第3話「姉の決断」
番外編「水龍の姉妹」
第3話「姉の決断」
――五年後。
アクエリア連邦。
孤児院の中庭。
二人の少女が、水の魔力を使っていた。
「そこ!」
リュウナが手を伸ばす。
宙に浮かんだ水球が、細い水流へと変化する。
その水流はまるで龍のように舞い上がり、訓練用の標的を貫いた。
――ドンッ。
「やった!」
リュウナが笑う。
「お姉ちゃん、見てた!?」
「もちろん」
セリアが微笑む。
「上手になったね」
「えへへ」
十二歳になったリュウナ。
その魔力は、すでに同年代を大きく上回っていた。
そして。
「お姉ちゃんも!」
「私?」
「やってみて!」
セリアは苦笑しながら手を伸ばす。
水が生まれる。
一瞬で形を変え――
細い水の刃となる。
標的を正確に切り裂いた。
「……すごい」
リュウナが目を輝かせる。
「やっぱりお姉ちゃんはすごい!」
「リュウナには敵わないよ」
「嘘!」
二人は笑った。
昔と変わらない。
姉妹の時間だった。
けれど。
セリアの胸には、ひとつの秘密があった。
---
夜。
孤児院の資料室。
一人になったセリアは、古い資料を机の上に並べていた。
両親の事故記録。
研究施設の魔力制御データ。
そして――
数年前から密かに調べ続けていた資料。
セリアの目が止まる。
「……やっぱり」
両親が死亡した事故。
公的な記録では、単なる水魔力制御装置の暴走。
しかし。
事故直前のデータには、不自然な改ざんの跡が残っていた。
さらに。
研究施設への外部アクセス記録。
そこに残されていた企業コード。
ARC-01。
「アルカディア……」
セリアは呟く。
両親の死は、ただの事故ではなかった。
誰かが研究施設へ介入していた。
そして。
その技術を欲しがっていた存在がいた。
「……お父さん」
資料を握る手が震える。
「お母さん……」
二人が命を懸けて守っていた研究。
それを利用しようとしている者がいる。
その事実を知ったとき。
セリアは、もう一つの現実にも気づいてしまった。
――リュウナも狙われている。
特級SA。
水龍との高い共鳴能力。
優れた魔力。
そして。
軍から注目される姉妹。
このままでは。
リュウナは戦場へ送られる。
母と同じように研究に利用される可能性もある。
父と同じように戦場へ送り込まれる可能性もある。
「……嫌」
セリアの目から涙が落ちる。
「そんなの……絶対に嫌」
そのとき。
資料室の扉が開いた。
「お姉ちゃん?」
「……!」
リュウナだった。
セリアは慌てて資料を隠す。
「どうしたの?」
「探したよ」
リュウナが笑う。
「一緒に寝よう?」
「……うん」
セリアは笑った。
「そうしよう」
けれど。
その笑顔の裏には。
すでに決意があった。
---
数日後。
孤児院を訪れたのは――
一人のアルカディア関係者だった。
「水城セリアさん」
「……はい」
「あなたに話があります」
セリアは警戒する。
「アルカディアが、私に?」
「ええ」
男は一枚の資料を差し出した。
そこには。
セリア自身のSA適性。
魔力制御能力。
そして。
両親の研究データが記されていた。
「あなたの能力は非常に高い」
「……」
「そして、あなたは軍を信用していない」
セリアは黙った。
「我々は、SAを戦争の道具として扱うことに反対しています」
「……では、何を望んでいるんですか?」
「あなたに来てほしい」
セリアは資料を見る。
「アルカディアへ?」
「はい」
「……私一人を?」
「あなたには、選択する権利があります」
男は静かに言った。
「軍に入り、戦うのか」
「それとも――」
「戦争を終わらせる側に立つのか」
セリアは答えなかった。
---
その夜。
セリアはリュウナの寝顔を見つめていた。
「……ごめんね」
小さく呟く。
「リュウナ」
眠っている妹の髪を、そっと撫でる。
「あなたには……何も知らないままでいてほしい」
涙が頬を伝う。
「私が軍に行けば、あなたも軍に来る」
「私が残れば……あなたも、ここに残る」
「だったら……」
セリアは唇を噛む。
「私がいなくなればいい」
それは。
妹を捨てる決断ではなかった。
妹を守るために――
自分が妹のそばから離れる決断だった。
---
翌朝。
「リュウナ」
「ん?」
「少し話があるの」
「なに?」
リュウナはいつものように笑っている。
その笑顔を見て。
セリアの胸が締め付けられる。
「私……アルカディアに行くことにした」
「……え?」
リュウナの笑顔が消える。
「どうして?」
「勉強したいことがあるの」
「だったら私も行く!」
「駄目」
「なんで?」
「リュウナは……ここにいて」
「嫌だよ」
リュウナが首を振る。
「お姉ちゃんと一緒がいい」
「……」
「私、お姉ちゃんとずっと一緒って約束したよね?」
セリアは目を伏せる。
「……うん」
「じゃあ、どうして?」
「……ごめん」
「ごめんじゃ分からないよ!」
リュウナの声が震える。
「私、何かした?」
「違う」
「じゃあ、どうして私を置いていくの?」
「……」
セリアは答えられない。
本当の理由を話せば。
リュウナはアルカディアについてくる。
それだけは避けたかった。
だから。
一番言いたくない言葉を口にする。
「……もう、私のことは心配しなくていいよ」
「……え?」
「あなたはあなたの道を歩いて」
リュウナの目から涙が落ちる。
「……お姉ちゃん」
「私は……もう、あなたの面倒を見られない」
「……嘘」
「本当よ」
「嘘だよ!」
リュウナが叫ぶ。
「だって……」
「お姉ちゃん、私のこと大好きだったじゃん!」
セリアの胸が痛む。
「今だって……大好きだよ」
「じゃあ、なんで……!」
「……」
セリアは妹を抱きしめたい。
本当は。
「一緒にいたい」
そう言いたい。
でも。
言えない。
言ってはいけない。
セリアは涙を堪える。
「……ごめんね」
そして。
「私は、もう行く」
「お姉ちゃん!」
リュウナが腕を掴む。
「待って!」
セリアは立ち止まる。
「お願い……!」
「……」
「私、お姉ちゃんの言うこと聞くから!」
「……」
「ちゃんと強くなるから!」
「……」
「だから……置いていかないで……」
その言葉に。
セリアの心が崩れそうになる。
それでも。
振り返らない。
「……リュウナ」
「……お姉ちゃん?」
「元気でね」
「……!」
セリアは歩き出す。
「待って!」
背後から妹の声。
「お姉ちゃん!!」
それでも。
セリアは振り返らなかった。
振り返れば。
きっと。
抱きしめてしまうから。
---
孤児院の門を出る。
セリアは一人になった瞬間。
足を止めた。
「……ごめんね」
涙が溢れる。
「ごめん……リュウナ……」
拳を握る。
「私は……あなたを捨てたんじゃない」
声が震える。
「守りたいだけなの……」
その言葉を。
リュウナは知らない。
知らないまま。
孤児院の窓から、姉の背中を見つめていた。
「……お姉ちゃん」
涙で視界が滲む。
「私のこと……嫌いになったの?」
答えはない。
ただ。
セリアの背中だけが。
少しずつ遠ざかっていく。
「……お姉ちゃん……」
リュウナはその場に座り込む。
「私……捨てられた……」
胸の奥が。
初めて空っぽになった。
---
数時間後。
アルカディアの輸送艇。
窓の外に、アクエリアの街が遠ざかっていく。
セリアは一人、窓を見つめていた。
手には。
幼い頃にリュウナと撮った、小さな写真。
「……リュウナ」
写真を胸に抱く。
「いつか……分かってくれるよね」
涙を拭う。
「私があなたを捨てたんじゃないって」
しかし。
その願いが叶うのは――
ずっと先のことになる。
---
そして。
それから数年。
セリアはアルカディアのSAとして戦場へ出る。
リュウナはアクエリア連邦軍のSAとなる。
二人の道は。
完全に分かれた。
そして――
七星戦争が始まる。
戦場で再び出会ったとき。
リュウナは、姉に問いかける。
「どうして私を置いていったの?」
セリアは答える。
「……あなたを守りたかったから」
けれど。
その答えを。
二人が理解するには――
あまりにも長い時間が必要だった。
そして。
二人の再会は。
姉妹が再び笑い合える時間を与えることなく――
永遠の別れへと向かっていく。
番外編「水龍の姉妹」第3話「姉の決断」――完。




