緊急事態
俺の今日の職場は大型ショッピングセンターの警備員だ。2年前に警察を辞めて、警備員として毎日違う現場に派遣されている。
警察官としては日の目を見ることはなかった。自分の中の正義と組織の中の正義の板挟みに妥協点が見つけられず、さんざん悩んだあげく辞めるに至った。今は気楽に日銭を稼ぎ生活をしている。そのはずだったのだが・・・・。
大型ショッピングセンターの駐車場に化け物の集団がなだれ込んできた。車を蹴散らし、逃げ惑う人々をことごとく食い散らかし、本体のビルに侵入しだした。
俺は自分がいた5階のフロアーの人たちの安全を確保すべく、従業員用の食堂に誘導した。
この大型ショッピングセンターは5階建てであり、1階は従業員が着替える場所、2、3、4階には商品ストック用の倉庫、5階に従業員用の食堂が設備されていた。
化け物は1階から徐々に駆け上がってきている。時折聞こえる悲鳴は、まさに食われている瞬間を物語っていた。5階のフロアーにいた全員が青ざめ、生きた心地がしない様子だった。ただ1人を除いては。
この1人の男はおもむろにバックから“何か”をたくさん取り出した。よく見ると“何か”は“死の実”だった。「どうせ死ぬのなら殺されるより、“死の実”を食べて化け物になったほうが楽だ。意識がなくなるから死の恐怖から解放される。それに、もしかしたら化け物なって助かる可能性も0ではない。強い意志があれば化け物になっても人間であるときの意識が保てる可能性があると巷では噂されている。」
「どのみち人間のままだったら食われてお陀仏よ。俺は先に行くぜ。」
男は“毒の実”をかじると、徐々に化け物に変身していった。残念ながら人間の意識は保っていなかった。
俺は躊躇せず、手に持った護衛用の棒で化け物の頭を叩き割った。あとには絶命した化け物の死体が横たわっていた。周りにいた一般人は化け物の死体と俺を交互に見ているだけだった。その一般人の中に幼い姉弟がいた。姉が弟を抱きしめ蹲っている。
俺はここにいる全員が死ぬんだな。と人ごとのように考えていた。俺のような日銭を稼ぎながら人生に希望を見いだせず毎日を生きている<無敵の人>予備軍には人生の終わりを意味する死についても恐れる対象でもなんでもなかったのだが。
この姉弟を見て、なぜか助けたいと思った。人生について投げやりになっていた自分が
人のために何かをすることなど稼ぐ目的以外では金輪際あり得ないと思っていたのだが。
まだ、10年以上も生きていない命がこんな理不尽な死に方をしてよいのか。あんまりではないか。人は産まれたくて産まれてきたわけではないが、せめて死について冷静に考えられる年齢までは生きてもいいんじゃないか。俺はそう思う。
他の連中は知ったことではないが、ギリギリまで足搔いてみようか。




