11 死神勇者は装備を買い求める
ハヤトの手元に残った金貨28枚、銀貨12枚、銅貨9枚。
宿代の支払い等で小銭は減ったが、先ほどの電鷲獅子の素材買い取りによる金貨25枚の増収はあまりに大きい。
ハヤトは宿の部屋で、鏡に映る自身の姿をじっと見つめた。
電鷲獅子との激戦で、骨の体には至る所に細かなヒビが走っている。
だが、死神の肉体は死した細胞の集合体ではなく、意思と魔力で形作られたものだ。
ヒビの隙間を埋めるように新たな骨格が生成され、着実に回復しているのが分かる。
ーーとはいえ、無茶は禁物か
ハヤトは溜息をついた。そもそも死神兼勇者という存在でありながら、ここまで拳一つで戦ってきたこと自体が冷静に考えれば異常だ。
「スキルだけで戦うのもいいけど、魔力消費がバカにならないからな……」
あの『勇威纏装』のように強力なスキルを連発すれば、今のハヤトであっても枯渇する危険がある。
物理的な武器、そして身を守る防具があれば、魔力を温存しつつ戦術の幅も広がるはずだ。
「よし、善は急げだ!」
ハヤトは全財産を革袋に詰め込むと、重たい袋の感触を確かめるように腰に下げた。
───────
そして装備店へ向かって、軽やかな足取りで街へ飛び出した。看板には『アポカリプス』という名が掲げられていた。
一歩足を踏み入れると、そこは別世界だった。落ち着いた木目調の室内に、柔らかな灯りがともり、壁一面には磨き上げられた一級品の武具がずらりと並んでいる。
鋭利な銘剣から、竜の素材を用いたという荘厳な鎧まで、その光沢だけで初心者の目にも「別格」であることが分かった。
カウンターの中にいた初老の店員が、客の来店に顔を上げた。だが、ハヤトの古びたフードと、どこか浮世離れした風貌を確認した瞬間、鼻で笑うように視線を逸らした。
あからさまな「貧乏客お断り」の空気。
ーー露骨だなぁ。
もちろんいい気はしないが、ハヤトは反論する気も起きない。それ以上に、美しい装備への高揚感が優っていた。
彼は店員の案内など待たず、独りで壁の武具へと歩み寄った。
『死の眼差し』を発動する。対象は装具。視界に入れた瞬間、補助腕輪が解析したデータが頭の中に次々と流れ込んでくる。
【岩石鮫ロックヘッドシャークの頭蓋を用いた盾】
【赤飛龍ワイバーンの鱗を鍛造した剣】
【毒針鼠ポイズンヘッジホッグの針を加工した槍】
店員の態度は最悪だが、扱う品々だけは本物だ。どの武具にも、一朝一夕では作れない職人の魂が宿っている。
「どれもすごいな」
ハヤトは顔を武器に近づけ、鏡面のような刃に反射する自分の骨の顔を眺めながら、夢中で鑑定を続けた。
知らない魔物、知らない装備ばかり。ハヤトは楽しくなっていた。
「オホンッ!」
店員は呆れと不快感を隠そうともせず、冷ややかな声を投げつけた。
「すみませんが、冷やかしなら早々に退店していただきたい。ここは超一級の品を扱う高級店。貴方のような浮浪者が、一生かかって働き続けても指一本触れることすら叶わぬ代物ばかりですのでね」
「...」
ハヤトが腰の袋を取り出す。
「おっ、こいつは3金貨か。んー、俺いまいくら持ってたっけなぁ?いーち、にーい」
ハヤトはわざとらしく腰の袋を鳴らし、ガサガサと音を立てながら金貨を数え始めた。
一枚、二枚。十枚を超え、二十枚を過ぎても金属音が止まらない。
先ほどまでの冷ややかな目つきはどこへやら、店員は瞬時に顔を青ざめさせ、直角にお辞儀をして姿勢を正した。
その慌てぶりは、先ほどの尊大な態度が嘘のように卑屈だ。
「た、大変申し訳ございませんでしたァ!! こちらの目が節穴でございました!」
美しすぎる手のひら返し。流石のハヤトも少し苛立ちを覚える。
「……最初っから見た目で判断するなよな。高級店だからって調子に乗りすぎだ」
「先ほどのご無礼、何卒ご容赦を...!私めが責任を持って最高の一品をご案内させていただきます!」
ーーほんと、都合のいいおっさんだな
「お客様のご所望をお聞きしても宜しいでしょうか?」
店員は背筋をピンと伸ばし、先ほどまでの傲慢さが嘘のような恭しい笑みを浮かべていた。ハヤトは内心で鼻で笑いながら、自分の戦闘スタイルを簡潔に告げる。
「そうだな...最優先は武器だな。防具はまた今度でいい」
「近接戦闘用の武器が欲しい。とにかく頑丈なやつ。俺の全力に耐えられて、かつ魔物の突撃を正面から受け止めてもビクともしないような奴を頼む」
「左様でございますか。並の武具ではお客様の力には耐えきれぬ、と。承知いたしました」
店員は一瞬だけ、ハヤトの華奢な骨格を疑うような視線を向けたが、すぐさまプロの顔へと戻った。
彼は店内でも特に奥まった、重厚な扉の向こうにあるショーケースへとハヤトを案内する。そこには、ガラス越しにも冷徹な光を放つ品々が鎮座していた。
「こちらが、当店の在庫の中でも"別格"とされる逸品でございます」
店員が手袋をはめた手でショーケースを開くと、ハヤトの『死の眼差し』に膨大なデータが雪崩れ込んできた。
【武具の解析を開始します……】
【名称『紅蓮龍剣クリムゾンドラグソード』。赤飛竜の上位種 紅蓮飛龍の心臓と牙から作られた剣。刃は永遠に続く紅蓮の炎を帯びる。スキル『紅蓮の炎』】
【名称『水穿槍アクア・ピアサー』。100年以上滝に打たれ続けた希少鉱石から作られた槍。突く度に超高圧の水を噴射する。スキル『貫通穿水』】
【名称『雷斧ヴォルトアックス』。避雷針として百発以上の雷を受けた金属から作られた斧。一振りごとに、雷を落とす。スキル『轟』】
「どうですかな、お客様。これらはどれも、王国の騎士団長でさえ喉から手が出るほどの代物」
「なるほどな...悪くない」
「だけど、なんかしっくり来ないんだよな」
『死の眼差し』で情報を読み取りながら武器を見渡すが、ハヤトの心を動かすものはない。素晴らしい品ばかりなのは理解しているが、今回ばかりは彼の気持ちの問題だ。
この時、ハヤトは大きな白い布の下に、一つ武器が隠されていることに気づく。『死の眼差し』は薄い布なら貫通するようだ。
「店員、これなんだ?」
「あ、ああ!そちらはですね!素材から発せられる闇の魔力が危険でいわるゆ曰く付きの武器でして。正直、おすすめはできないものですね」
「とりあえず見せてみてくれ」
店員が手袋をさらに重ねて着用し、恐る恐る白い布を解く。そこには、鈍く光る漆黒の金属で打たれた、無骨な鎌のようなものが現れた。
ただの鎌ではない。表面には複雑な魔術式が刻まれ、見るからに禍々しいオーラを放っている。
【名称『暗黒鎌バルバトス』古の闇魔術師が魔界の素材で作ったとされる大鎌。生物の魂ごと刈り取る。持ち主を少しずつ闇の魔力で蝕んでいく。スキル『闇の引力』】
ハヤトが武器を見て立ち止まる。
「こんな危険な鎌、お気に召さないですよね!すいません!すぐに布をかけさせて──
言葉を遮るように、ハヤトが鎌を持つ。
「お、お客様!先ほど私が申したことをお忘れですか!?少しでも触れれば、闇の魔力によってその箇所から全身にかけて壊死していくのですよ!?」
ハヤトが舐め回すように全体を確認。『死の眼差し』にて、詳細情報を読み取る。
【バルバトスは触れた生物を闇の魔力で蝕み、己の糧とする。それは持ち主も例外ではなく、バルバトスを造った古の闇魔術師でさえ手に余っていたとされる。
スキル『闇の引力』
・闇の魔力を利用した超引力。生物、無生物問わず、全てを引き寄せる。この世の全てを糧にせんというバルバトスの意思が、スキルの覚醒を促した】
「まずい!こんな長時間触れてしまえば命が危ない!私、聖水を持ってきます!」
「いや大丈夫。平気だ」
店員が聖水を探しに走り出そうとしたその時、ハヤトは鎌の柄を握りしめたまま、微動だにせず立ち尽くしていた。
店員の言う全身の壊死など、ハヤトにとっては笑い話に過ぎない。ハヤトの肉体は既に死んでいるもの当然の死神なのだ。そもそも、ハヤトも闇の魔力を有している。バルバトスが放つ闇の魔力はハヤトの体を蝕むどころか、むしろ共鳴しているように見える。
ハヤトが鎌を軽く振ると、ヒュンッと空気が裂け、その切っ先が周囲の空間を微妙に歪ませた。
スキル『闇の引力』が鎌の周囲で渦を巻き、店内にあった本や服、布などの軽いものを、磁石に吸い寄せられるように刃先へ引き寄せられる。
「ひぃッ!?」
店員がその光景に青ざめる。スキル『闇の引力』を目の当たりにしたからではない。
強力な武器にも関わらず、その特性から長年貰い手がつかなかった大鎌。他の武器に影響が出ないよう、高価な聖水を浸けた布を被せていたほどだ。
その大鎌をものともせず手に取り、ましてやスキルも発動する。
そのハヤトの異常性に、店員は言いようのない恐怖を感じていた。
ハヤトは鎌を構え、重みと感触を確かめる。
少し大きすぎる気もしているが、これがあれば戦闘の幅も大きく広がるだろう。
「店員、これにするわ。いくらだ?」
「は、はい! それは極めて危険な武具でして、本来は処分するつもりでしたので、金貨五枚で結構です! どうか、お引き取りください!」
店員は半ばパニック状態で、ハヤトに鎌を押し付けるように言った。
金貨28枚のうちのわずか5枚。あまりの破格に、ハヤトは少しだけ拍子抜けしたが、すぐにニヤリと笑った。
「五枚か。いい買い物をした」
ハヤトは金貨の袋からジャラリと五枚を取り出し、店員に手渡しする。
かつて、闇魔術師の手にも余った『暗黒鎌バルバトス』は、たった今新たな主人を手に入れた。
ハヤトは漆黒の大鎌、バルバトスを背中に背負い、その店を後にした。
久々の更新です!




