第7話 王城への突入――残弾ゼロ
こちらは改稿・推敲版になります。
夕暮れが街を赤く染めていた。
王城へ続く大通りは、壊れた荷車や死体で埋まっている。
焦げた匂いと血の臭気が混じり、空気が重い。
悠真たちは裏路地を使い、時に塀を越え、時に建物の影を縫って進んだ。
先頭は悠真。少し後ろにリゼル、さらに外側を黒狼が回る。
曲がり角のたびに悠真は立ち止まり、壁へ背をつけて耳を澄ませる。
わずかな足音、金属音、呼吸音。
危険がないと判断してから、短く手で合図を送る。
その無駄のない動きに、リゼルも途中から何も言わず従うようになった。
遠くから、戦いの音が絶えず響いている。剣戟、叫び声、断続的な衝突音。
その音を聞くたびに、リゼルの胸の奥がざわついた。
――王都が陥落する。
そんな最悪の想像が頭をよぎる。だが、すぐにそれを振り払う。
まだだ。まだ守備は持ちこたえているはずだ。
「……王女殿下は…」
そう小さく呟く。
脳裏に浮かぶのは、幼い頃から仕えてきた主の姿。
穏やかな微笑み、それでいて決して折れない芯の強さ。
あの方が、この混乱の中にいる。無事でいる保証など、どこにもない。
(……必ず、守る)
心の中で強く言い切る。その決意だけが、足を止めない理由だった。
やがて視界が開ける。中央広場の向こう、巨大な石造建造物の姿が目の前に現した。
高い外壁、規則的に並ぶ見張り台。中央にそびえる城。
悠真はわずかに目を細める。
「……要塞だな」
「この国の中枢だ。ここが落ちれば――王国は終わる」
だが――その周囲は戦場だった。
城門前では、守備兵が盾を構え、必死に防戦している。
押し寄せる敵兵の波。槍が突き出され、盾に叩きつけられる。
剣が交差し、火花が散る。負傷兵が地面に倒れ、踏み越えられていく。
後方からは矢が飛び、壁に突き刺さる音が続く。
さらに別の一角。城壁へ梯子をかけようとする敵兵、それを上から押し返す守備兵。
油が撒かれ、火が放たれる。炎が一気に燃え上がり、悲鳴が上がる。
リゼルはその光景を見て、奥歯を強く噛み締めた。
(……間に合え)
悠真はその横顔を一瞬だけ見て、視線を戦場へ戻す。
「敵は何だ」
短く問う。リゼルは一瞬迷い、そして答える。
「……反乱だ。王国内で反乱が起きた」
悠真はすかさずリゼルに質問を投げかける。
「貴族か、兵か」
リゼルも即座に返答を返す。だがその顔は自分の不甲斐なさを悔やんでいる。
「不明…だ。だが規模が大きすぎる、各所で同時に蜂起している」
悠真は無言で前を見たまま、わずかに眉を寄せる。
「妙だな…」
「何がだ?」
リゼルは立ち止まり、悠真の横顔を見ながら問いかける。
「俺が街に入ってから戦った連中――お前らとは装備が違う」
リゼルが口を開きかけて止まる。悠真は淡々と続ける。
「統一されてない。鎧も武器もバラバラだ。訓練も甘い」
わずかな間、リゼルが低く言う。
「……傭兵、かもしれない」
悠真は短く鼻で笑う。
「確かにそう見えるな」
歩みを止め、視線は前へ据えたまま。
「だが数が多すぎる」
リゼルの表情がわずかに変わる。
「これだけの数を雇える金があるなら――こんな泥沼にはしない。短期で終わらせる、もっと確実な方法を取るはずだ」
その言葉が、重く刺さる。
リゼルの目が見開かれる。
「……っ」
リゼルは恐る恐る悠真に問いかける。
「……では、敵は……なんだ」
空気が張り詰める。
悠真はすぐには答えない。ただ前を見据える。
そして――
「……少なくとも、反乱だけが目的ではない」
低く断定する。
その瞬間、黒狼が足を止めた。耳が立ち、低く唸る。
直後、轟音。
城壁の一部が内側から弾け飛ぶ。石片が舞い、爆風が守備兵を吹き飛ばす。
「……っ!」
リゼルの顔色が変わる。
「突破される……!」
城内へ敵が流れ込もうとしている。
(殿下――!)
悠真は一瞬だけ状況を見て、判断する。
「……急ぐぞ」
短く言い、走り出した。黒狼も同時に地を蹴る。リゼルは遅れてそれを追う。
路地を抜け、三人は倉庫街の裏手へ出た。
石造りの搬入口は、半ば瓦礫に埋もれていた。
崩れた石材と折れた木材が積み重なり、人が一人通れるかどうかの隙間だけが残っている。
悠真はしゃがみ込み、その隙間を覗き込む。
奥からひんやりとした空気が流れてくる。
「通れる」
短く言い、体を横にして滑り込む。石が装備を擦る感触。
肩と背を押しつけながら無理やり通す。
中へ抜けると、空間が一気に開けた。
通路は石造り。
幅は約二メートル、高さは約三メートル。
荷車が通るための造りだ。
直線的に奥へ伸び、壁には苔が張りつき、足元には浅い水が溜まっている。
踏みしめるたび、水がわずかに波紋を広げる。
リゼルが続いて入り、最後に黒狼が身を低くして潜り込む。
全長三メートルの巨体が通路いっぱいに存在感を広げる。
「この先が王城の地下倉庫へ繋がる」
リゼルがそう言うと悠真は頷き、先行する。
足音を殺し、壁へ指先を添えながら進む。通路は緩やかな上りだ。
だが――数十メートル進んだところで道は途切れていた。
崩落。巨大な石材が折り重なり、通路を完全に塞いでいる。
「……抜けられないか」
石に手を当てるが動かない。
「……上に出る」
視線を上げる。崩れた隙間から上の空間が見える。
足場を選び、石材を登る。軋む音。慎重に体重を乗せ、一気に身体を押し上げる。
外へ出る。
そこは薄暗い石造りの通路。王城の内側。
「……入れたな」
続いてリゼル、黒狼も這い上がる。
その瞬間、足音が響いた。
「門が破られたぞ!」
守備兵の叫び声が聞こえる。リゼルの表情が強張る。
「……もう城内に……」
悠真は周囲を確認する。逃げ場はない。
そして――
曲がり角の向こうから敵兵がなだれ込んできた。視線が合う。
「――殺せぇぇ!」
同時に、背後からも足音。
振り返る。
現れたのは王国騎士団。統一された装備、整った隊列。
そして、その中央に立つ男。
銀の鎧は傷一つなく磨き上げられ、肩章には騎士団の紋章。
年は四十前後。短く刈り揃えられた黒髪に、鋭い眼光。
無言のまま立っているだけで、周囲の騎士達の動きが揃う。
――この隊の指揮官は、間違いなくあの男だった。
リゼルの目が見開かれる。
「……団長」
安堵が、わずかに滲む。
団長の瞳に迷いはない。
だが――
「騎士達よ! 反逆者、リゼル・アルディアを討て!」
リゼルの表情が変わる。
目を見開いたまま、わずかに呼吸が乱れる。
騎士として保とうとしているが、動揺を隠しきれていない。
「……は……?」
騎士たちは迷わず、悠真たちにに剣を向ける。
前方――敵兵。
後方――王国騎士団。
完全に挟まれた。
悠真は状況を一瞥し、静かに息を吐く。
「……面倒だな」
一歩前に出る。
「前を潰す」
そう低く呟き、ライフルを構える。
銃口が敵を捉える。
銃声が、城の広場に乾いた音を響かせた。
一発、先頭の騎士の額を撃ち抜く。
血飛沫が散り、鎧が石畳へ崩れ落ちる。
二発、三発。間合いへ入る前に確実に落とす。
悠真の照準に迷いはない。引き金を引くたびに、確実に命を奪う。
撃ち抜かれたのは――王国騎士団。リゼルと同じ紋章を刻んだ鎧。
その光景に、リゼルの動きが一瞬止まる。
「……っ」
声にならない息。理解が追いつかない。味方を撃っている、その事実を脳が拒絶する。
悠真は横目でそれを見たが、すぐに視線を戻す。
(……そういう顔をするか)
当然だ。だが、悠真の中ではすでに結論は出ている。
あの団長、あの命令。
「反逆者」と断じた時点で――
「……裏切り者は、あっちだ」
低く、吐き捨てるように呟く。その声は戦場の音にかき消えた。
悠真は撃つたびに、頭の中で数を数えていた。
(残り十九……十八……)
撃ちすぎれば詰む。だが撃たなければ押し潰される。
黒狼が横から飛び込み、喉を噛み砕く。
門を守っていた兵士たちも加わり、後方の敵を食い止めている。
だが、敵の数は減らない。
マガジンを叩き込む。ガシャン、と金属音がやけに大きく響いた。
(残り十……)
城の方から、さらに兵が流れ込んでくる。
「チッ……!」
悠真は歯を噛み、撃ち続ける。
(残り五……四……三……)
距離が詰まる。鎧の擦れる音、荒い息遣い。視界いっぱいに敵が迫る。
前方だけではない。側面からも数人の騎士が踏み込んでくる。剣を構え、一斉に間合いを詰める。
包囲され、逃げ場はない。
その中で――
リゼルが団長を見据えた。
「……団長! 何の冗談ですか……!」
その問いには、焦りと怒り、そしてわずかな希望が混じっていた。
だが団長は答えない。
ただ静かに剣を抜く。刃が光を反射する。
次の瞬間、地を蹴る。一足。
常人では捉えきれない速度で間合いを詰める。
「――っ!」
振り下ろされる斬撃。
一直線に、リゼルの顔面を狙う。迷いのない殺意。
リゼルは咄嗟に剣を引き上げる。
ギィンッ――!
火花が散る。衝撃が腕を通して全身を揺らす。
間一髪。刃は彼女の顔をかすめて止まっていた。
その瞳が揺れる。理解と現実が、ようやく一致する。
(……本気で、殺しに来ている)
悠真は横でそれを一瞥する。
わずかに息を吐く。
最後の弾が、突っ込んできた騎士の喉を撃ち抜いた。
乾いた音。
――空撃ち。
「……弾切れだ」
一瞬、静寂が訪れる。
そして――敵兵の顔に、明確な“勝ち”の色が浮かんだ。
悠真はライフルを地面へ投げ捨てた。
最後まで読んでくださりありがとうございます。
この作品や題材が面白い、つづきが読みたいと思ってくださればブックマークや率直な評価をお願いします。
励みにさせて頂きます。
指摘に関しても自分の作品に反映させて頂きます。
後書きまでお付き合い頂きありがとうございました。




