10 死神勇者は魂を奪う
サンダーグリフォンはハヤトの異常性を感じたのか、さらに鋭い鳴き声を上げて上空で警戒を強めている。
ハヤトは内心で舌打ちを漏らした。
ーー補助腕輪のスキャン通りだ。速度が音速を超えている。『聖光の斬撃』も『冥王の右腕』じゃとても追いつかない。
「あれ、このまま飛ばれてたらなんもできなくね?詰んでね?」
空を舞うサンダーグリフォンの雷鳴が、再び不気味に響く。奴は次の一撃で仕留めようと、空中で旋回しながら猛烈な助走を開始した。
「マズい、マズいって!」
ハヤトが脳内で補助腕輪の生態情報を急いで確認する。どんな生物にも、弱点はあるはずだ。
【……突撃は威力が強すぎるため乱用できない。一度行えば地上で硬直する……】
「硬直、か。ここを狙うしかねぇ」
轟音とともに、青紫の雷光が空から降り注いだ。
ハヤトは咄嗟に腕を交差させてガードするが、音速の突撃はハヤトの防御力を大きく超えていた。
バキリ、とハヤトの骨が軋む嫌な音が響く。
衝撃で肋骨が砕け、両腕に亀裂が入る。視界が白濁し、地面へと叩きつけられた。
「クッ……! 今だ、チャンスなのにッ!」
衝撃と電気の二重苦。痺れで体が動かない。『冥王の右腕』を無理やり地面に突き刺し、体を前へ引き寄せるが、身体能力の限界が近い。
無慈悲なことに、サンダーグリフォンは再び翼を羽ばたかせ、地上で休む隙も見せずに空へと舞い上がってしまった。
ーーこのままじゃ、次の突撃で確実に粉々だ
骨の体には至る所に亀裂が走っている。次の衝撃に耐えられるはずがない。
だが、ハヤトはボロボロの体を引きずり、不敵に笑った。
「……まあ、このまま食らい続ければ、の話だがな!」
サンダーグリフォンが二度目の旋回を終え、再び牙を剥く。
「行くぞ! スキル発動、『勇威纏装』!」
その瞬間、ハヤトの身を包んでいた不気味な黒いフードが、光の粒子となって霧散した。
新たに纏ったのは、気高く神聖な純白の衣。
背中には人類の守護を象徴する光の紋章が浮かび上がる。
死神の骨格が勇者の輝きを帯び、矛盾する二つの力がハヤトの中で融合した。
【全ステータスを大幅にブースト。魔法耐性、物理耐久力、魔力量、勇者スキル、限界レベルまで上昇】
【闇の魔力の影響が著しく低下。スキル発動中は闇の魔力と死神スキルの発動が不可能】
脳内で鳴り響く警告音とともに、骨に走っていたヒビが光の力で強固に結合されていく。
「今の俺なら、雷だろうが物理だろうが関係ねぇ……!」
ハヤトは純白の翼を広げたかのように、両手を広げる。
「来いよ、サンダーグリフォン! お前の雷、全部受け止めてやるよ!」
ハヤトの咆哮に応えるように、空を切り裂く電光が加速する。サンダーグリフォンは空中で急旋回し、雷鳴を纏った弾丸となってハヤトへ突き刺さった。
──ゴンッッ!!
空間が歪むほどの衝撃音。ハヤトは真正面からその一撃を受け止めた。純白の衣が電撃を散らし、激しい火花が周囲の荒野を照らす。
「ぐぅ、っ……!!」
大地が悲鳴を上げ、ハヤトの両足が地面を深く抉りながら数十メートル後方へと押し流される。
サンダーグリフォンの鋭利な嘴がハヤトの眼前に迫り、今にもその骨を貫かんとする。
だが、その一歩手前で衝撃は止まった。
『勇威纏装』で強化された死神の腕が、雷の弾丸を完全に制御したのだ。
「さっきの借りだ……よくもやってくれたなッ!」
ハヤトは食いしばった牙の隙間からそう吐き捨てると、強靭な力でサンダーグリフォンの首を掴み上げた。
「『聖光の斬撃』!」
手から直接放たれた光の刃は、雷を纏う鋼のような皮膚をバターのように切断する。絶命した鷲の首が、鈍い音を立てて地面に転がった。
凄まじい風圧と雷光が霧散し、静寂が訪れる。
「はぁ……はぁ……っ」
ハヤトは力を失ったライオンの胴体とともに、その場に深く腰を下ろした。
「異世界に来てから...初めて疲れを感じたぞ全く」
ハヤトは純白から再び黒へと戻りつつあるフードを見つめ、小さく苦笑した。
「『勇威纏装』、マジの切り札だな」
流石に疲れたハヤトは、集めた薬草を持ってギルドへ戻ろうとする。
先ほど屠ったサンダーグリフォンの亡骸からモヤが出てることを発見する。薄ぼんやりとした霧が立ち昇っているのだ。
ハヤトは直感で、漏れ出ているのが"魂"だと感じた。
「『魂の簒奪』、まさか...!」
ハヤトが死体に手をかざし、スキル『魂の簒奪』を発動する。
瞬間、漏れ出ていた魂がハヤトの掌へと収束し、彼の体の同化していった。
「うわっ!?なんか入ってきた!」
魂を全て吸収すると、ハヤトの頭で声が響く。
【電鷲獅子の魂を獲得。魂の残滓よりスキル『雷撃』および『風の導き』を抽出、使用可能】
【条件を満たしたことにより、スキル『魂の解放』を獲得】
「『魂の解放』。まーた物騒なスキルだな」
「ま、早速使ってみるか」
ハヤトがスキル『魂の解放』を発動する。ハヤトの掌から、先ほど吸収したモヤが放たれる。
モヤは徐々に輪郭を帯びて、サンダーグリフォンを形成。『冥王の右腕』と同じく、闇の魔力で形成されているらしく、漆黒だ。
「おお〜。お前はさっきの奴か」
サンダーグリフォンがハヤトに軽くお辞儀をする。
「こうしてみると結構かわいいな。じゃあ、早速だけど俺をギルドまで運んでくれ」
ハヤトがサンダーグリフォンに跨る。
ハヤトは『冥王の右腕』を自在に伸ばし、地面に散らばった大量の薬草と、電鷲獅子の亡骸を器用に回収して抱え込んだ。
彼が軽く背中を叩くと、黒きグリフォンは音もなく宙へと蹴り出した。
数十分かけて歩いた道のりを、サンダーグリフォンの超音速で駆け抜けたハヤトは、わずか数分でブリージュの門へと舞い戻った。
──────────
ギルドの扉を開いた瞬間、場内の空気が一変した。
視線の嵐がハヤトを刺す。
だが、今回は彼の怪しい風貌のせいではない。肩に担いだ巨大な獣の死骸のせいだ。
「おいおい……マジかよ。あれ、サンダーグリフォンじゃねぇか?」
「あの浮浪者が、ソロで倒したっていうのか…?」
冒険者たちのどよめきを背に、ハヤトは受付カウンターへ歩み寄る。そして、サンダーグリフォンの亡骸をドサリと無造作に置いた。
「薬草採取してたらこいつに襲われてさ」
受付嬢は目を見開き、信じられないものを見るような表情で魔物を凝視した。
「こ、これはッ! サンダーグリフォンじゃないですか! 危険度Bの強力な魔物です !あなた一人で討伐されたのですか!?」
「ま、まあ、うん。そんなとこ」
ハヤトは軽い調子で返しながら、期待を込めて切り出した。
「で、素材として金にはなるよな?」
「は、はいっ! 依頼対象外なので討伐報奨金は出ませんが、当ギルドで素材として買い取らせていただきます!」
受付嬢は慌ただしく鑑定を行い、興奮気味に告げた。
「サンダーグリフォンの素材は非常に貴重で、尚かつこの状態の良さ……。金貨25枚でいかがでしょう!?」
「お、いいね! それで頼む」
ハヤトは渡された金貨の袋を手に、脳内(物理)の補助腕輪に軽く尋ねる。
ーーこれ日本円だといくら相当?
【――現在の相場換算で、金貨一枚あたり約10万円円。合計で約250万円です】
「マジ!最高かよ!」
約250万円。異世界に来てからの貧乏生活を思えば、夢のような大金だ。
ハヤトは拳とスキルだけでここまでやってきたが、先ほどの死闘で痛感したのだ。
この世界を生き抜くためには、やはりしっかりとした「装備」が必要だと。
「金が貯まったなら、行くところは一つだよな」
ハヤトは袋を抱え、ルンルンとした足取りでギルドを後にした。
目指すは装備店。死神の体に相応しい防具と武器を求めて。




