1 死神勇者は爆誕する
ハヤトが目を覚ますと、そこは鬱蒼とした森の中だった。
木々の様子は、前世と見比べてもほとんど同じに見える。
すぐ横には透き通った池があった。おそらく女神様の計らいだろう、これなら水には困らなそうだ。
ーー特に喉は渇いていないけど一応飲んどこ。
ハヤトが池に近づき、水面を覗き込む。
だが、そこで揺れていたのは自分の顔ではなく一切の皮も肉も目玉もない、ただの「骸骨」だった。
「うわああああ!?」
あまりの驚きに、その場で勢いよく仰け反る。そして、直前の女神の言葉を思い出した。
「そ、そうだ。俺、死神に転生したのか……」
手を見れば骨、足を見れば骨、腹を見れば骨。彼の体は、文字通り全て骨で構成されていた。
試しにポッカリ空いた口に手を入れると、すっぽりと通り抜け、そのまま胸の肋骨まで触れてしまう。
目がないのに見え、耳がないのに聞こえるという奇妙な感覚。人型とはいえ、関節の動きもどこかぎこちない。
だが、彼にとって最もショックだったのは、そんなことではなかった。
「う、嘘だろ……!?」
「俺の、俺のムスコが無え!?」
『ムスコ』の喪失である。
そりゃあ、目も耳もないのにアレだけ生えていたら相当ホラーな見た目になるが、思春期真っ盛りの彼にとっては命の次に大事なモノだ。
むしろ視覚も聴覚も機能している以上、唯一失われた機能が『そこ』なのである。
致命的な事実に気づいた彼は、がっくりと膝をついた。彼の「万年チェリーボーイ」が確定した瞬間だった。
「異世界お馴染みのハーレム路線が、始まる前に絶たれた……」
女神マジ許すまじ。そう心に刻みながら、ハヤトは立ち上がる。今にも倒れそうな程傷心しているが、試したいことがあった。
ハヤトがポーズを構え、「ステータスオープン!」と叫ぶ。が何も起こらない。
右往左往していると、一つの腕輪を発見する。
「なんだこれ?」
ハヤトが試しに拾う。宝石とかはついてないが、頑丈。サイズもぴったりだ。
ハヤトが好奇心で腕にはめると、目の前に画面が表示された。日本語が書かれている。
【これは異世界転生者に送られる補助腕輪です。名前の通り、異世界初心者を、サポートします】
「へぇ〜。女神様の配慮かな?」
【補助腕輪ができることは
・質問の解答
・持ち主のステータス開示
・データスキャン の3点です】
「なるほど。じゃ早速ステータス開示してくれ」
画面が変わり、ハヤトのステータスが表示される。
──────────
名前 ハヤト
年齢 不明
種族 死神
役職 光の勇者+???
健康状態 良好
スキル
『冥王の右腕』
『死の眼差し』
『魂の簒奪』
『勇威纏装』
『聖光の斬撃』
『聖域顕現』
─────────
「うおおお!」
ハヤトが歓喜の声を上げる。まさか自分にこんな強そうなスキルが備わっているとは思っていなかったのだ。???の部分もあるが、特に気にしていない。
早速腕を構えて、スキルの発動を試みるが思い留まる。
画面に表示されているのはスキル名だけ。効果は書かれていない。もし、大きなリスクを負うスキルを発動すればまずい。極論、自爆技もあるかもしれない。
「hey補助腕輪!スキルの効果はどうやって確認すればいいの?」
【鑑定士による鑑定を受ける必要があります】
「鑑定士か〜。とんでもないリスク負うスキルあるかもだし、それまでスキルは我慢だな」
ハヤトの目的は決まった。
早くスキルを使ってみたいハヤトは居ても立っても居られず、歩き始めた。
ーーーーーーー
「うわあ、すげえ……」
歩くこと数十分。大空を悠々と舞う巨大な鳥を発見し、思わず感嘆の声が漏れた。異世界に憧れていた彼にとって、目に入るものすべてが新鮮だ。変な形をした果実、底が見えない深い渓谷、さらには定番のスライムまで見つけた。
彼は間違いなく、異世界を満喫していると言えるだろう。だが、ただ一つだけ不満があった。それは、
「人間に会いたいよー!」
心細さである。
鑑定士に会うのは当然として、そもそも人間が恋しくなっていた。
ゲームや漫画の知識があるとはいえ、ここは全くの未知の世界。骨だけの体で今までとは違う環境、そんな中にポツンと一人きり。寂しい。とにかく寂しいのだ。
「絶対に仲間作ってやる...!」
自分の見た目が明らかな人外であるという特大の懸念事項は完全に棚に上げ、「まあ、なんとかなるだろう!」という考えを胸に、彼は再び歩き出した。
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さらに歩くこと数十分。彼はある事実に気がついた。この骨の肉体、全くといっていいほど「疲れ」を感じないのだ。
整備された道はもちろん、獣道すらない悪路。山登りが趣味の人間でも音を上げるような険しい斜面を、息ひとつ切らすことなくすいすいと突き進める。
どういう物理法則で筋肉のない関節が動いているのかという疑問は、今の彼にはどうでもいいことだった。
休憩なし、補給なしで人間以上に動かせる体。
ーー便利すぎる!
と思ったが、ムスコがないという一点において、彼の中ではプラマイゼロ……いや、マイナス評価だった。喪失のショックは、それほどまでに大きいのだ。
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太陽が傾き始めた頃、彼はついに「アイツ」を発見した。ゴブリンだ。
『異世界といえば?』という問いがあれば大体の人間は「スライム」か「ゴブリン」と答えるだろう(主観だけど)
ハヤトが補助腕輪を構え、ゴブリンをスキャンする。
【小鬼人『ゴブリン』体は小さいが知能が高く、集団で行動する。食べ物を嗅ぎ分ける為に大きく発達した鼻が特徴的】
【『ゴブリン』の情報獲得。さらなる生体情報が追加されます。生体情報はいつでも確認可能です】
「スキャンした生き物の情報が知れるのか。スライムにもやっておけば良かったな」
ゴブリンの所へ向かおうとも考えたハヤトだが、ゴブリンはせっせと果実を集めている。
邪魔しては悪いと考えたハヤトは悟られぬよう身を屈めて来た道を戻ろうとした。しかし、別のルートへ抜けようと顔を上げた瞬間、別のゴブリンとガッツリ目が合ってしまう。
「……あ」
ここで補助腕輪の言葉を思い出す。ゴブリンの特徴は集団行動であることを。
「ゲギャアアアアア!!!」
叫び声が森に響く。それに呼応するように、木々の影から次々とゴブリンが姿を現し、あっという間に彼を包囲した。
「ちょ、お前ら血気盛んすぎんだろ!?」
逃げる間もなく、周囲は10匹以上のゴブリンで埋め尽くされた。各々が棍棒を構え、一匹のゴブリンが彼の頭目掛けて勢いよく振り下ろす。
しかしーー
その一撃は彼に当たることもなく、虚しく空を切った。手応えゼロ。まるで光の粒子を殴ったかのような感覚だ。
その不可解な光景に、ハヤトを含む全員が固まった。
「あれ? もしかして……」
「俺、物理攻撃効かないのか? 死神だから!?」
確かに、ハヤトの記憶にある死神像に、殴る蹴るが通用するイメージはない。そうとわかれば強気になれる!
「はっはっは! そういうことなら話は早い!」
彼が余裕の足取りで詰め寄ると、ゴブリンたちがパニック状態で棍棒を振り回す。
しかし、全てがすり抜けていく。ゴブリンたちの顔に、「何コイツ!?」という恐怖が浮かんだ。
ハヤトは眼前まで迫ったゴブリンに対し、肉のない拳をグーにして軽く突き出した。
ビビらせる程度のつもりの軽いパンチだった。しかし、次の瞬間。ゴブリンの体は弾丸のように吹き飛び、巨岩に激突した。ゴブリンはそのまま泡を吹いて気絶する。
「当たる…一方的に干渉できるっぽいな。そんで素の力もイカれてんなこの身体!」
拳を握りしめたまま振り返ると、残りのゴブリンたちは完全に戦意喪失していた。武器を放り投げ、中には恐怖のあまり気絶する奴までいる。
「なあお前ら、人間の集落ってどこにあるか知らないか?」
ゴブリンたちが一斉に、ガタガタと震えながら西の方角を指差した。
「言葉は通じるのか。……夕方の太陽の沈む方向、つまり西だな!」
「それと服持ってないか?俺の体に合うやつ。布でもいいぞ」
隠すものなんてなかったが、裸でいるのも違和感がある。それにずっと自分の骨を見るのも辛いところがある。
ハヤトが再び拳を握ると、ゴブリンが慌てたように一つの布と持ち出す。全身を隠せる程度に大きな黒い布切れだった。
ゴブリンが持ってるものにしては頑丈で滑らか、多分人間から奪った物だろう。こいつらにこれを作る技術力はなさそうだ。
差し出されたそれを受け取り、ハヤトが身を包む。
今のハヤトは風貌は多くの人が想像する黒い布に包まれた死神そのものであった。鏡がないので当の本人は確認できずにいるが。
「ありがとな!」
恐怖で凍りつくゴブリンたちを背に、ハヤトは再び軽やかな足取りで歩き出した。
目的はただ一つ。『人間に会うこと』彼は意気揚々と西へと進むのだった。




