第4話 静寂の狩り場
第4話の改稿・推敲版になります。
転移してから、既に一日が経過していた。
その夜、森は異様に静かだった。風が止み、葉擦れの音すらない。
不自然な静けさは、だいたい悪い兆候だ。
悠真は休める場所を探しながら、森の中を進んでいた。足音を殺し、一定の速度で歩く。
視線は絶えず動き、地形と遮蔽物を確認している。
背後の気配にも意識を割く。
少し離れた位置を、黒狼が並走するようについてくる。完全に隠れるでもなく、離れすぎるでもない。
互いに干渉しすぎない距離だった。
黒狼が、ぴくりと耳を動かす。
「……来るか」
悠真も同時に気づいた。
複数の気配。足音は抑えているが――雑だ。
森に慣れていない動き、数は三体。
進行方向、右前方。
間合いに入る。
悠真は歩みを止めない。あえて、そのまま進む。
相手を誘っている。
次の瞬間、茂みが揺れ、三体の影が同時に飛び出した。
歪んだ顔、濁った眼に皮膚は灰色にくすみ、ところどころがただれている。
口元からは不揃いな歯が覗き、粘ついた唾液が糸を引いていた。
耳は異様に長く、先が裂けるように尖っている。
頭には毛がない。体毛も見当たらない。
手には粗雑な刃物。錆びつき、刃こぼれしている。
人間に似ている、だが決定的に違う。
臭いが違う。
血と腐臭が混ざった、獣とも死体ともつかない匂い。
―瞬の観察。
――敵性生物。
そう判断する。
――その背後、茂みの奥に“別の匂い”が混じる。
血と、腐りかけた肉の匂い。
「……餌場か」
悠真は目を細める。
低く呟き、ナイフを抜いた。
先頭の一体が甲高い声を上げて突進してくる。
間合いに入る直前、足を止める。
――見えた。
悠真は半歩踏み込み、刃を逆手のまま滑らせる。
喉を横一文字に裂く。
襲撃者は声にならない音を漏らしながら崩れ落ちた。
間髪入れず、ニ体目。
低い体勢から横薙ぎに刃物を振ってくる。
悠真は前腕で刃を受け流し、軌道をずらす。
そのまま踏み込み、懐へ潜り込む。
肋の隙間へナイフを突き立てる。
骨に当たる感触。力を込めて押し込む。
抵抗が抜ける。
ナイフを抜く、血が噴き出す前に離脱。
同時に、黒狼が動いた。
最後の一体が側面から回り込もうとする。
黒狼は地面を蹴り、低い軌道で滑り込む。
喉笛へ一直線。
牙が食い込み、そのまま押し倒す。
暴れる襲撃者。だが離さない。
骨が砕ける鈍い音。やがて、動きが止まった。
静寂が戻る。
悠真はナイフを軽く振り、血を払う。
そのまま視線を、最初に違和感を覚えた茂みへ向けた。
ゆっくりと近づく。黒狼も無言でついてくる。
茂みをかき分け、戦闘前に感じた“別の匂い”
そこにあったのは、人の死体だった。
装備から見て、この世界の住人だろう。
腹部は食い破られ、肉は削がれている。
まだ新しい。――つい最近だ。
悠真は数秒、無言でそれを見下ろす。
「……待ってろ」
小さく呟く。
周囲を見回し、場所を決める。
腰の装備に手を伸ばす。
折り畳まれた金属製の工具――円匙。
土を掘るための簡易シャベルだ。
L字型に先端を曲げ、固定する。
悠真は無言で地面へ先端を突き立てた。
土は固い。だが止めない。
一定のリズムで掘り起こし、削るように広げていく。
深くはない。それでも、遺体を隠すには十分だった。
遺体を丁寧に持ち上げ、崩れないように静かに横たえる。
土をかけ、顔の位置で一瞬だけ手を止める。
そして、埋める。
最後に、石を1つ置いた。
手を合わせる。
そこには、確かな祈りがあった。
黒狼は、その一連を少し離れた場所からじっと見ていた。
音も立てず、ただ静かに。
悠真は立ち上がる。手の土を払い、黒狼を見る。
目が合う。
「……行くぞ」
黒狼は何も言わない。
だが、そのまま並ぶようにまた歩き出した。
――――――――
三日目の朝。
悠真はゆっくりと目を開けた。冷えた空気が頬を撫でる。
一瞬で意識が浮上する。周囲を確認。
異常なし。
身体を起こし、軽く首を回す。疲労は残っているが、動ける範囲だ。
視線を横へ向ける。
少し離れた場所。昨夜、埋めた土が盛り上がっている。
悠真は立ち上がり、そこへ歩み寄った。
数秒間、無言で立つ。
やがて、ゆっくりと手を合わせた。
何も言わない。
踵を返し、元の場所へ戻る。
装備の確認に入る。
弾倉。残弾。ナイフの状態。刃こぼれなし。
包帯、水、携行食。相変わらず不足はあるが、致命的ではない。
「……行くか…」
低く呟く。
その言葉に反応するように、黒狼が静かに立ち上がった。
悠真は森の奥へ視線を向ける。
二日間の行動で、いくつか見えてきた。
この森は広い。だが、近くに出口がある。
昨夜の死体。
あの装備では、長期の行動は不可能だ。
風の流れ。地形の傾き。微かな違和感を辿る。
「……あっちか」
方向を定め、歩き出す。
黒狼も並ぶようについてくる。
しばらく進むと、木々の密度が変わった。差し込む光が増え、風が通る。
森の終わりが近い。
悠真は歩みを緩めず、そのまま進む。
やがて、視界が開けた。
その先に――あった。
木々の間、遠くに見える高い石壁。規則的に並ぶ見張り台。
そして、その奥。中央にそびえる巨大な城。
石造りの重厚な建造物。
「……街か」
文明の匂い。
ここが、完全に異なる世界であることを、改めて理解する。
だが――
悠真の目は、すぐに別のものを捉えた。
街の上空。複数の黒煙が立ち上っている。
その光景が、頭の奥で重なる。
三日前まで、自分がいた戦場と。
焼ける匂い。煙。崩れる音。断続的な銃声。
途切れかけた無線。
『……松……隊長が……KIAと認定……!』
『繰り返す……隊長、KIA……!』
奥歯が軋む。
「……チッ」
ここが別世界だということは、もう理解している。
だが、見過ごせる性格ではなかった。
悠真は一歩、前へ出る。
「……行くぞ」
そう、自分にいい聞かせる。その声には少し焦りと迷いがあった。
その瞬間、黒狼が前へ出た。
悠真の前で低く姿勢を落とす。広い背、太い腰、しなやかな筋肉。
「……乗れってことか?」
悠真は短く息を吐く。
慎重に手を置く、黒狼は動かない。
体重を預け、一気に跨る。
腿で挟み、重心を落とす。
次の瞬間、黒狼が地を蹴った。
「……速いな」
爆発的な加速。木々の間を縫い、枝を避け、迷いなく進む。
悠真は身を低くし、細かく重心を調整する。
揺れは激しい。だが、不安定ではない。
風を切り裂きながら、距離を一気に詰めていく。
やがて――音が届く。
最初は微かに、金属がぶつかる音。
何かが崩れる鈍い響き。
さらに近づく。
叫び声と怒号。
断続的に響く、戦いの音。
悠真は目を細める。
「……やってるな」
人の声。恐怖と混乱が混じった叫び。
戦場だ。
それも、今まさに進行中だ。
黒狼は速度を落とさない。
悠真はその背の上で、無言のまま前を見据えた。
右手が、自然とライフルへ伸びる。
グリップに触れる。
冷たい金属の感触。
確かめるように、軽く握り直す。
安全装置の位置を指先でなぞる。
弾倉の重み。
装填状態は、頭の中で把握している。
引き金には触れない。
まだ、その時ではない。
ただ――
いつでも撃てる。
もう、迷いはなかった。
最後まで読んでくださりありがとうございます。
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励みにさせて頂きます。
指摘に関しても自分の作品に反映させて頂きます。
後書きまでお付き合い頂きありがとうございました。




