年の母親だろう。
その女性は大きく息を吸い込み、村中に響き渡る声で張り上げた。
「こらあああ!! トース!! あんた何やってんだい!!」
「やべっ! かあちゃんだ!」
少年――トースは脱兎のごとく逃げ出したが、陸上選手を彷彿とさせる見事なフォームで追いかける母親。すぐに追いつかれ、首根っこを掴まれてハヤトの元に連れ戻される。
「トース! あんたって子は、ことあるごとに他所様に喧嘩ふっかけて……迷惑でしょうが! ……ほんっとうに申し訳ありません、うちの馬鹿息子が……!」
母親はトースの頭を押さえつけながら、深々と頭を下げた。
「だってよ、かあちゃん! オレがあの竜を倒せば、村もいつも通りに戻るんだろ!?」
「またそんなこと言って! 一人でワイバーンのところへ向かったら、お尻ペンペン100回よ!」
「ワイバーン……?」
ハヤトが思わず聞き返す。
トースの母親の説明によれば、最近この村の近くにワイバーンが住み着いてしまったらしい。
街への買い出しもままならず、畑仕事も最低限。家畜もすでに何匹か連れ去られたという。
村長がギルドに依頼を出しているものの、冒険者はなかなか現れない。困り果てた村の現状に、トースは我慢できず「俺が倒す!」と息巻いているというわけだ。
ハヤトから見れば、トースの討伐計画など無謀もいいところだ。元気はあるが、ゴブリン相手にすら勝てるか怪しい。
「村長がギルドに依頼したから、冒険者が討伐してくれるらしいんですけどね……中々遅くて。ほんと困った状況なんですよ」
「それは困りましたね」
……冒険者。ハヤトの脳内でその単語が煌めく。
冒険者はハヤトの憧れの象徴だ。依頼を受けて、お金をもらう。絶対に楽しい仕事だと確信させる。
ハヤトの決意は固まった。ここを出たら、冒険者登録ができる場所を探そう。そうすれば今よりは安定した生活を送れるだろうし、絶対に楽しいだろう。
「……なぁなぁ母ちゃん」
トースが母親の服を引っ張り、空気を読まずに爆弾を投下した。
「このおっさん、冒険者なんじゃねえの? ……めっちゃ強えんだぜ! オレの木刀を片手で受け止めやがった」
「えっ!? そうなのですか?」
トースの母親が、期待に満ちた眼差しをハヤトに向ける。
「エッ?」
ハヤトは固まった。もちろん、そんなわけはない。彼は転生して7日程度、ただの寂しがりやな高校生なのだ。否定しようとしたが、トースの母親の期待の眼差しに躊躇してしまう。
その一瞬の間を、トースの母親は肯定と受け取った。期待の眼差しが、一瞬にして深い感謝の眼差しへと変わる。
「お越しいただきありがとうございます、冒険者様! 本当に助かります!」
「いや、違うっ――」
「ワイバーンの巣は、門を抜けて直進です! 数分で着きますよ!」
彼女の声は村中に響き渡った。『冒険者様が来たぞ!』と村は大騒ぎになり、家々から村人が溢れ出してくる。
「冒険者様! あのクソトカゲを追い払ってくれ!」
「なぁなぁ、なんでそんな布被ってんだ? かっこいいな!」
「怪我すんなよ!」
「報酬金は用意してるから気合い入れろよ!」
囲まれ、押し出され、背中を押される。完全に断れる空気ではなくなった。
気がつけばハヤトは、村の門の前に立たされていた。
背後では村人たちの歓声と期待の声。引くに引けない状況の中、ハヤトは自問する。ゴブリン戦で自分の身体能力が異常なことは理解したが、ワイバーンに通用するのか?
「……まぁ、報酬が出るなら悪い話じゃない、か?」
自分への言い訳を作り、ハヤトは小さく息を吐く。今後のための軍資金が必要だと自分を納得させ、ハヤトはフードを深く被り直した。
「……よし! 行くか!」
ハヤトが門を抜け、ワイバーンの待つ道へと直進する。




