エピローグ
「あなたは死にました」
目の前の女神が、淡々とそう告げた。
「は?」
男――梶海ハヤトは、戸惑いを隠せなかった。今は登校中のはずだ。死の前兆など微塵もなく、いつも通りの、トラブルひとつない朝だった。
目前には無機質な白い空間。置かれた二つの椅子。そして対面に座る、世俗離れした美貌を持つ女神を名乗る女性。状況が全く理解できない。
「ありゃ? もしかして記憶が飛んじゃってます?」
「登校中だったことまでは覚えてるけど、……俺、死んだの?」
「はい! ガッツリと! 即死ですね!」
一切の躊躇なく言い放たれた事実に、ハヤトは思わず頭を抱えた。平凡ではあったが、やりたかったことは山ほどある。ゲーム、漫画、部活、他にもたくさん。だが、何よりも一番の後悔は――。
「俺、彼女もできずに死ぬのかよお〜! まじでありえね〜!」
ハヤトは高校生という、最も「アオハル」な時期を謳歌していた。毎日「今日こそ彼女を作る!」と心に決めて家を出ていたし、切磋琢磨し合う友もいた。
「俺のカップルレース、ここで脱落かよ……」
「……後悔するところ、そこですか?」
女神はあきれたように溜息をつくと、手元の書類に目を落とした。
「とりあえず情報を確認します。梶海ハヤト、2009年5月8日生まれの高校2年生。両親は早くに亡くなり
一人暮らし。小中はサッカー部、高校は演劇部。
ゲーム、漫画の娯楽を楽しみつつ人生を満喫、とても良きです!」
「死因は交通事故ですね。まだお若いのに可哀想に……」
「事故……」
その単語を聞いた瞬間、記憶がフラッシュバックする。
ーーそうだ。登校中、訳あって車道に飛び出し、前から来たトラックに...。
ハヤトは思わず嗚咽を漏らした。全身の皮が剥がれ、肉が潰れ、骨が粉々になるあの感覚。一瞬とはいえ、最悪の記憶だった。
「大丈夫ですか!?」
深呼吸をして、震える拳を握りしめる。顔を上げ、女神と目を合わせる。いつも通り動く体があるせいで実感がなかったが、鮮明な記憶はこれが紛れもない「現実」であることを突きつけていた。
ーー俺は死んだ。
「……で、ここはどこだ? 天国なら嬉しいんだけど」
「ここは天国と地獄の一歩手前。精神が留まれる最後の空間です。ここを過ぎれば、貴方は正式に『死者』として扱われます」
「それってつまり……」
「貴方はまだ完全に死んだわけではありません。……チャンスを与えられたのです」
女神がスッと立ち上がり、両腕を大きく広げた。
「この度、梶海ハヤト様の『異世界転生』が認められました!」
「異世界転生!?」
その言葉に、ハヤトの心臓が跳ねた。ゲームや漫画ではお馴染みの設定。もちろん知識はある。むしろ人一倍には。ハヤトにとって異世界は決して手の届かない憧れの地だった。
「それって、スライムとかゴブリンがいる所だよな! 本当にあったのかよ!」
「はい! ちなみに異世界という概念をあちらの世界に広めたのは、私たち神族です。その方が転生者の説明が楽ですからね」
「まさかの逆輸入かよ!」
「ワクワクしますよね! では早速――」
好奇心が爆発しかけたハヤトだったが、ふと疑問を抱く。死ぬ人全員が転生できるわけではないはずだ。それに女神様は「認められた」といった。なぜ俺が?
「待て女神様。なんで俺なんだ?」
一泊置き、女神が答える。
「貴方は、轢かれそうになっていた子供を助けて命を落としました。その勇気と精神性を神族が高く評価したのです」
「なんだ、そんなことか。もっとすごい理由かと」
「……あなたにとって、あの行動は当然のことだったと?」
「当たり前だろ。あの状況でガキを助けないなんて、人として、あり得ない」
「ま、死ぬとは思ってなかったけどな。運動部に入り直しておけばよかったぜ」
ハヤトは少し恥ずかしそうに鼻をかいた。
その言葉に、女神は少しだけ微笑んだ。この男の子なら、きっと世界をーー
女神が魔法を唱えると、ハヤトの体が淡い光に包まれる。
「貴方の役職は『光の勇者』。世界に4人しか存在しない選ばれし勇者の1人です。どうか現地の人々と協力し、魔王を討ち取ってください」
「ああ、任せとけ!」
光が強まり、ハヤトの体が半透明になっていく。勇者として異世界へ飛び立ち、魔王を倒す――。
……はずだった。
「……っ!? これは!?」
女神の様子が一変する。滝のような汗を流し、血相を変えて叫んだ。
「ハヤト様の転生座標地点に、肉体を形成中の…死神が!? 死神は15年前、人類が総力を上げて封印した厄災!なぜここで復活しているのですか!」
「ダメです、今の死神は魂のない『器』の状態! ハヤト様の魂が吸い寄せられてしまう!」
女神は杖を振り回し、転生プロセスの強制停止を試みる。
しかし、ハヤトの魂は抗えない引力に逆らえず、急速にその『器』へと引きずり込まれていく。
「……え、女神様? 何かあったのか?」
「ごめんなさい、ごめんなさい! ハヤト様を……」
女神は絶望的な顔で告げた。
「死神に転生させてしまいました!!」
「な、ナニいいいい!??」
ハヤトの叫びも虚しく、その魂は全て死神の器へと宿る。
そうして梶海ハヤトは、「死神」の肉体で「勇者」として異世界に降臨することになったのである。
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