第13話 玉座の間――偽りの王女
広場を抜けた先は、城の扉だった。
壊れた木箱と散乱する布袋の間を縫い、悠真たちは階段を駆け上がる。
石段を上がるたびに、城内の喧騒が近づいてきた。剣戟、悲鳴、怒号。その全てが、上階へ行くほど濃くなる。
城内もまた戦場だった。
悠真たちは廊下で敵兵を斬り伏せ、広間で盾兵を突破し、階段の踊り場で弓兵を制圧した。
悠真は必要な場面だけ黒い武器を使い、それ以外は剣と体術で省エネに徹する。そうしなければ保たないと、もう身体が理解していた。
玉座の間へ続く大扉の前には、帝国兵が数人立っていた。
リゼルが息を呑む。
「王女殿下……!」
その声には、明らかな焦りが混じっていた。
悠真は一瞬だけ彼女を見る。
「知り合いか?」
「幼いころからお仕えした方だ、お身体が弱く最近ではあまり人前に姿をお見せになられない」
答える声は震えていた。
玉座の間は、不気味なほど静まり返っていた。
高い天井に吊るされた燭台の火が、揺れている。
赤い絨毯の上には、真新しい血が細く伸びていた。
その先――玉座の足元に、王が倒れている。
王冠は床へ転がり、金属音を残して止まっていた。胸元には細身の剣が深々と突き立てられ、衣の赤と血の赤が混ざり合っている。すでに動かない。
玉座の前に立つひとりの少女が、ゆっくりと振り向いた。
長い髪。
整った顔立ち。
気品ある所作。
王女としての威厳を、そのまま形にしたような姿だった。
けれど、その口元に浮かぶ微笑だけが、どうしようもなく冷たかった。
「……殿下?」
リゼルの声が掠れる。
その一言には、安堵も、疑念も、祈りも、全部が混ざっていた。
少女は血のついた剣を軽く振り、刃先についた赤を絨毯へ散らした。
その仕草は美しい。美しすぎて、かえって人間味がない。
「久しぶりね、リゼル」
鈴のような、よく通る声。
けれど、そこに懐かしさはなかった。
悠真は半歩だけ前へ出る。
右手には黒い拳銃。左手には剣。視線は少女から外さない。
フェンもまた、悠真の横で耳を立てていた。金色の瞳が、獲物を見定める獣のそれへ変わっている。
リゼルは震える足で一歩、また一歩と進み出た。
「な……何を、しているのですか」
問いかける声は、ひどく弱かった。
少女は小首を傾げる。
「見ればわかるでしょう?」
その目が、王の死体へちらりと落ちる。
「この国の王を殺したのよ」
リゼルの肩が大きく揺れた。
手にした剣が、かすかに鳴る。
「嘘だ……」
「嘘?」
少女はくすりと笑った。
その笑い方が、決定的だった。
リゼルの知る王女は、こんなふうには笑わない。
「まだ、気づかないの?」
玉座の前に立つ少女は、片手でスカートの裾をつまみ、芝居がかった一礼をした。
「あなたが守ろうとしていた王女は、ここにはいない」
リゼルの顔色が、目に見えて失われていく。
「……何を、言っているのです……」
少女はまっすぐ、リゼルを見た。
「本物の王女エリシアは、一年前に誘拐され入れ替わったのよ」
その瞬間、空気が凍った。
リゼルの瞳が大きく見開かれる。
息を吸うことすら忘れたように、その場で固まった。
「誘拐……?」
「そう。病なんて発表は、すべて嘘」
少女は自分の胸元へ指先を当てる。
「王女の失踪が公になれば、王国は大混乱に陥る。だから“病で人前に出られない”“療養中だ”と時間を稼いだ。そしてそのあと機を見て、今度は私が表舞台に出た」
リゼルの唇が震える。
「そんな……そんなことが、あるはず……」
「あるのよ」
少女の声は、あまりにも平坦だった。
「私はアルバストロ帝国で造られた人工生命体。王女エリシアの容姿、声、所作、記憶の一部を写して作られた代替品」
フェンが低く唸る。
「……禁忌ですね」
少女の目が、フェンへ移る。
一瞬だけ、値踏みするような色が宿った。
「神獣にそう言われるなんて、光栄だわ」
悠真は黙って聞いていた。
だが頭の中では、女神の言葉といまの話が一本に繋がり始めていた。
リゼルが、絞り出すように問う。
「なぜだ……なぜ王女殿下を狙う」
その問いに、偽物の王女は今度こそ愉快そうに笑った。
「それすら知らされていなかったのね。哀れだわ、王国騎士 リゼル・アルディア」
少女は玉座の脇をゆっくり歩く。
靴音が、やけに大きく響いた。
「エリシア王女は、特別な器だった」
「器……?」
「女神と対話できる存在。王家の中でも、ごく稀に現れる“神託の受け手”」
フェンの耳がぴくりと動いた。
悠真は目を細める。
少女は続けた。
「この世界で女神の声を正しく受け取れる人間は、ほとんどいない。でも、エリシアは違った。だから帝国は彼女を奪った」
リゼルの喉が鳴る。
「……生きて、いるのか」
偽物の王女は、そこでわざと間を置いた。
「少なくとも、一年前の時点では生きていたわ」
その一言が、リゼルの表情を激しく揺らした。
絶望だけではない。
そこに、かすかな希望が混じる。
少女はそれを見逃さず、目を細めた。
「もしかしたら、今も帝国で生かされているかもしれないわね」
「貴様……!」
リゼルが一歩踏み出す。
だが悠真が左手をわずかに広げて制した。
まだだ、と言わんばかりに。
少女は悠真を見て、口元を吊り上げる。
「冷静ね、あなた」
「続きを話せ」
悠真の声は低い。
「帝国が女神と対話できる王女を欲した理由だ」
少女は満足げに頷いた。
「いいわ。どうせ、ここで全員死ぬのだもの」
そう言って、彼女は玉座へ手を添えた。
「勇者召喚」
その単語に、玉座の間の空気がさらに張り詰める。
リゼルがはっとする。
フェンの目が鋭く細まった。
「本来、勇者召喚は人類を守るための最後の保険。魔王が現れ、人類に深刻な危害を加え始めたときにだけ許される、女神の奇跡」
少女の声は妙に澄んでいた。
「でも、いまのこの世界にその必要はない」
悠真は黙って聞いている。
女神が“均衡”と言った意味が、少しずつ輪郭を持ちはじめていた。
「現在の魔王は、人類と対話可能な存在だから」
リゼルが目を見開く。
「……何だと」
「驚くこと? 少なくとも帝国上層部は知っているわ。魔王は確かに強大で、脅威ではある。けれど、無差別に人を滅ぼす存在ではない。交渉の余地がある。均衡の一角として、この世界に存在している」
フェンが静かに言う。
「本来なら、勇者召喚は行われぬはず」
「その通り」
偽物の王女は、にこりと笑った。
「でも帝国は、それをやった」
「……勝手に、か」
悠真が問う。
少女は頷く。
「王女エリシアの力を利用し、女神の権能へ無理やり干渉して、異世界から勇者を召喚している」
リゼルの顔が青ざめる。
「そんなこと……神への反逆だ」
「ええ、そうね。でも帝国にとっては効率的よ」
少女は指先で空中をなぞる。
「異世界から召喚された者は、強い。常識が違う。価値観も違う。だからこそ、この世界の秩序を壊すのに都合がいい。帝国は勇者を兵器として使い、周辺国を呑み込み、均衡そのものを作り替えようとしている」
悠真の目が、氷のように冷える。
異世界から呼ばれる。
戦わせる。
利用する。
それは悠真自身の境遇とも、無関係には思えなかった。
「帝国が世界の均衡を崩す根源……ってわけか」
「ようやく見えてきた?」
少女は楽しげに笑う。
「王女を奪い、女神の力を捻じ曲げ、不要な勇者召喚を繰り返す。戦乱を広げ、対話できるはずの魔王すら“討つべき敵”に仕立て上げる。素晴らしい計画でしょう?」
リゼルの握る剣が、ぎりっと鳴った。
「ふざけるな……」
その声は震えていた。
だがもう、迷いの震えではない。怒りだ。
「殿下を奪い、王を殺し、この国を踏みにじって……!」
少女は肩をすくめる。
「それでも、まだ間に合うわよ、リゼル」
その言葉に、玉座の間の空気がまた変わる。
少女は一歩、リゼルへ近づいた。
「本物のエリシア王女が帝国で生きている可能性があると言ったでしょう?」
リゼルの呼吸が止まる。
「あなたがこちらへ来るなら、会わせてあげてもいい」
「……っ」
「幼馴染でしょう? 大切だったのでしょう? なら、帝国へ来なさい。あなたほどの騎士なら歓迎されるわ」
揺さぶりだった。
あまりにも露骨で、それでいて残酷な誘い。
リゼルの瞳が揺れる。
幼い日の記憶。守れなかった後悔。まだ生きているかもしれないという希望。
その全部を、少女は正確に突いていた。
だが、
リゼルはゆっくりと息を吸うと、震える腕で剣を持ち上げた。
切っ先が、まっすぐ偽物の王女へ向く。
「……私は、騎士だ」
少女の笑みが薄れる。
リゼルの声は、もう震えていなかった。
「殿下を救うためなら、なおさら貴様のような偽物には屈しない」
「偽物、ね」
「殿下の顔で、殿下の声で、殿下の記憶を使うな」
一歩、前へ出る。
「殿下が生きているなら、私は自分の剣で助けに行く。貴様の手など借りない」
沈黙。
次の瞬間、偽物の王女の微笑が完全に消えた。
「……そう」
その声は冷たかった。
「なら、ここで死んで」
同時に、玉座の裏、柱の陰、二階回廊の暗がりから、一斉に気配が立ち上がる。伏兵。十や二十ではきかない。
悠真は静かに前へ出た。
黒い拳銃が、掌の上に滲むように現れる。
左手の剣を軽く振り、血を払う。
フェンが悠真の隣へ並ぶ。
爪が伸び、金色の瞳が鋭く光る。
リゼルもまた、涙を拭うことすらせず、剣を構え直した。
悠真は偽物の王女を見据えたまま、低く言う。
「話しは十分だ」
少女が冷ややかに見返す。
「何が?」
悠真の指が、拳銃の引き金へかかる。
「王女は奪われた。帝国は女神の力を悪用して、不要な勇者召喚をしてる。魔王はただの討伐対象じゃない」
一拍置いて、悠真は言い切った。
「つまり、アルバストロ帝国は世界の均衡そのものを壊してる元凶だ」
その宣告に対し、偽物の王女は薄く笑った。
「それがわかったところで、あなたたちはここで終わりよ」
悠真はわずかに口元を歪める。
「試してみろ」
玉座の間に殺気が満ちる。
次の瞬間、伏兵たちが一斉に飛び出し、悠真は黒い拳銃を構えた。
戦いは、まだ終わらない。
最後まで読んでくださりありがとうございます。
この作品や題材が面白い、つづきが読みたいと思ってくださればブックマークや率直な評価をお願いします。
励みにさせて頂きます。
指摘に関しても自分の作品に反映させて頂きます。
後書きまでお付き合い頂きありがとうございました。




