9 死神勇者はスキルを使う
ハヤトはギルドの掲示板の前で、貼り出された依頼を眺めていた。今日こそは本格的にスキルを鍛えるつもりだ。
だからこそ、最低限の報酬で、できる限り時間を余る、あるいは練習に打ってつけな依頼を探さなければならない。
以前までなら文字の壁に阻まれていただろう。だが、今のハヤトにはその問題など存在しない。
ーーさて、どれにするかな
彼は内心で呟きながら、視線を走らせる。その瞳に、異世界の文字がスラスラと理解可能な情報として流れ込んでくる。
この革命の理由は、ハヤトが習得した死神スキル『死の眼差し』にある。
対象を解析し、その詳細を把握するこの鑑定スキルと、万の情報を持つ補助腕輪の連携に成功したのだ。
その方法は極めて単純かつ、死神である彼にしか成し得ない荒技だった。
まずすり抜けを発動し、補助腕輪を自分の頭蓋骨の内部へと強引に押し込む。
そして、すり抜けを解除する。すると、腕輪はハヤトの骨格に完璧なフィット感で定着した。
驚くべきことに、死神の肉体は頭蓋骨に埋め込まれた腕輪を「体の一部」として誤認したのだ。
布切れなどの衣類と同様、すり抜けの対象として腕輪を制御できるようになったのは大きな収穫だった。
これにより、以前は手動で行っていたデータスキャンやステータス確認、解析のすべてが頭の中(物理)で瞬時に完結するようになった。
『死の眼差し』で視界に捉えた文字を、補助腕輪が即座にデータスキャンし、ハヤトの脳内へ日本語として直接変換して流し込む。正確かつ高速、利便性はこれ以上ないほどに高い。
ーーやっぱり、この腕輪とスキルを組み合わせたのは天才的な思いつきだったよな。
ハヤトは内心で自画自賛しながら、目当ての依頼
『森の薬草採取、ランク制限なし、制限時間なし』という、暇つぶしには最適そうな依頼書を手に取った。
この能力さえあれば、この世界で読めないものなど何もない。ハヤトは確かな手応えを感じながら、掲示板から依頼を剥がす。
「すいません、この薬草採取の依頼を受けます」
受付嬢にそう告げ、ハヤトはギルドを後にした。
─────────
ブリージュの巨大な門を抜け、荒野を少し歩くと、目的地である平原が広がっていた。ここには依頼の対象となる薬草が群生している。
依頼書には「茎の特徴を細かく観察し、慎重に選別せよ」とある。
手間と時間のかかる、面倒そうな条件だ。
だが、今のハヤトにはそんな泥臭い作業は不要だった。
「スキル発動、『死の眼差し』!」
ハヤトは視界を切り替える。補助腕輪を介して、脳内で視覚情報を再構築する。
薬草の反応を赤色、それ以外の雑草を青色で表示するよう設定すれば、平原は瞬く間にサーモグラフィーのような色分け図へと変貌した。
あとは簡単だ。死神の馬鹿力で、赤い点だけを正確に引き抜いていく。
「うぉぉぉぉッ!」
土煙を上げて作業を繰り返すこと、わずか五分。袋の中には、依頼で指定された量以上の薬草が詰め込まれていた。
「今の俺は無敵だ! はっはっは!」
依頼を瞬殺し、有り余る時間を手に入れたハヤト。彼が次に求めたのは、格好の「実験台」だった。
ーーせっかくなら、魔物を相手に試さない手はないよな
『死の眼差し』の条件を「魔物のみを表示」に切り替える。すると、百メートル先でうごめく巨大な反応が浮き上がった。
三メートルは優に超える巨体。全身を青紫色の鋭利な針で覆った、ハリネズミ型の魔物だ。
補助腕輪が脳内に情報を展開する。
【毒針鼠ポイズンヘッジホッグ。危険度D−。脂肪が多く鈍臭いが、その針には竜すら殺す猛毒が宿る】
「うん、ちょうどいい実験台だ」
死神の体に毒が効くかどうかは分からない。だが、今までの戦闘のように無防備に近寄る必要はない。
「スキル発動……『冥王の右腕』!」
ハヤトの右腕が陽炎のように揺らぎ、溶けて消えた。代わって彼の右手から、闇の魔力が噴き出し、新たな右腕が形成される。
闇の腕は、主人の意思に従って音もなく伸びていく。魔物は自分が背後に伸びる死の影に気づくことさえできない。
何せ、この腕はハヤト以外のあらゆる存在に認識不能なのだから。
狙いは正確無比。魔物の背中に、闇の拳が叩き込まれる。針が闇の腕を貫こうとも、痛くも痒くもない。
「ガァァっ!?」
毒針鼠は正体不明の強打に悲鳴を上げ、恐怖に駆られて平原の彼方へと逃げ去っていった。
「超使いやすいな、これ。メインウェポン確定だ」
ハヤトは満足げに頷いた。しかし
残る三つのスキル
『魂の簒奪』
『勇威纏装』
『聖域顕現』
については、いささか頭を悩ませていた。
「これがまた、超使いづらいんだよな」
特に『魂の簒奪』は厄介だ。
スキルの説明文を大まかに伝えると『対象の魂を強制的に奪う』だ。
これだけじゃ発動条件も分からずじまい。奪った後で何ができるのかも分からない。
ーーまずは『勇威纏装』だけでも試しておくか…
ハヤトは再び『死の眼差し』を魔物捜索モードに切り替え、獲物を探した。しかし、先ほど毒針鼠を追い払った影響か、周囲には微かな気配すら感じられない。
「仕方ない。探す範囲を広げるか……」
その時だった。
ハヤトの視界の端を、とてつもない速度の赤が過った。
「なんだ……!?」
追いつけない。死神の動体視力ですら、その物体の軌道を捉えきれない。
赤き閃光は空中を急旋回し、耳をつんざく咆哮とともにハヤトの懐へ飛び込んできた。
いつものように、攻撃を透かしてやり過ごすはずだった。
しかし──
「なっ……!?」
すり抜けが発動しなかった。超速のタックルがハヤトの肉体を強襲したのだ。
腹部に叩き込まれたのは、比喩でも何でもない本物の雷撃だった。衝撃で吹き飛び、地面に激しく叩きつけられる。
「がはっ……!」
土煙を上げて倒れ込んだハヤトの前に、重厚な羽音とともにその魔物が舞い降りた。
頭部は鷲、下半身はライオン。そして背中には巨大な翼。その全身は、バチバチと火花を散らす青白い稲妻に覆われている。
「『死の眼差し』...!」
【電鷲獅子サンダーグリフォン。危険度B。鷲獅子グリフォンの上位種。神経系に生体電気を絡ませることで、超音速の飛行を実現する】
「…死神の体に電気属性が通るなんて聞いてないぞ……!」
腹部の激痛が走る。死神の体とはいえ、属性攻撃に対しては脆弱性が残るらしい。
「いや、これぐらいの魔物じゃなきゃ、試し甲斐がないよな……!」
激しい痛みと同時に、ハヤトの心に熱い火が灯る。彼は立ち上がると、頭から深く被っていたフードを掴み、不気味な顔を露出する。
白く輝く骨の顔。剥き出しの牙が、ニヤリと歪む。
「手加減なしだ。……かかってこいよ」
『死の眼差し』は対象の所持スキルやステータスが参照できます。
補助腕輪は対象をスキャンし、生体データを確認できます。
この二つが合わさって、すっごい便利な鑑定スキルになりました。イイネ!




