第十話 失われた物語
リーフィリアさんにとっては少しつまらないお話になるかもしれません。それでも良ければお付き合いください。200年ほど前のお話です。
私はシズイ・ミルフィーユ。エルフの里族長ミルフィーユ家に生まれました。エルフの里では魔力こそが全てでした。意外、かもしれないんですが、エルフの里は戦闘特化でして。皆、幼き頃から鍛錬を積み、弱き者は淘汰される。そんな環境だったのです。
私もミルフィーユ家に生まれたからには強くあらねばと思っていました。しかし、妹はそうあることは出来なかった。弱き者を助け、庇って、呪いや傷が増えて日に日に弱っていった。
当時はそれが愚かだと私は思っていたのです。だからなぜ、そんな真似をするのかと問うたことがありました。
「兄ちゃん、私ね、小さい頃、人間に助けてもらったの」
「人間といったら下等生物の?」
「そんな風に言わないで!彼は尊敬できる人なの。ヘマをして死にかけた私をなんの見返りも求めずに救ってくれた」
「っ!豪快な人物なんですね」
「そんなんじゃない。彼の世界は暴力や脅しじゃなくて信頼や助け合いで成り立っているの。私は彼の世界の一部になりたい」
私は人間について、父から下等生物だと教わっていました。だけど、妹を通して知る人間は、エルフよりも社会的、かつ博愛を確立している人種でした。
興味はありました。それほど妹を唸らせる存在なら会ってみたいと。しかし、人間との接触は父の教えに背く行為。私には怖くて出来ませんでした。
妹はそんなこと気にせず、目当ての彼の為によく下山していたみたいですけどね。
けれど、バレる日はやってくる。
その日、妹は縛られ、目の前で男は殺された。妹は泣いて暴れてました。でも、弱ったあの子に拘束を解く力は無かった。
私は父の隣でただ見てるだけです。里としては正しいこと。妹が間違っているのです。
だけど、この凄惨な行いは本当に正しさはあるのか?この男は外の世界の者。ならば裁くのは外の世界のルール。外の世界から見て我々はただの殺戮者ではないのか。
私は父に疑問を投げかけずには居られなかった。
「長、ここまでする必要はあったのですか?」
「ええ。強き者こそが至高の里で、弱い者に溺れることこそが怠惰。反逆ですからネ。それを置くとしても『 』は里を捨てようとしタ。里からの離反は死をもって贖うべシ」
「っ!まさか『 』を殺すつもりですか!さっき男を殺したことで禊は済んだはずです!」
「シズイ……ワタクシに歯向かうつもりですカ?」
「っ!そ、それは…」
私が口ごもると、父は満足そうに私の頬をなぞりました。
「それでいいのでス。ワタクシの可愛いシズイ。これからもワタクシの期待に応え続けけてくださイ」
焦点の合わない父の目は細まっていて、喜びの感情を表していました。
異常だ。この里は異常だ。
私が初めてその事実に気がついた瞬間でした。
けれど、私は面と向かって父に逆らうことはできなかった。父はずっと恐怖の対象でした。
ああ、でも知ってしまった。勘づいてしまった。だからもう里にいられない。背後から血飛沫が飛ぶ。妹の血の臭い。
その後のことは断片的にしか覚えていません。なんとかその場を取り繕って、その足で身支度をし、里を飛び出しました。
そして今に至るのです。
重すぎる。エルフの里は怖い。
シズイ先生はゲームに名前しか登場しないから、過去が語られることも無かった。でも、実際には暗い過去があって、ああこの人も生きている、この世界はゲームじゃないんだって。
「だからね、リーフィリアさん、あまりエルフに気を許してはいけませんよ。中には怖ーいエルフもいるんですから。約束できますね?」
「…はい」
「ふふ、ありがとうございます」
「あの、追手とかは大丈夫ですか?!」
「ええ。基本、森を出たら追いかけて来ませんから。手紙では粘着されてますがね。まあ戻ったら殺されるのでもう帰ることもないのでしょうが」
故郷に戻れない先生の心境は分からない。どんな故郷でも思い出の一つくらいあるだろう。
シズイ先生はこの話を私の為にしてくれたのだろうか。
「先生は私がエルフに不用意に近づいて殺されないようにこの話をしてくれたのですか?」
先生も辛いだろうに。
「…もう妹や名すら知ることが出来なかった男のような人を増やしたくないのです。その為には里を内側から変えるのが一番だとは勿論分かっています。ですが、父への恐怖から今も足が竦むときがあるのに、昔の私はもっと臆病でした。愚かなのは私だったのです」
そんなことない。私なんかより強くて優しくて完璧な先生が愚かだったら、私はもっとダメだ。
「先生、私も救うことが出来ない妹がいます。だけど何もできない。力が無いのです。先生は私が被害に合わないようにお辛いことなのに喋ってくれたじゃないですか。私、先生ガシズイ先生で良かったって本気で思ってるんです」
「リーフィリアさん…ありがとうございます。すいません、しんみりとしたお話になってしまいましたね」
シズイ先生が頬を少しだけ緩めてくれた。良かった、そっちのほうがシズイ先生らしいもん。
「いえ、貴重なお話ありがとうございました」
私がペコリと先生にお辞儀する、その時だった。
「貴重な話、か。過去にしないで頂きたいものだな。なあ、シズイ次期族長様?この爺がお迎えにあがりましたぞ」
シズイ先生よりも濃いグリーン色の髪を一纏めにした男が目元の皺を擦りながら現れた。その横には植物に拘束されたケトルがいる。植物は気味の悪いピンクの蕾が上にあった。
侵入者。
「カスミ爺!なぜ貴方がここに居るのです!ケトルに何をして…!」
「この老いぼれを覚えてくださりなによりだ。しかし、脆弱な人間の世話係とはシズイ様も落ちたものだ。ワシが教育しなおしてあげよう」
「質問に答えなさい!」
先生はカスミ爺さんが『脆弱な人間』と言って私を睨んだタイミングで、私を背後に隠してくれた。
あのカスミ爺さんって何。ケトルは何で寝てるの?何で捕まってるの?私はどうしたら。
「随分せっかちになられたものだ。貴方がお捨てになった妹様。その断片を助けるチャンスだと言うのに」
「妹の断片…?」
「ケトルは貴方の妹様の息子だ。妹様が処刑された日に腹の中より取り出された」
「っ!!!」
ケトルがシズイ先生の甥。
ケトルの方が老けて見えるけど、ケトルは混血だから老いるのが早い。
筋は通らなくも無いが、おかしい。
「先生、先生が里を出たのは200年前です。でも、ケトルは120歳だって言ってました」
そう、年が合わないのだ。
「その子ども、頭は回るようだな。だがな、それは呪いのせいだ」
「呪い、?」
なにそれ。
「シズイから教わってないのか?呪いとは力なき者でも代償さえ払えば強力になる。妹様は自分の死と引き換えに半端者の子に呪いをかけた。今生まれても殺されるのが目に見えていたからな。その結果、妹様の呪いが続く間、半端者は赤子のまま。八十年後、ようやく成長しても二十歳まで手が出せなかった」
「何で八十年後なの…」
「さあ?年月が経てば里が変わるとでも思ったんじゃないか?呪い自体は効力が無くなる二十年前から成長するようにしていたらしい」
けれど里は変わらなかった。
だからケトルは里を出た。
「ケトルが本当にあの子の息子…?ならば私は今まで一体、あの子の残した子すら放っておいて…」
先生は凄く動揺してる。声をかけなければ、自責の念で押しつぶされてしまいそう。
「先生、」
だけど、声を掛ける前に、
「隙ありですぞ"炎撃"!!」
「ひゃ、"氷の障壁"!!」
先生は放心状態。私は先生の前に立ち、障壁を展開する。この爺さん、炎、緑属性かよ!氷って炎で溶けるよね?!相性悪っ!
まあそれ以前に力の差で障壁、あと数秒も持たないけどね!
「うっぐ、先生、壊れちゃう…!」
「っ、"ブラックホール"!」
私の障壁が壊れると同時に先生がブラックホールを生成し、炎の攻撃を吸収する。
「教え子、それも下等生物に守ってもらうとは。全く、また鍛え直さなければならないな」
「そっちが余計なこと言うからでしょ!大体人の屋敷に何しに来たの!時と場合によってはそっちを拘束するから!」
だからホントは警備員呼びたいけど、呼び鈴、爺さんの後ろなんだよな。なかなか戦闘、いや奇襲慣れしてらっしゃる。
というかどうやって入ってきたんだよ。
いや、今の問題は人質を取られていること。
戦力はシズイ先生が居れば問題ないと思う。
でも、そのシズイ先生が取り乱してる。
いや、失った妹の忘れ形見とか取り乱さない方がおかしいけど。
どうすればいい。
私に出来ることはーーーーー。




