第2話「姉妹の水」
番外編「水龍の姉妹」
第2話「姉妹の水」
――両親を失ってから、数年。
アクエリア連邦の孤児院。
朝。
「お姉ちゃん、早く!」
「待って、リュウナ」
廊下を走る二人の少女。
幼かったリュウナも、少しずつ成長していた。
その後ろを、セリアが追いかける。
「もう……朝から走らないの」
「だって今日は魔力訓練の日だよ!」
リュウナが振り返る。
「私、昨日より上手くなってるんだから!」
「はいはい」
セリアは苦笑した。
「転ばないようにね」
「大丈夫!」
リュウナは笑った。
孤児院に併設された訓練場。
数人の子供たちが、水の魔力を使った訓練を受けている。
「では、魔力を水に変換してください」
教官が指示する。
リュウナが両手を前に出す。
「……!」
小さな水の球が浮かび上がった。
「おお……」
周囲から声が上がる。
教官も驚いた。
「七歳とは思えない魔力制御ですね」
リュウナは嬉しそうに振り返る。
「お姉ちゃん、見た?」
「うん」
セリアは笑う。
「すごいよ」
「えへへ」
だが。
教官はセリアを見る。
「セリアもやってみなさい」
「私?」
「君もSA適性が高い」
セリアは少し迷った。
そして。
両手を前に出す。
水が生まれる。
しかし、リュウナのものとは違った。
水は細く、鋭く、そして完全に制御されていた。
教官の表情が変わる。
「……見事だ」
水の形が変化する。
球。
刃。
盾。
そして。
一滴の水へ。
セリアが手を下ろす。
「終わりました」
教官は静かに言った。
「君たち姉妹は、かなり高いSA適性を持っている」
リュウナが嬉しそうに笑う。
「やっぱり!」
「……」
セリアは笑わなかった。
その言葉が、なぜか胸に引っかかった。
その日の午後。
孤児院の食堂。
リュウナがパンを頬張っている。
「お姉ちゃん!」
「なに?」
「私、軍人になれるかな?」
セリアの手が止まった。
「……どうして?」
「だって、お父さんみたいになりたいから」
リュウナは笑った。
「強くて、みんなを守れる軍人!」
「……そう」
セリアは笑顔を作る。
「リュウナなら、なれるよ」
「本当!?」
「うん」
リュウナは嬉しそうに笑った。
「じゃあ、お姉ちゃんも一緒ね!」
「……」
セリアは答えられなかった。
夜。
孤児院の屋上。
セリアは一人、星空を見上げていた。
「……お父さん」
静かな夜。
「お母さん……」
あの日から、何年経っても。
二人の姿を忘れることはできない。
軍人だった父。
研究者だった母。
二人とも優秀だった。
そして――
帰ってこなかった。
「軍に入れば……」
セリアは呟く。
「リュウナも、同じ目に遭うかもしれない」
そのとき。
「お姉ちゃん?」
振り返る。
リュウナが立っていた。
「こんなところにいたんだ」
「リュウナ……」
「どうしたの?」
「……何でもないよ」
セリアは笑った。
リュウナが隣に座る。
「星、きれいだね」
「うん」
二人で空を見る。
「お姉ちゃん」
「なに?」
「私ね」
リュウナが言う。
「お姉ちゃんとずっと一緒にいたい」
セリアの胸が締め付けられる。
「……私も」
「軍人になっても?」
「……」
セリアは答えを探した。
そして。
「そうだね」
リュウナが笑う。
「約束だよ!」
「……うん」
セリアも笑った。
しかし。
心の中では――
別の言葉を繰り返していた。
――この子を、軍には渡さない。
数日後。
孤児院に軍関係者が訪れた。
「SA適性者への軍入隊説明会を行います」
子供たちが集められる。
壁には大きなポスター。
『SA適性者――未来の水星士へ』
教官が説明する。
「アクエリア連邦は、皆さんの力を必要としています」
「国を守るため」
「家族を守るため」
「そして――未来を守るため」
リュウナは目を輝かせていた。
「お姉ちゃん……!」
「……」
セリアはポスターを見つめる。
そこには。
幼い子供たちが軍服姿で描かれていた。
その笑顔が、妙に作られたものに見えた。
「SAの力を持つ皆さんには、将来の軍への道が開かれています」
「もちろん、最終的な進路は皆さん自身が決めることです」
その言葉を聞いて。
セリアは小さく眉を寄せる。
――自分で決める。
そう言いながら。
ここにいる子供たちは、いつから軍に行くことを当然だと思うようになったのだろう。
リュウナが手を上げる。
「私、軍人になりたいです!」
「リュウナ!」
セリアが思わず声を上げる。
リュウナは振り返る。
「だって、お父さんみたいになりたいもん」
「……」
セリアは何も言えなかった。
その夜。
二人はベッドに並んでいた。
「お姉ちゃん」
「なに?」
「今日の話、楽しみだったね」
「……そう?」
「うん!」
リュウナは目を閉じる。
「私、強くなる」
「……」
「お父さんみたいに」
セリアは妹の寝顔を見る。
そして。
そっと布団をかけ直す。
「……リュウナ」
小さく呟く。
「あなたは……」
言葉が止まる。
やがて。
「戦わなくてもいいんだよ」
眠っている妹には届かない。
セリアは窓の外を見る。
遠くに、アクエリア連邦軍の基地が見える。
その灯りを見つめながら。
セリアは決意する。
――私が、この子を守る。
たとえ。
妹が私を嫌いになったとしても。
――この子だけは。
軍に渡したくない。
そして。
その頃。
アクエリア連邦軍の別施設では――
一枚の資料が、机の上に置かれていた。
そこには。
「特級SA候補――水城姉妹」
という文字が記されていた。
二人の運命は。
もう、軍の手の届くところまで来ていた。
番外編「水龍の姉妹」第2話「姉妹の水」――完。




