第1話「水の家族」
番外編「水龍の姉妹」
第1話「水の家族」
――アクエリア連邦。
水と共に生きる国。
青い海と無数の水路が広がる都市の一角に、一軒の家があった。
そこには――
四人の家族が暮らしていた。
「ただいまー!」
玄関を開けたのは、十二歳の少女。
水城セリア。
「おかえり、セリア」
台所から母親の声が返ってくる。
「お母さん、今日も研究?」
「ええ。ちょっと遅くなっちゃった」
白衣姿の母親が笑う。
その隣では、七歳の少女が夕食の準備を覗き込んでいた。
「お姉ちゃん!」
「リュウナ、ただいま」
「今日ね、学校で水の魔法できた!」
「本当?」
リュウナが小さな手を差し出す。
手のひらに――
小さな水の球が浮かんだ。
「すごい!」
セリアが笑う。
「お姉ちゃんより上手じゃん」
「えへへ!」
そのとき。
玄関の扉が開いた。
「ただいま」
父親が帰ってきた。
アクエリア連邦軍の制服。
その姿を見たリュウナが駆け寄る。
「お父さん!」
「おっと」
父親が笑いながらリュウナを抱き上げる。
「今日も元気だな」
「うん!」
「セリアも大きくなったな」
「毎日見てるでしょ」
「そうだったな」
家族の笑い声が響く。
ほんの少しだけ。
何の変哲もない。
幸せな夜だった。
夕食後。
父親はリビングで軍の資料を確認していた。
セリアがその隣に座る。
「お父さん」
「ん?」
「また新しいMAS?」
「ああ」
父親が端末を見せる。
そこには、水魔力を利用した新型MASの設計図が表示されていた。
「水の魔力を機体に流して、操縦者の能力を直接反映させる」
「難しそう」
「セリアには分かるだろ」
「……お母さんほどじゃないよ」
母親が苦笑する。
「この子は私より頭がいいかもしれないわよ」
「えっ?」
セリアが驚く。
「本当?」
「本当よ」
父親も笑う。
「俺に似たところはないのか?」
「あるわよ」
母親がリュウナを見る。
「リュウナはあなたに似てる」
「そうか?」
「魔力も強いし、感覚で水を操ってる」
リュウナは嬉しそうに笑った。
「じゃあ私、お父さんみたいな軍人になれる?」
父親は少し驚いた。
だが。
「なれるさ」
優しく答えた。
「でも――」
母親が続ける。
「自分が本当にやりたいことを選ぶのよ」
リュウナは首を傾げた。
「うん!」
セリアはその言葉を聞いていた。
まだ、この時は。
その意味を深く考えなかった。
翌日。
アクエリア連邦軍・水魔力研究施設。
母親は研究室にいた。
彼女はアクエリア連邦でも数少ない――
特級SA。
水龍との共鳴率。
魔力操作。
そして。
魔力工学に関する知識。
どれも常人離れしていた。
その研究成果は、軍の新型MAS開発にも使われている。
同じ頃。
父親は軍の訓練施設にいた。
水のMASを操縦する。
機体が一瞬で加速する。
旋回。
急停止。
反転。
巨大な機体が、水の魔力を纏いながら戦場を駆ける。
こちらも――
特級SA。
優れた魔力適性だけではない。
MASパイロットとしての能力は、アクエリア連邦でも屈指だった。
二人は、それぞれの分野で国を支えていた。
そして。
その能力を――
アルカディア財閥も把握していた。
その日の午後。
研究施設。
母親が新型魔力制御装置の最終確認を行っていた。
「魔力循環、正常」
端末を操作する。
「出力安定」
その瞬間。
――ピッ。
小さな警告音。
「……?」
母親が画面を見る。
「魔力流量……?」
数値が一瞬だけ跳ね上がる。
「そんな……」
彼女が操作を続ける。
しかし。
警告音が増えていく。
――ピッ。
――ピッ。
――ピピピピッ!!
「停止して!」
研究員が叫ぶ。
「制御装置を切って!」
母親が緊急停止を入力する。
だが――
反応しない。
「……どうして?」
次の瞬間。
施設全体が青白い光に包まれた。
――ドォォォォン!!
巨大な爆発。
同時刻。
軍事基地。
父親は異変を感じ取っていた。
「……何だ?」
遠くから爆発音。
そして。
通信が入る。
『研究施設で重大事故!』
父親の顔色が変わる。
「……研究施設?」
そこには――
妻がいる。
「救助隊を出せ!」
「しかし――」
「俺が行く!」
父親は機体へ駆け込む。
研究施設。
崩れた瓦礫の中。
母親は倒れていた。
身体は動かない。
それでも。
意識だけは残っている。
「……セリア……」
「……リュウナ……」
彼女は二人の娘を思い浮かべる。
その時。
遠くからMASの音が聞こえた。
「……あなた……?」
しかし。
次の瞬間。
施設の天井が崩れ落ちる。
父親のMASが瓦礫を押し退ける。
「無事か!」
母親が顔を上げる。
「……あなた……」
「もう大丈夫だ」
父親は機体を降りる。
そして妻へ駆け寄る。
「すぐに運ぶ」
母親は首を横に振った。
「……もう……無理」
「何を言ってる!」
「聞いて……」
母親は震える手で夫の腕を掴む。
「セリアと……リュウナを……」
「……」
「お願い……」
父親は何も言えない。
「二人を……守って……」
その瞬間。
二人の頭上から――
巨大な瓦礫が落下する。
「――!」
父親が妻を庇う。
轟音。
視界が白く染まる。
数時間後。
病院。
セリアとリュウナは、並んで座っていた。
「お父さんとお母さんは?」
リュウナが聞く。
セリアは答えられない。
医師が静かに頭を下げた。
「……残念ですが」
リュウナの目が大きくなる。
「……?」
セリアは妹の肩を抱き寄せた。
「……大丈夫」
自分にも言い聞かせるように。
「私がいるから」
リュウナが姉を見る。
「……お姉ちゃん?」
「大丈夫だから」
セリアは泣かなかった。
泣いたら。
リュウナまで泣いてしまう。
だから。
必死に耐えた。
数日後。
二人は孤児院へ送られた。
アクエリア連邦が管理する施設。
水色の制服を着た子供たちが並んでいる。
職員が笑顔で言った。
「ここでは、みんなが家族よ」
リュウナがセリアの手を握る。
「お姉ちゃん」
「なに?」
「ここで暮らすの?」
「……うん」
「お父さんとお母さんは?」
セリアは一瞬だけ目を伏せる。
「……もう帰ってこない」
リュウナの顔が曇る。
セリアは妹を抱きしめた。
「でも、大丈夫」
「私がいるから」
その言葉だけは。
絶対に変えなかった。
その夜。
孤児院の掲示板に、一枚の紙が貼られていた。
《SA適性者・軍入隊説明会》
その下には、
「国を守る未来の星たちへ」
という文字。
リュウナがそれを見つめる。
「お姉ちゃん」
「ん?」
「私、これやる」
セリアが振り返る。
「……何を?」
「軍人!」
リュウナは笑った。
「お父さんみたいになる!」
セリアは言葉を失った。
「……そう」
無理に笑う。
「……そうだね」
リュウナは嬉しそうに笑った。
「お姉ちゃんも一緒だよね?」
セリアは答えられなかった。
ただ。
妹の手を握る。
強く。
そして。
胸の中で呟いた。
――この子だけは。
――この子だけは、軍に渡したくない。
それが。
十二歳のセリアが初めて抱いた――
妹を守るための決意だった。
番外編「水龍の姉妹」第1話――完。




