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私たちの離婚幸福論  作者: 桔梗


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058 自作自演?

静かな、だがよく通る声だった。

中背で、落ち着いた灰色の瞳。

派手さはないが、整った紺の礼装が彼の品位を際立たせている。


ローヴェル・クローリアス伯爵。

帝都でも穏健派として知られる貴族であり、そして――

ルシェルの親友であるイリア・クローリアスの父親だ。


ノアが怪訝そうな顔をする。


「述べてみよ」


伯爵は静かに立ち上がった。


「恐れながら申し上げます。本件の議論は、皇統の安全という大義のもとに進められております。

しかし、私は証拠がないという事実は、看過できぬ問題があると考えております」


その言葉に、先ほど議論していた数名の貴族が顔を上げる。

伯爵は続けた。


「毒物混入が事実であるとしても、それが誰によって行われたのか、未だ確証はない。

イザベル様の侍女が疑われているのは理解できます。

そして、その侍女が杯を手渡したと言うことならば、一番疑わしいと思われるのも仕方のないことでしょう。しかし、疑いのみで人を裁くことは、帝国の法の根幹を揺るがす大問題です」


彼の声音は強くも激しくもない。

だが、ひとつひとつの言葉が重い。


「そして、もう一つ」


伯爵はわずかにルシェルへ視線を向けた。


「皇后陛下の責任問題についてです」


空気が張り詰める。


「恐れながら、私は娘を通して、皇后陛下のお人柄を多少なりとも知っております。そして、帝国民から皇后陛下がどれほど支持されているかもみなさまご存知のことでしょう。

そして、皇后陛下は宮廷の秩序を重んじ、侍女の採用にも厳格な基準を設けておられる。そのこともまた、広く知られている事実です」


数名の貴族が頷いた。


「そんな皇后陛下が、明確な証拠もないまま責任を問われ、このような形で公の場に引き出されている。

これは――いかがなものでしょう」


ノアはクローリアス伯爵をしばらく見つめた。

その表情は変わらない。

感情が読み取れない、あの冷たい目のままだ。


やがて、ノアは短く言った。


「そなたの意見はよくわかった」


それだけだった。

議場には重苦しい空気が流れた。


ーーその時だった。


議場の入口付近がざわめいた。


「失礼!」


小声で誰かが呼ぶ。


テオドールが振り向くと、そこに立っていたのは藍 永燈だった。


本来、この場に入る資格はない他国の使節である。

だが彼は衛兵に一言断り、入口で立ち止まっていた。


藍は低い声で言う。


「テオドール様、見つけました!」


***


ーー数刻前、客殿にて。


藍 永燈は静かな客殿の一室で、一枚の紙を見つめていた。


机の上にはいくつもの資料が並んでいる。

茶葉、香辛料、薬材――すべて、ヴェルディア帝国が璃州国から輸入している品目の記録だった。


窓から差し込む午後の光が紙面を照らす。

藍はゆっくりと指で一行をなぞった。


「……やはり、これですね」と低く呟く。


その紙に書かれていたのは、薬草の名だった。

璃州語で、醒華草<サイガソウ>。


乾燥させると粉末になり、水に溶ける。味も匂いもない。

本来は気付け薬として使われるが、一定量を超えて摂取すると、強烈な副作用を引き起こす。


頭痛。腹痛。吐き気。眩暈。

その症状は、毒物摂取と酷似するとされている。


藍は静かに息を吐いた。


「なるほど……」


彼がこの薬草に辿り着いた理由は単純だった。

毒と断定するには決定打がない。

しかし、ただの体調不良でも説明がつかない。


――まるで毒に見える症状。


藍はさらに書類をめくる。

そして止まった。


「……ここか」


輸入品目の一覧。

その中に、この薬草が含まれていた。

医療用途として宮廷薬庫へ納められているようだ。


藍は小さく笑った。


「これなら、説明がつきますね」


水に溶ける。

匂いもない。

そして症状は毒のように見えるのだ。


「テオドール様に知らせなくては」


***


ーーそして現在、貴族会議の場にて。


しばらく藍と話した後、戻ってきたテオドールが静かに口を開いた。


「陛下、イザベル様の症状について、説明がつきました」


広間がざわめく。

ノアが怪訝な顔をする。


「説明だと?」


テオドールは頷いた。


「イザベル様の症状は、毒によるものではなく、醒華草と言う薬草によるものでしょう」


数人の貴族が眉をひそめる。


「薬草?」


「ええ。醒華草は、璃州国から輸入されている医療薬剤の一種です」


テオドールは続ける。


「本来は気付け薬として使われていますが、一定量を超えると毒物と同じ症状を引き起こすのだそうです」


テオドールは続ける。


「この薬草は水に溶け、味も匂いもない。つまり杯に入れても誰にも気づかれないのです」


テオドールはしばらく間を置いて、話を続けた。


「そして、イザベル様がこぼした杯から、極少量ながら、醒華草の成分が見つかりました」


議場がざわめいた。


「そんなもの私は知りません!」


テオドールの言葉をイザベルが遮る。

テオドールは淡々と続ける。


「イザベル様が知らないはずがありません。なぜならーー

イザベル様の自室から醒華草が見つかったからです」


「………っ!!」


イザベルの顔から血の気が引いた。


議場がどよめく。


「イザベル。本当か?」


ノアがイザベルに問いかける。


「いいえ!私はそんなもの知りません!そもそも、私の部屋に勝手に入ったの!?信じられないわ!」


イザベルが慌てた様子で否定する。


「勝手に……ではありません。宮廷内のあらゆる場所が捜査対象でした。それは、もちろんイザベル様の居室も対象です。ですが、宮廷警備隊は、イザベル様の居室に入ることを許可されていない様子でしたので、皇后陛下の承認のもと入室を許可しました」


テオドールが言い終わると、貴族たちが囁き出した。


「なんだ?つまり、イザベル様の自作自演なのか……?」

「まさか、お子を孕っていながら自ら危険を犯したと……?」

「だが、あの焦り方は怪しいぞ」

「確かに、皇帝陛下が皇后陛下と関係修復した直後だったしな」


貴族たちの囁きが次第に大きくなる中で、しばらく黙っていたノアが、何かを悟ったように口を開いた。


「もうよい」

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