第16話 広がる一枚の紙
王都中央広場。そこは、毎日多くの人間が集まる場所だった。
商人。職人。労民。旅人。身分の違う人間が、唯一同じ場所に集まる場所。
俺はその広場の隅から、人々を見ていた。
「本当に大丈夫なの?」
リリアが小声で聞く。
「分かりません。」
正直に答える。
「でも、やるしかありません。」
俺の手には、一枚の紙があった。
改革案。この国の未来について書いたもの。たった一枚。
しかし。俺にとっては、三百年続いた制度への挑戦状だった。
「始めます。」
ミリアが頷く。彼女はすでに準備していた。
王都各地の記録所。商人組合。職人組合。そして一部の協力的な役人。そこへ改革案の写しを届ける。
秘密裏ではない。堂々と、記録として残す。
それが俺たちのやり方だった。
最初の反応は、当然ながら厳しかった。
「身分をなくすだって?」
「そんなことをしたら国が壊れるぞ。」
「貴族を妬んでいるだけだろう。」
否定的な声。
当然だった。何百年も続いたものを変えると言われて、すぐ信じられる人間など少ない。
しかし。一方で。
「本当に変わるなら……」
「子どもには違う人生を歩ませたい。」
そんな声もあった。
特に。俺と同じ労民たち。
彼らは静かに紙を読んでいた。
「名前を書く場所に、生まれではなく努力を書く。そんな国になるのか?」
老人が呟く。
俺は答えた。
「そうするために、今戦っています。」
老人はしばらく紙を見つめ、そして小さく笑った。
「若いの。昔、俺の父親も同じことを言っていた。いつか変わるってな。」
胸が締め付けられる。
変わると言いながら。何百年も変わらなかった。
だからこそ。今度こそ変えなければならない。
その日の夜。予想以上の出来事が起きた。改革案が王都全体へ広がった。
誰かが写した。誰かが配った。誰かが語った。
一枚の紙は。人から人へ渡っていった。
しかし。当然、敵も動いた。
翌朝。王宮から正式な発表が出された。
『戸籍管理改革室責任者エイルは、国家転覆を企む反逆者である』
王国全土に向けた声明。俺の名前が公開された。
そして。俺が労民出身であることも。
「やりましたね。」
ミリアが言う。
俺は苦笑する。
「何がですか?」
「あなたの存在を、敵が国中に広めてくれました。」
確かに。今まで俺は。
戸籍上存在しない人間だった。
しかし今。王国中が俺の名前を知った。
皮肉な話だ。俺を消そうとしたことで。逆に俺の存在を証明してしまった。
「問題はここからです。」
リリアが言う。
「皇帝は次に何をすると思う?」
俺は考える。
新皇帝は、ただ怒っているわけではない。あえて泳がせていた。
つまり、何か狙いがある。
その時、王宮から新たな命令が届いた。
『公開裁判を行う』
『反逆者エイル及び協力者リリアの処罰について審議する』
ミリアの顔が青ざめる。
「裁判……」
リリアは静かに紙を見る。
「これは罠ね。」
「はい。」
俺も理解していた。
公開裁判。普通なら不利だ。
しかし。逆に言えば。国中が見る場所で話す機会でもある。
「受けます。」
リリアが驚く。
「危険よ。」
俺は首を振る。
「今まで、この国では記録を書き換えられてきました。でも。」
手元の改革案を見る。
「公開の場なら。誰にも消せない記録を残せる。」
リリアはしばらく俺を見る。
そして。
「分かった。」
頷いた。
「なら、最後まで一緒に戦う。」
こうして、最低階級の戸籍係だった少年は。
国全体が注目する裁判へ向かうことになった。
そこで待っているのは。
処刑か。それとも、歴史を変える一日か。
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