第17話 揺れる騎士、揺れない兵士
偽王女は玉座の階段まで追い詰められていた。
肩口から血を流し、呼吸は浅い。
美しく整えられていた王女の顔に、いまは苦痛と焦りが浮かんでいる。
だが、それでも顔立ちは本物そっくりだった。
それが何より質が悪い。
リゼルが剣を構える。
切っ先は偽王女へ向いている。だが、その腕はわずかに震えていた。
偽王女はその震えを見逃さなかった。
「待って……」
かすれた声だった。
苦しげで、弱々しくて、今にも壊れそうな声。
「リゼル……お願い……」
その呼び方に、リゼルの肩がびくりと揺れる。
偽王女は階段に片手をつき、よろめくように身体を支える。血が指先から絨毯へ垂れた。
その姿があまりにも“人間”だった。
「私は……造られた存在よ」
途切れがちな声で、偽王女は言う。
「生まれたときから、自分の顔も名前も、本当は私のものじゃなかった……」
リゼルの眉が寄る。
「黙れ……」
「でも、私は痛い。苦しい。怖い。死にたくない」
偽王女は顔を上げた。瞳に涙が滲んでいた。
「私の身体は人間そのものなの。人工生命体として作られても、生きてることに変わりはない……!」
その言葉に、リゼルの剣先がかすかに下がる。
偽王女はさらに畳みかける。
「もし本物のエリシアがもう死んでいたら……?」
リゼルの喉が鳴る。
「そのとき、この国には王女が必要でしょう?」
「……っ」
「私はエリシアの記憶を持ってる。立ち居振る舞いも、言葉も、民への接し方も」
一歩、また一歩。
言葉で、心の中へ入り込んでくる。
「本物がいないなら……私こそが、王女として生きるべきじゃないの?」
リゼルの瞳が激しく揺れる。
本物が死んでいた場合。
その残酷な可能性を突きつけながら、それでも“代わり”として生きる道を差し出してくる。
「あなたは本当に、この顔を斬れるの?」
玉座の間に、沈黙が落ちた。
リゼルの手が震える。
剣がわずかに揺れる。
偽王女の頬を涙が伝う。
それすら演技なのか、本心なのか、もう見分けがつかない。
そのとき。
悠真が前へ出た。
足音は静かだった。
妖刀を下げたまま、偽王女とリゼルの間へ立つ。
「榊原……」
リゼルの声が掠れる。
悠真は偽王女から目を離さず、低く言った。
「こいつが苦しむことと、こいつを生かすべきかは別だ」
偽王女の表情がわずかに強張る。
「……何を」
「お前は被害者でもあるんだろう。作られた側だからな」
悠真の声は冷たいままだった。
「だが、それで王を殺した事実も、王女を騙った事実も、帝国の手先である事実も消えない」
偽王女が唇を噛む。
涙に濡れた瞳で、なお悠真を睨み返す。
悠真は一歩踏み込んだ。
「代わりなんかいない」
その言葉が、まっすぐ玉座の間に落ちる。
「本物が生きてるなら助ける。死んでるなら受け止める。だが、お前を王女として認めることは、本物をもう一度殺すのと同じだ」
リゼルの目が見開かれる。
偽王女の顔が、怒りとも絶望ともつかない形に歪んだ。
「黙れぇッ!!」
最後の力で魔術を練り上げる。
空間にひび割れるような魔力が集まり、偽王女の掌に凝縮していく。
だが、遅い。




