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1.決定的な変化

 小路らと別れて、透は一人で校門をくぐった。

 瑞々しい賑やかさは遠ざかり、耳に残るのは雪を踏む自分の足音と、ケースの中でわずかに揺れるギターの重みだけだった。


 やっぱり、遊び行けばよかったかなぁ。

 そう思っても、引き返す気にはならない。冬の空気が頬を刺す。自らの身体を暖めようと、無意識に魔力を生むことで骨を過熱して、内側から寒さに抗っている。

 赤いダウンジャケットのポケットに手を突っ込み、肩に食い込むショルダーストラップを少し直す。車道側には、帰宅ラッシュでバスとトラックが列をなし、エンジンの低い唸りが絶えず響いている。


 その騒音の中に、別の音が紛れ込んだ。


 ドン、と強かな足音。路地の角から、白い煙が上がって黒い影がぬらっと浮かんだ。

 透が顔を上げた瞬間、誰かが真正面からぶつかってきた。


「――っ!」


 衝撃で、肩からケースがずり落ちる。ストラップが外れ、硬いアスファルトに黒いケースが叩きつけられた。

 透の視界をかすめたのは、白のフード付きコートの裾と、血が引いたように青白い頬。それから、異様な光を帯びた灰色の瞳だった。


 ぶつかってきた人物は、よろめきながら振り返る。その視線が、落ちたケースと透を一瞬だけ結び、すぐに後ろを見た。

 その後ろから、拳銃を手にした制服警官が二人、角を曲がってくる。


「そこの――止まりなさい!」


 叫び声。白コートの人物は眉を顰め、透の脇をすり抜けて走り出した。透の肩がまた弾かれる。


「っの、逃げるな!」


 警官たちも、透など視界に入っていないかのように駆け抜けていく。制服の足音が遠ざかる。その直後、もう一人、別の影が角から飛び出してきた。

 今度は、ピンク色の外套が目に入った。背丈は透とそう変わらないが、その人物は全力で走っているらしく、足運びが乱暴だった。


「わ、っ――」


 避けようとしたときには遅かった。その人物の足が、路上に放り出されたケースを真上から踏みつける。

 鈍い音がして、踏んだ本人の方がバランスを崩した。


「うおっ!」


 転びかけた身体が前のめりになり、肩から地面に倒れこんだ。その拍子に、背負っていたものが跳ねる。黒い布で覆われた長物――大きなハンマーのようなものが、ストラップから抜けて、透の足元に転がった。

 ケースの金具が、ぎし、と嫌な音を立てる。


「は……?」


 透が目を見開いたときには、倒れた人物はすでに起き上がっていた。こちらを振り返り、青ざめた顔でケースと大槌を交互に見て、顔をしかめる。


「あっ、やっべ!」


 面倒くさげな声がひとつ。そのまた向こうから、別の警官が飛び出してくる。


「待て!」


 短い猶予すらない。ピンクの外套の人物は、舌打ちし、足元の大槌にわずかに手を伸ばしかけて――諦めたように手を引っ込め、そのまま走り去った。


「ああ、もうっ……!」


 ぼやきだけを残して、その背中も角の向こうに消える。警官たちも追いかけて行き、通りには、透と、路上に取り残された二つのものだけが残った。

 黒いギターケースと、真っ赤な頭部を持つ、大きなハンマー。

 透はしゃがみ込み、ケースの留め具に手をかけた。震えているのは、寒さだけのせいではない。


 ぱちん、と金具を外して蓋を開ける。

 内側のクッションが裂け、ネックの部分で木が変な方向に曲がっていた。弦が緩み、ボディにはひびが入っている。

 透はしばらく、何の悪態も出てこなかった。呆然喪失とは、正にこのことを言うのだろう。


 マジか。


 頭のどこかが、淡々と現実が警鐘を鳴らす。両親の顔が浮かんだ。謝っても、きっと「危ないところをうろつくからだ」と窘められるだろう。新しいギターなんて、まず買ってはもらえない。それに、正直そこまで熱中していた訳でもない。だからか、後ろめたさのようなものが胸を締め付ける。

 喉の奥が焼けるように熱くなる。怒りというより、悔しさと、情けなさに近いもの。


「サイアク……」


 絞り出した声はかすれていた。ケースの脇に転がっている大槌が、やけに目立つ。真っ赤な長方形の頭部。その側面には、円形のくぼみがあり、その周りにはルーン文字が並んでいる。

 柄は黒い金属で、透の足から腰までの長さがある。


(これ、さっきの奴の……)


 『礼装』だ。秘傘と同じ〝ルーン〟を刻んだ道具の一種で間違いないだろう。


 拾ってやる義理なんかない。けれど、ここに置きっぱなしにしておけば、誰かが躓いて怪我をするかもしれないし、そもそもこんなものが路上に放置されていていい代物ではない。


 透は仕方なく立ち上がり、大槌の柄に手をかける。

 交番に持っていこう。


「っ……」


 透は眉をひそめながらも、両手で柄を持ち上げた。

 重い。だが、持ち上げられないほどではない。かろうじて支え、片手でケースの蓋を閉じる。

 とりあえず、交番に持って――。


 そのとき、街全体の空気が変わった。


 遠くで、低いサイレンが鳴り始める。風切り音のような警報が、建物の壁を伝って震えた。街灯に取り付けられたスピーカーが、カチ、と小さく音を立ててから、機械的な声を放つ。


『対魔警戒。第三層。繰り返す――対魔警戒、第三層。周囲の建物内に退避してください』


 人々のざわめきが、一瞬でどよめきに変わる。

 通りを歩いていた人たちが、顔を見合わせ、近くの建物へと駆け込んでいく。車道の車が急停車し、ドアがバタバタと開く。誰かが小さく悲鳴を上げた。


 ……マジか。


 透は、大槌を持ったまま、足を止める。警報は聞き慣れている。けれど、いつもは遠い話だ。対魔局が外郭で何かやっているのだろう、くらいの。

 だが今日は――音が近い。警報に混じって、別の音が聞こえた。

 何かが壊れる音。鉄骨が軋み、ガラスが割れる音。

 透の視線が、音のした方へ引き寄せられる。

 通りの先、古い倉庫ビルの一角が、まるごと内側から押し出されるように崩れ落ちていた。コンクリート片が宙に舞い、粉塵が噴き上がる。その中から、四本足の影が姿を現した。


 それは、巨大な馬のような形をしていた。


 皮膚はところどころ剝がれ、灰色の筋肉と骨がむき出しになっている。背は二階建ての建物ほども高く、長い首の先には裂けた口があり、その内側に、不規則に生えた歯の列が白く光っていた。頭部から伸びる鬣のようなものは、黒い棘と骨片が絡み合った塊で、揺れるたびに霊子の火花が散る。


 蹄の代わりに、前脚の先には、ひび割れた蹄と、そこから生えた骨の爪が混じり合ったようなものが付いている。目にあたる窪みには、赤い光が二つ、燻るように灯っていた。


 魔獣。


 人々の悲鳴が、今度ははっきりと聞こえた。

 それに反応して、透の足も固まってしまった。


 逃げろ。


 頭がそう命じる。大槌なんてその場に捨てて、少しでも遠くへ。そうしないと、死んでしまう。

魔獣のすぐ手前、逃げ遅れた男がいた。転んだのか、荷物を抱えたまま尻もちをついている。声にならない声で口を開け、手を伸ばして――。


 次の瞬間、長い首が鞭のようにしなった。

 裂けた口が、男の上半身を丸ごと咥える。


 ばき、と乾いた音がした。骨が折れる音なのに、やけに軽い。

 男の脚が一度だけ跳ね、すぐに力が抜けた。血が噴く――と思うより早く、魔獣の口の中で何かが“砕けていく”のが見えた。


 魔獣は口を、もごもごと動かした。

 咀嚼というより、潰して、混ぜて、押し込む動き。喉の奥で、ごくり、と重い嚥下が一つ。


 そして、次の瞬間だった。


 魔獣が顔を傾け、何かを吐き出した。

 黒い塊が、がらがらとアスファルトに転がる。


 ――骨。


 黒く、ところどころが艶を帯びている。人の形を保ったままの肋骨と、脊椎と、頭蓋の欠片。肉は一片もついていない。吐き出された瞬間に、湯気のようなものが立って、すぐに冷えて消えた。


 透の喉が、ひゅっと鳴った。

 胃の奥が裏返りそうになる。視界の端で、誰かが嘔吐する音がした。


 あれは――人の骨だ。


 誰もが持っている骨。黒い炭の骨『炭骨』。死んだ後に残る名前以外のものが、そこにあった。


 逃げないと!


 けれど、その次に耳に入った音が、透の身体を別の方向へ動かした。

 短い悲鳴。それも、すぐ近くから。

 視線をそらすまいとする意志と、そらしたい本能がせぎ合う。結局、透は振り返ってしまった。


 魔獣の前脚のすぐそば。倒れ込んだ中年の男が、胸元をその蹄と骨爪で押さえつけられている。馬の頭部がゆっくりと近づき、大きく裂けた口が、男の上半身に噛みつこうとしていた。


 男の顔が、恐怖で引きつっている。助けを求めるように、周囲を見回した。

 誰も近寄らない。逃げる背中ばかりが、視界の端をかすめる。

 自分の血管が忙しなく脈動する音が聞こえてくる。


 逃げるんだ。


 喉が乾く。足は逃げろと叫んでいる。頭も同じだ。あれに近づく理由なんて、どこにもない。

 ――でも。

 気づいたときには、透の身体は前に出ていた。


「放せ!」


 大槌の柄を両手で握りしめ、透は走る。自分でも、どうして声が出たのかわからない。ただ、「見ているだけ」の自分が、どうしようもなく嫌だった。

 魔獣との距離が一気に詰まる。巨大な影が目前に迫った。足が震え、感覚が失くす。


 それでも、止まってはくれない。


 叫びと同時に、透は大槌を横薙ぎに振り抜いた。

 重い衝撃が両手に返ってくる。金属が骨ごと何か固いものを殴りつけた感触。魔獣の肋のあたりに、ハンマーの頭部がめり込んだ。

 その瞬間、透の骨が燃え上がるように熱を帯びた。


「ぐっ――!」


 胸の奥。肋骨の一本一本が燃えるような痛み。腕の骨、指の関節まで、熱がじくじくと染み込んでいく。そこから何かが吸い出され、大槌へと流れ込んでいる感覚。


 無意識の内に、炭骨から魔力を生み出し、流し込んでいたのだろう。

 男を押さえつけていた魔獣の前脚が、一瞬だけ力を緩めた。男の身体が地面にずり落ちる。

 魔獣が低く唸る。だが、その巨体には大きな傷は見えない。透の一撃は、小鳥につつかれたようなものだった。


 嘘でしょ……今の、そんなもん?


 相当な魔力を注ぎこんだ筈だった。骨が発火するんじゃないかと思えるほどなのに、この程度なのか?

 息が熱い。肺がうまく膨らまない。骨の火照りが、全身の力を奪っていく。

 魔獣が、ゆっくりと透の方に顔を向けた。

 赤い光が二つ、透を見据える。唸り声が低く、空気を震わせる。次の瞬間、その巨体が、地面を蹴って跳んだ。


「っ――!」


 透は咄嗟に身をひねる。巨大な頭部が目の前をかすめ、骨ばった首が風を裂いた。すぐ横の舗装が、蹄と爪の一撃で砕けて飛び散る。数センチ遅れていたら、身体ごと叩き潰されていた。

 バランスを崩しながらも、透は必死に足を動かし、距離をとる。大槌の柄を握る手が汗で滑る。息が白く、途切れ途切れに漏れる。


 逃げろ。いや、逃げたら――。


 さっきの男が地面にうずくまったまま、こちらを見ている。完全に逃げ切るには、その視線を背に受けなければならない。

 透は歯を食いしばった。


「……クソ、ほんと、バカだな、あたし」


 半ば自嘲しながら、大槌の柄を握り直す。さっきと違うのは、その感触だ。骨の熱はまだ続いている。むしろ、さっきより増している。

 ハンマーの頭部から、かすかな振動が伝わってきた。

 視線を落とす。真っ赤な金属の側面に刻まれた円。その円の上に光の点が浮いていた。


「……?」


 さっきは光っていなかったはずだ。じっと見つめると、その点はゆっくりと円周に沿って動き始める。まるで、何かを「チャージしています」とでも言いたげに。

 柄の下半分に目をやると、そこにも変化があった。黒い合金の表面に刻まれた目盛りと、わずかな段差。よく見れば、手の中でその部分が微妙に回転している。


 これ……スイッチか。


 透の頭の中で、見ず知らずのパズルが形になっていく。霊子を食うくせに、さっきの一撃は軽かった。なら、その霊子はどこかに溜まっている、としたら。


 だったら――。


 考えるより先に、魔獣が再び動いた。失った獲物の代わりに、新たな標的を見つけた獣が、透に向かって地面を蹴る。四本の脚が雪と舗装を砕きながら迫ってくる。

 透は、叫びながら柄を強く捻った。


「――回れ!」


 柄がカチリと音を立てる。下半分が明確に回転し、内部で何かが噛み合った感触。頭部の円に並ぶ点が一斉に光り、ぐるりと走り出した。

 全身から、骨から、さらに霊子が吸い上げられていく。視界が一瞬、白く弾けた。

 魔獣が眼前に迫る。透は地面を蹴り、全身の重さを乗せて大槌を振り下ろした。


 次の瞬間、空気が爆ぜた。

 衝撃音。耳鳴り。目の前の景色が歪む。ハンマーが魔獣の右の前脚に当たったところから、見えない波紋が広がったように、肉と骨が内側から弾け飛ぶ。

 魔獣の右前脚が、肩の付け根から先ごと吹き飛んだ。


「――っ!」


 黒い肉片と骨が雪の上に降りしきる。黒い血が蒸気を上げながら飛び散り、透の頬とジャケットを汚す。

 遅れて、悲鳴のような嘶きが響いた。魔獣がのけぞり、よろめく。巨体が片前脚を失ったことでバランスを崩し、近くの街灯に体をぶつけて折る。

 透は、呆然としてその光景を見ていた。


 今の……あたしが、やった?


 両手は痺れているのに、衝撃はほとんど感じなかった。さっきまでの重苦しい手応えはどこへやら。頭部の円に並んだ光点は、再びゆっくりと回り始めている。

 遅れて、胸の奥から喜びが湧き上がってきた。

 怖さも、痛みもある。それでも、その全部を上書きしてしまうような高揚感。


 すげぇ……! これ――。

 言葉にならない笑いが、喉の奥で渦巻く。


「はは……っ、やるじゃん……!」


 自分の声が震えているのがわかる。それが怖さなのか、興奮なのか、透にも判別がつかない。

 だが、その喜びは長く続かなかった。

 吹き飛んだ右前脚の代わりに、魔獣の残った左前脚が動く。痛みに狂った獣は、もはや獲物を弄ぶ気などない。ただ、目の前の「痛みの原因」を潰すためだけに襲いかかってきた。

 透が構えを整えるより早く、その巨体が、跳ねるように距離を詰める。


「――っ!」


 再び柄を捻ろうとする。だが、さっきほど光点が溜まっていない。骨から吸い上げられる霊子の量も、もう限界に近いのがわかった。腕の熱は、今や焼けるような痛みに変わっている。

 間に合わない。

 次の瞬間、魔獣の長い首がしなり、大きく裂けた口が大槌の頭部に噛みついた。


「うそ――」


 透の言葉が終わる前に、凄まじい力で柄が引き剥がされる。両手の皮が裂けるような痛み。大槌は透の手から奪われ、馬の頭部が首の動きでそれを遠くへ放り投げた。

 軽くなった手が空を切る。その隙を逃さず、魔獣の左前脚が、槍のように伸びた骨爪を突き出してきた。

 冷たい何かが、胸骨をこじ開け、肉を抉る感触。

 世界が、一瞬、音を失う。


「――ぁ」


 声にならない息が漏れた。視界がぐにゃりと歪む。左胸から、熱いものが噴き出している。それが自分の血だと認識するまで、時間がかかった。

 足から力が抜ける。地面が遠ざかる。空が近づく。

 どさり、と雪に背中を打ちつけた。空の灰色が、視界いっぱいに広がる。


(……やば)


 遅れて、ようやくその言葉が浮かぶ。呼吸をしようとしても、肺がうまく動かない。吸い込んだ空気はどこにも届かず、ただ喉の奥で渦巻いては消えていく。

 魔獣の影が、視界の端を過ぎる。追撃に移ろうとする気配。


 その時だった。

 何かが空気を裂いた。銃声とも、雷鳴ともつかない、乾いた破裂音。魔獣の首の横を黒色の何かがかすめ、巨体が横に弾き飛ばされる。

 遅れて、金属が地面に転がる音。大槌の赤い頭部が、透の視界に滑り込んできた。誰かがそれを蹴り飛ばし、獣との間合いを切る。


「あらら、間に合わなかったかぁ」


 中世的で焦りの無い声。透の耳にはぼんやりとしか届かない。その声に応じるように、別の足音が雪を蹴る。

 霞んだ視界の中で、透は二つの影を見た。

 さっき大槌を落としていったと思しきピンクの外套を羽織った少女と、白い髪の少女。

 魔獣が嘶き、片前脚を振り回す。少女が大槌を拾い上げ、それを正面から受け止め、雪煙が上がる。


「突っ込んでおいで、相手してあげるよ!」


 少女の喉から、獣を挑発するような声が迸る。前脚と大槌がぶつかり合い、火花が散った。

 何が起きているのか、透にはもう細かく追えなかった。ただ、数秒後には、魔獣の嘶きが途切れ、重いものが地面に崩れ落ちる音だけが残った。

 雪と土と血の匂い。


「……聞こえるかい?」


 耳が遠い。音が水の中から聞こえてくるようだ。

 視界に、大きな影が覆いかぶさる。少女が、透の傍に膝をついている。顔はよく見えない。ただ、その声だけははっきり聞こえた。


「まったく、運の悪い子だ……」


 そう言うと、少女は透の胸元に手を当てた。触れられた場所から、じんわりとした圧迫感が広がる。


「……深いな。心臓、ギリギリか。病院まで持たないな、これ」


 低い声が漏れる。焦りを押し殺したような響き。

 別の声が、それに応じた。


「放っておけば、ここで確実に死ぬねぇ。時間的猶予はほとんど無い」


 冷静で、どこか滑らかすぎる話し方。白コートの少女が、血のついた手袋を外しながら、淡々と言う。


「そうだよねぇ。これはマズいなあ。代表に怒られるよね」

「選択肢は、実質ひとつだけだろう? ここで無残に死なせるか、あるいは――」


 わずかに肩をすくめ、白い少女は視線だけで少女を促した。


「ほら、盗ってきたブツ。こういう時に使わず、いつ使うんだって話じゃないかい?」

「えっ、これのこと?」


 ピンクの外套の人物が、慌てた手つきでバッグの中をかき回し、銀色のパックを取り出す。透の視界の端で、それがちらりと光を反射した。

 少女が、そのパックを見て低くうめいた。


「一か八か、ってやつだね。まだ盗んだことはバレてないみたいだし、局の連中が出てくる前に、やってみようか」


 少女が、おそるおそる言葉をこぼす。白コートの少女は、少しだけ口元を緩めた。


「証拠に、警察が数人しか出張ってないから、今の内だ」


 肺の奥から、また血がこみ上げる。口の端が温かく濡れた。

 目を閉じるべきかどうか迷っていた。閉じたら、もう開けられない気がする。開けっぱなしにしていても、世界の方が先に遠ざかっていく。

 死ぬの……やだな。

 でも、声にならない。

 誰かの手が、透の胸の傷口に触れる。冷たいものが、そこに押し当てられる気配。


「……さて、どうなるかな」


 少女の、決意を固めたような声。


「まさか、伝説の再現をここでできるとはね」


 白コートの人物が、乾いた調子で返す。


「伝説通りになってくれることを、願うばかりだ……!」


 ピンク色の少女の声が、最後に透の耳に届いた。

 透の意識は、ふっと、暗闇に落ちた。


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