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私たちの離婚幸福論  作者: 桔梗


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057 貴族会議

重厚な扉が開かれると同時に、ざわめきが大広間を満たした。


そこは、ヴェルディア帝国の高位貴族のみが列席を許される貴族会議の間。

半円状に並べられた席には、公爵、侯爵、伯爵、そして帝国の中枢を担う重臣たちが顔を揃えている。


その中で、最も目を引くのは二つの一族だった。


ひとつは、皇后ルシェルの実家であるアストレア公爵家。

そしてもうひとつは、皇帝への忠誠を最も色濃く示してきた、古参の保守貴族たちである。


アストレア家は代々数多くの皇后を輩出してきた、由緒正しい家柄であるが、このように皇帝と対立するような場面は初めてのことだった。


***


ーー扉が開く。


まず入ってきたのは、ルシェルだった。


白銀の髪を端正に結い上げ、淡い藤色を基調とした正装に身を包んでいる。

その色は彼女の瞳の色とよく似ていて、彼女をいっそう高貴に見せていた。


誰もが息を呑む。


皇后として、この場に立つにふさわしい姿だったからだ。

少なくとも、その場にいる誰よりも――そう思った者は、一人や二人ではなかった。


ルシェルの少し後ろには、帝国騎士団団長テオドール・アストレア。

無駄のない黒の軍装に身を包み、銀の髪を後ろで束ねたその姿は、まさに“氷の貴公子”の異名そのものだった。だが、その紫の瞳の底には、今朝ばかりは明らかな怒りと警戒が沈んでいる。


好奇、同情、打算ーー。


そのどれもが、よく知ったものだ。

皇后になってからの四年間、彼女はずっと見られる側にいた。

けれど今日の視線は、明らかに質が違った。


――明らかに、値踏みされている。


皇后としてではなく、“失墜するかもしれない女”として。

それでも、ルシェルは背筋を伸ばしたまま歩いた。


さらに、その後ろから、アストレア公爵がゆっくりと入場した。


年齢を重ねた威厳と、貴族としての重みがその一挙手一投足に宿っている。

彼が席に着くだけで、議場の空気が一段階引き締まった。


ほどなくして、別の扉からノアが現れる。


そして――その傍らには、イザベルがいた。


かすかに顔色を悪く見せるように薄化粧を施され、腹部を庇うようにそっと両手を添えている。

その立ち姿は、か弱さを装うにはあまりにも完成されていた。


ざわ……と、議場が微かに揺れる。


“あの側室を、ここまで公の場に伴うのか”

そう思った者も多いだろう。


だが、ノアは周囲の空気など意に介さぬまま、壇上へと進んだ。


全員が起立し、一礼する。

場にいた全員が一斉に立ち上がり、頭を垂れた。


「帝国の太陽にご挨拶を」


ノアは短く手を上げ、それを制した。


「皆、座ってくれ」


低く、よく通る声。

だがその声は、ルシェルが愛した彼の声ではなかった。


そのとき、議長役を兼ねる帝国法官が立ち上がった。


「これより、貴族会議を開会いたします。本日の議題は、先日の宴において発生した毒物混入疑惑、およびそれに付随する皇后陛下の責任問題について」


ざわめきが、再び低く広がる。

法官は続けた。


「まず、本件において拘束中の侍女ユリアナは、側室であるイザベル様付きの侍女でありながら、その採用には皇后陛下が関わっておられたことが確認されております」


その言葉に、すぐさま一人の男が立ち上がった。

皇帝派として名高いレグナス・フィリーネ伯爵である。


「それだけで十分でありましょう。イザベル様は現在、お子を身籠っておられる。

皇后陛下が採用に関与した侍女が起こした事件であれば、皇后が責任を問われるのは当然のことです!」


それに呼応するように、ゼファー・シュヴァリエ子爵が声を上げる。


「その通りです!帝国の次代に関わる大問題です!」


一気に皇帝派の空気が強まる。


イザベルが子供を孕っているという事実だけで、多くの貴族は沈黙する。

血統と継承を何より重んじる帝国貴族にとって、それは抗いにくい大義だからだ。


だが、その時だった。


「異議がある」


低く、重い声が響いた。

声の主は、ルシェルの父ーーアストレア公爵だ。

その一言で場の空気が変わる。


「フィリーネ侯爵」


公爵はゆっくりと立ち上がり、感情を抑えた声音で続ける。


「貴殿は今、侍女を採用に関与したことをもって皇后陛下の責任を断じた。では今一度、お尋ねしたい。

皇后陛下が採用した侍女が毒を混入したという証拠は?」


フィリーネ侯爵が言葉に詰まる。

公爵は一歩も引かず、さらに続ける。


「そもそも、杯はイザベル様が落とした際に中身が全て溢れてしまい、毒だったのかさえ調べようがない。それなのになぜ、毒だと決めつける?」


「そ、それは……!」


一瞬、広間が静まり返る。

そして、今度はテオドールが立った。


「帝国騎士団団長として申し上げる」


彼の声は、兄としての怒りではなく、軍人としての冷徹さを帯びていた。


「証拠なき断罪は、法を壊す。法が壊れれば、次に壊れるのは秩序だ。

疑わしいという名目で手続きを踏み越えることが許されれば、明日にはその理屈でいくらでも粛清ができるようになる」


フィリーネ伯爵が続ける。


「だが団長殿、今はそのようなことを言っている場合ではない!皇統が脅かされているのだ」


テオドールは即答した。


「皇統に関わる案件だからこそ、なおさら正確でなければならない。

誤った裁定は、帝国の未来さえ曇らせます」


一部の貴族が頷き、別の一部は顔をしかめる。

明確に場が割れていた。


そこで、皇帝派のルヴァーク・コーネル侯爵が声を張り上げた。


「では、皇后陛下は何の責任もないと?」


その言葉に、複数の貴族が追従する。


「そうだ、皇后として宮廷を統べる立場にあったのではないか?」

「イザベル様を妬んでおられたのかもしれない」


ルシェルは、その言葉を静かに聞いていた。

なんて見事な構図だろう。


ルシェルが口を開こうとした、その瞬間だったーー。


「失礼、発言しても良いでしょうか」

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