第14話 守る者の言葉
地下記録庫に、侯爵グレイヴの声だけが響いていた。
「皇族も、この制度の恩恵を受けている。」
その言葉に、リリアは反論できなかった。
「……違う。」
しばらくして、彼女は小さく呟く。
「私は、この制度を変えるために動いている。」
グレイヴは静かに首を振った。
「今の君は、そう思っているだろう。だが、君が皇女として生きてこられたのも、この制度のおかげだ。」
リリアの表情が険しくなる。
「何が言いたいの?」
「簡単なことだ。」
侯爵は古い記録を指差す。
「身分制度は、確かに腐っている。下の者を縛り、可能性を奪った。それは認めよう。」
意外な言葉だった。
俺はグレイヴを見る。
彼は制度を守る側の人間だ。それなのに。
「なら、なぜ変えようとしないんですか?」
俺が聞く。
グレイヴは少し黙った。
「変えることが、本当に正しいとは限らないからだ。」
俺は眉をひそめる。
「どういう意味ですか?」
「三百年前。」
グレイヴは話し始めた。
「この国は大混乱していた。力のある者が争い、地方は独立し、民は飢えた。そこで作られたのが、身分制度だった。」
リリアが聞く。
「支配のためではなく?」
「最初は違った。」
侯爵は答える。
「役割を明確にし、国を安定させるためだった。」
確かに。社会を維持するための仕組みとしてなら、理解できる。
「だが。」
グレイヴの表情が変わる。
「人間は、便利な仕組みを手放さない。いつしか身分は役割ではなく、特権になった。」
地下記録庫に沈黙が落ちる。
つまり。この制度は最初から完全な悪だったわけではない。
しかし。長い年月の中で歪んだ。
「では。」
俺は聞く。
「あなたは何を守っているんですか?」
「国だ。」
短く言った。
「私は、この国が壊れることを恐れている。制度を急に消せば、何が起こると思う?」
俺は考える。
確かに。何百年も続いた仕組みを突然なくせば、混乱は起きる。
仕事。教育。政治。すべてが変わる。
「だから変えない?」
リリアが言う。
「だから時間をかけるべきだ。」
グレイヴは答えた。
「君たちは革命を望んでいる。」
「だが革命は、必ず犠牲を生む。」
その言葉には、嘘がなかった。
俺は初めて気づいた。この男は、ただ権力を守りたいだけではない。彼なりに、この国の未来を考えている。
しかし。
「それでも。」
俺は言った。
「今苦しんでいる人間を、見捨てる理由にはなりません。」
グレイヴが俺を見る。
「君は自分が消されたから、そう言っているのか?」
「違います。」
俺は答えた。
「俺が消される前から。」
頭に浮かぶ。
役所で見た人々。戸籍一枚で未来を決められた人間たち。
「この制度がおかしいと思っていました。でも、何もできなかった。だから今、変えたいと思っています。」
グレイヴはしばらく俺を見ていた。
そして。
「……本当に危険な男だな。」
小さく笑った。
「なぜですか?」
「君は権力が欲しいわけではない。だから厄介だ。」
その瞬間。グレイヴの後ろから、兵士たちが現れた。
リリアが身構える。
「やはり捕らえるつもり?」
「違う。」
グレイヴは首を振る。
「今日は警告に来ただけだ。だが、次は違う。」
彼は俺を見る。
「エイル。君が本当に国を変えたいなら。敵を間違えるな。」
そう言い残し、侯爵は去っていった。
残された俺たちは、しばらく動けなかった。
「……敵を間違えるな、か。」
リリアが呟く。
「どういう意味だと思う?」
俺は地下記録庫を見る。
そこには、三百年分の記録が眠っている。
そして思った。俺たちが戦う相手は、貴族だけではない。もっと大きなもの。人々が当たり前だと思い込んでいる仕組みそのものだ。
その夜。俺たちは一つの決断をした。
ただ不正を暴くだけでは足りない。新しい制度を示さなければならない。
「改革案を作ります。」
俺は言った。
「身分を壊すだけではなく。身分がなくても成り立つ国の形を。」
リリアは頷いた。
「なら、ここからが本当の戦いね。」
しかし。その頃、王宮では。
新皇帝の前に一人の男が跪いていた。
「エイルたちは、旧制度の真実へ到達しました。」
皇帝は静かに聞く。
「そうか。」
「では、処分を。」
側近が言う。
しかし皇帝は首を振った。
「まだだ。彼らには利用価値がある。」
冷たい笑み。
「革命を望む者が、どこまで理想だけで国を動かせるのか。見てみよう。」
新皇帝は窓の外を見る。
「そして。必要なら、最後に全て奪えばいい。」
改革者たちは知らなかった。
本当の敵が。すぐ近くにいることを。
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