第五話 冷え切った婚約
貴族の責務。
それは公爵家であるクロヴィース家では逃れられないもの。だけど、同世代の子たちの婚約関係ってこんなに冷え切ってるものかな?
私の目の前で紅茶を飲んでいる無言の子どもはクレナイ・プワーブル。
来館より十分。ひと言も話してない。
私、まじでこいつと結婚するんだろうか。
「さすがはグレイスの選んだ茶だな。間違いがない」
「…それ、私が取り寄せたやつですけど、」
「………」
「………」
「茶選びとは呑気なもんだな。グレイスは忙しくやってるだろうに」
さっきまで無言で、口を開けば兄様のことばかり。…私だって何もしてない訳じゃ無い。
「…申し訳ありません」
「その頭をすぐ下げてしまう浅慮さ、グレイスとは大違いだな」
「…」
ほんとに婚約者の会話か、これが。
兄様はどうして私とこいつを婚約者にしたんだ。
上手くやっていく自信がないんだが。
「それでお前、」
「…お前じゃ無いです」
「ちっ!リーフィリア、社交界デビューの話は聞いてるか」
「いえ、」
「俺んちで俺と一緒にデビューすることになってる。粗相のないようにしてくれ」
聞いてないんだが。
そういや、兄様のデビューは。
「グレイスも一緒だ。
お前の不出来はグレイスの評価に繋がる。
慎めよ」
またお前って。
もういいけど。
「…兄様のことばかりですね。
まるで心酔してるみたいです」
「ーーーああ、惚れ込んでいる。
グレイス以上の逸材はいない」
そういう時だけは真っ直ぐ目を合わせてくるんだ。
兄様を想う時だけは。
「逸材というなら、貴方の助けなしでも上手くやれそうですが」
「やるだろうがそれで解決するほど社交界は甘くない。ましてグレイスの父が狂っていて子どもに関心がないことなど有名な話だ。書類上の後見人はいても、実質の後見人はあいつには居ないんだ」
それは私も同じ。でも、私と兄さまは違う。
兄様は恐らく自分の力でプワーブル家との繋がりを手に入れた。おそらく教団との繋がりも。
父様が手を貸すわけがない。
だけど、私は何もない。
私も頑張らなかったわけじゃないけど、兄様には及ばない。兄様が100歩先を歩んでいるなら私は1歩目すら辿り着いていない。
「だから、なるべくお前にはグレイスの邪魔にならないでほしい。お前はグレイスの弱点でしかない」
「私は不要ですか」
「有害と言ってないだけ穏便だろう」
グレイスの活躍を知るクレナイには、私は対等に話す価値も無いのだろう。
私はひどく無力で、貴族としては生きるには才がない。
「おい、何処行く」
「茶会は終わりです。心配なさらなくてパーティーでは貴方にべったりくっついてニコニコしてますよ」
リーフィリアは利用された哀れな子ではなく、利用されるしか価値のなかった子。
この過酷な環境でのし上がれない子。
涙が零れそうになる。今、嫌いなクレナイと顔を合わせてこんな顔を見られるのはいやだ。
「おい、待て!」
肩を掴まれる。クレナイがハッとする気配がした。
「おま、ーーー」
見られた。グジャグジャに歪んだ顔を。
もう……………、
「ーーーーーーーーリーフィリア!」
誰かが私の顔を覆ってくれる。
ううん、誰かじゃない。
私のよく知ってる声。
「グレイス…」
「クレナイ、妹は気分が優れないみたいだ。
済まないが今日の所は帰ってくれ」
「っ!!
あ、ああ。分かった」
クレナイの声に今日初めて狼狽えが混じる。
私の言葉では眉をつり上げることしかしなかったのに。
クレナイは去り際にすれ違う時、こちらを振り向くいたーーーー、ような、そんな気配がした。




