067 藍の告白
二人が庭園から戻ると、残っていた三人のあいだには、どこか奇妙な静けさが漂っていた。
ルシェルは父へ歩み寄る。
「お父様」
公爵が視線を向ける。
「あぁ、ルシェル。戻ったのか」
「ええ」
ルシェルは頷き、そして続けた。
「……お父様に、お願いがあります」
「何だ」
ルシェルは少しためらってから、藍を見る。
「藍様を、我が家に客人としてお迎えし、滞在していただいてもよろしいでしょうか?」
その場の空気が、一瞬だけ止まった。
そしてゼノンだけが、ごく微妙に目を細めた。
ルシェルはその変化に気づき、少し慌てる。
「……その……藍様はこれまでずっと、私のためにお力を貸してくださいましたし……えっと……」
藍がゼノンの表情を見て、くすりと笑った。
「アンダルシアの国王陛下、今のお顔、ずいぶん正直でしたよ」
ゼノンは静かに咳払いをする。
「……さて、何のことでしょう」
藍は肩をすくめたあと、まるで気まぐれにでも思い立ったような顔で言った。
「ですが、ご安心を。あなたが案じるようなことにはなりません」
その言い方に、ゼノンの眉がぴくりと動く。
「案じる、とは?」
「そこまで言わせるのは野暮でしょう」
藍はさらりと言って、それからふと笑みを薄くした。
「……まぁ、でも、ここにいる皆さんには、話しておいた方が早いですね」
ルシェルが驚いたように、藍の服の袖を掴み、心配そうに見つめる。
「ルシェル様、ありがとうございます。私は大丈夫ですよ」
藍はまっすぐにルシェルを見て、それからゼノンへ視線を移した。
「実は、私、女なんです」
ーーしばしの沈黙の後、藍が続ける。
「私の国では、女性が家督を継ぐことができません。私は、藍家の後継者となるため、父の意向で男として生きざるを得ませんでした。まぁ、ただそれだけの話です。ルシェル様には、以前から、このことをお伝えしていました」
ゼノンは珍しく言葉を失った。
それからすぐに、静かに一礼する。
「それは……これまで、色々と失礼をしてしまいましたね」
「いいえ。警戒なさるのは当然です。私の方こそ、皆様を騙す形になって心苦しかったので……言えてよかったです」
藍はくすりと笑い、さらに続ける。
「それから、大変恐縮ではあるのですが……、私が女であるということは、ここだけの話にとどめていただきたいのです」
「ええ、もちろんです」
ゼノンはすぐに答え、アストレア公爵も頷く。
だがその横で、ただ一人、テオドールだけが少しも驚いた顔をしていなかった。
「お兄様……驚かれないということは、まさか、ご存じだったのですか?」
「あぁ、知っていた」
あまりにもあっさりと返され、今度は藍の方が目を見開いた。
「……いつからですか」
「最初からだ」
「最初から?」
藍の声が、ほんのわずかに真面目になる。
テオドールは腕を組んだまま、淡々と言った。
「まぁ、直感だ。俺は敏感な方だから、藍殿に落ち度はない」
テオドールは実にそっけなく言う。
藍はしばらく何も言わなかった。
やがて、少しだけ目を細める。
「……では、どうして黙っていたんです?」
テオドールは怪訝そうに眉を寄せた。
「どうしてと言われても……言いふらす理由がない。それに、あんたが何者であれ、妹の味方であることに変わりはないからだ」
「……ずるいですね、そういうところ」
藍が頬を赤らめて言う。
「何がだ?」
「いえ。こちらの話です」
テオドールは怪訝そうに眉を寄せたが、それ以上は追及しなかった。
公爵がひとつ咳払いをする。
「……そういうことならば、問題ないだろう。娘が世話になったことだし、藍殿は、重要な公益相手でもある。たいしたもてなしもできないが、ぜひ、客人として滞在していただこう」
「ありがとうございます、公爵閣下」
藍は優雅に一礼した。
ルシェルはようやく、ほっと息を吐く。
その様子を見て、ゼノンの胸の中でも、小さな棘のような警戒が静かに消えていった。




