第九話 エルフ
応接室
「久しいな、ケトル」
「……今更何のようだ」
左肩にマントをつける特徴的な出で立ち。
エルフの里に住むエルフの証とも言えるその様を見たのは何十年ぶりか。
さっきまでの楽しい気分が霧散したケトルは眉毛をつり上げる。
「半端者に用があるわけないだろ。
あるのはシズイ様だ」
「シズイに…?なら直接言えよ。今日来てるぜ」
「それで何とかなるなら既に申し上げている」
「…?半端者の俺に言っても無駄だろ」
シズイとエルフの里の関係性についてケトルは知らない。エルフの里に関わることなど知りたくも無かった。そんなケトルの気持ちも察することなく、察するつもりもなく、緑髪のエルフは続ける。
「お前がいたころはあの方は居なかったから知らないのも無理はないが、シズイ様を呼び捨てとは弁えた方がいい。あの方は次期族長だ」
「…は?」
あの気色の悪い里の。
半端者を虐げる里の。
母を殺した滅ぶべき里の。
…族長……?
「本来なら二百年前に継いでも可笑しくなかったのだが、あの方は突然村から姿を消された。ようやく見つけて帰還を乞うたがなしの礫。放浪癖もこれまでなら容認していたが、族長の容態が急変した」
「…それを俺に言う必要が?」
「お前からもシズイ様に帰りを促せ。
半端者のお前がようやく役に立てるんだ。
有り難く思え」
そんなバカバカしい指図を受けるわけがない。
今も忘れない、雪辱と憎悪に満ちた記憶を。
「そんなの従うわけがーーーー」
「お前の意思など聞いてはいない」
ケトル、遅いなー。
もう1時間経ってない?
いや、面会は1時間超えが普通か?
私と婚約者が変なのか。
「シズイ先生、落とし穴350センチでした!」
「練習してください」
「穴が塞がっていく。あ、そもそも室内に穴がある方が可笑しいな?」
「セルフツッコミも要らないですよ」
だって"カウンター"の判定がシビア過ぎてマジきついっす。
かれこれ200回くらい失敗してません?
「これ、コツとか無いですか。
このままだと先生の氷魔法で吹っ飛ばされるだけの、私の耐久値テストになります」
「うーん、あまり意識して使ったりはしないのですが…。反射で使う人が大体ですし」
なんかグサっと心に刺さる。自分が凡人と自覚してても人畜無害な顔でそんなこと言われると辛いですわ。
もうちょい魔法チートくれてもいいのでは?!
「そこをなんとか!」
「あえて言うなら魔法を打たれた3秒後ですかね?」
「なるほど!一回お願いします!!」
シズイさんが氷魔法を打つ。
サン、ニ、イチ…ここ!
「カウ…がはっ!!」
私の身体は宙を舞う。
白い天井だぁ。わーい、二百回見た光景。
「先生、…私が成功するビジョン見えますか?」
「……こほん、次はタン、タタン!で行きましょう」
「さては見えてないですね?」
「2時間前よりは反応はいいですよ」
前世がろくにスポーツしてない会社員に、瞬発力を無い。速筋か?速筋が足りないのか。
いや、それも言い訳か。
私が不器用なだけなんだろうな。魔法も、生きるのも、うまくいかないや。
生きることに至っては私、二回目なのに。
「シズイ先生、不出来な生徒でごめんなさい。
私、もっと頑張るから」
「不出来、ではないですよ。
頑張る、その言葉が言える子は成長します。
私も貴方の側で支えます」
シズイさんが頭を撫でてくれる。
大人の人に、大きな手に頭を撫でられる感覚は久しぶりだ。
「ありがとうございます。シズイ先生の手って何だか暖かいですね。あ、優しいシズイ先生だから、ですかね?なんちゃって」
少し気恥ずかしくなって、チャチャを入れる。
シズイ先生は目をパチンと瞬かせた後、納得したように続けた。
「人間よりエルフの方が少し体温が高いですから。私が特別というより、エルフだからです。リーフィリアさんの理論だとエルフ全体が優しいという定義になってしまいます」
「そうだったらいいなとは思います。だって私の知るエルフは先生とケトルで、二人とも優しくて暖かいです」
「嬉しい評価ですが、あまりエルフも良いものでは無いです。私もエルフの里から逃げてきましたし」
「え…、」
「情けない話ですが、聞いていきますか?
エルフの里の話を」




