9.足立明季
抜け道は狭く、乾いた埃の匂いがした。棚の裏の暗がりを抜け、曲がり角をいくつか越えるたびに、外の喧騒が遠のいていく。透は両腕に抱えた赤いインゴットの重みを確かめながら、足元だけを見て歩いた。
足立は、その隣を妙に軽い足取りで進む。さっき対魔局の人間を相手にしていたとは思えないほど、鼻歌でも鳴らしそうな雰囲気だった。
しばらくして、抜け道の出口らしい継ぎ目が見えた。冷たい外気が、わずかに隙間から流れ込む。
透は堪えきれずに口を開いた。
「……さっきの話、本当なの?」
足立が振り返る。首を傾げ、目を瞬いた。
「さっきの話?」
透は眉をひそめた。わざと曖昧に聞いたのに、こいつは本気で分かっていない顔をする。
「……対魔局の人に、“今度連れてくる”とか言ってたやつ」
「ああ」
足立は、合点がいったように指を鳴らした。
「大丈夫。連れて行くって言ったのは、その場だけの嘘だよ」
「違う」
透の声が少しだけ強くなる。
足立はもう一度首を傾げる。肩をすくめるように、無邪気な顔をしたまま立ち止まった。
透は言いよどんだ。言葉を選ぼうとして、うまく選べない。
「さっきの流れだと、その」
透の視線が一度だけ泳いで、足立のスカートの裾――あの場のやり取りを思い出してしまう。
足立は数拍遅れて、ようやく察したらしい。口元がにやり、と歪む。
「ああ。身体を売ってたのか、ってこと? それとも、僕が男の子だってこと?」
透の耳が熱くなり、黙ってしまった。
「こう見えて、月も羨む男の子なんでぜぇ」と両手を身体のラインに沿わせる。その動きはどこか蠱惑的で、いじわるなものだった。てっきり女性だと思いこんでいたが、本人もこう言っているので信じるほかない。しかしながら、その体つきや顔立ちから胡乱な目を向けてしまう。
「ちょっと前まで男娼としてお店をやってたけどけど、今は休業中だね」
言い方はあっさりしていた。大げさに誇るでもなく、恥じるでもなく。
「なんで」
透が絞り出すと、足立は歩き出しながら答えた。
「今は狩人だから、としか言えないなぁ」
抜け道の出口が近づく。外の灯りが、細い線になって差し込む。
足立は振り返らずに、軽く続けた。
「僕は、僕が楽しめることしかしたくないからね。もしかしたら、またやりたくなったら始めるかもしれないけど、今はいいや」
透は言葉を失った。
その言い草が、あまりにも勝手で、あまりにも正直で、そして――羨ましい、と感じた。自由だと、そう思ってしまった。
透は、赤いインゴットを抱える腕に力を込める。自分の意思で何かを選べるようで、実際はずっと選ばされてきた。昨日も今日も、きっと明日も。
足立は、そういう鎖の存在自体を気にしないみたいに、雪を踏む足取りは軽やかだ。
抜け道を出ると、工業地帯の冷たい空気が肌に刺さった。鍛冶場街の打音は遠くなり、電灯の白が路地を平たく照らしている。
足立はくるりと振り向き、いつもの調子で言った。
「ほら、帰ろ。キミ、顔こわいよ」
「あんたの所為でね」
透は吐き捨てたが、声にさっきほどの棘が乗らなかった。
足立は心当たりが無さそうに首を傾げ、、すぐに興味は失せたのか、そのまま先に歩き出す。透はその背中を見つめたまま、後に続いた。
なんとなく、足立に付いて行ったら、自分の知らない世界を知れそうだな、と期待しているのかもしれない。彼女――いや、彼は森人で、狩人で、羽のようにフワフワと快活で、ちょっぴりミステリアス。透は足立明季というヒトについて、知りたくなっていた。
そして、それを自覚しないよう、乱暴に胸の奥へ押し込んだ。




