便利とはこういうことですよ、人間ども(言ってない)
「台所は、希望通りに仕上げたつもりだ。一度確認してくれ」
そう、台所は私以外はあまり使わないということから、私の希望がそのまま通った。
3人で台所の隅々まで確認する。
壁側のキッチンには目の高さに小窓があり、生垣の美しい花が目に飛び込む。
身長の低いハルちゃんは、その景色を見ようと横でピョンピョン飛び跳ねている。
「ハルさんが台所を使うと、色々不便であろうと思ったのでこっちにきてくれ」
見かねたジャンヌさんが、台所の床を指差す。
指差した場所にはただの平凡そうなマーブル柄の絨毯しかないが、ハルちゃんはトテトテとその上に立つ。
「丸模様の上に立って、足を2回鳴らす」
2回鳴らしたハルちゃんの足元の絨毯の丸模様が淡く光り、足首の周りを薄い光がふわりと包み込む。
「わ、わぁ」
何が起きたかは分からないが、綺麗な光景に声を上げるハルちゃん。
「ハルさんには台所の床が競り上がったように見えると思う。それで踏み出してほしい」
ソローっと段差を上るかのように足を出すハルちゃん。
私には何も見えないし、触れてもいない。それでもハルちゃんは、そこに透明な床でもあるかのように空間を踏みしめていた。
自信を持ったハルちゃんが両足で立つと、目線が私とそう変わらない高さになった。
「どういう仕組み?」
舞衣がハルちゃんの足の下の空間に手を突っ込むが、何も無いのか空を切る。
「この仕組みを理解してもらうには最低でも1ヶ月掛かるので、今はそういうものだと割り切ってくれ」
「わぁ〜、お花綺麗!」
飲み込みが早いのか、それとも単なる天然なのか、小窓から見える光景に心奪われているハルちゃん。
仕組みは非常に気になるが、時間がかかるならしょうがない。
私たちがまだ透明な床を不思議そうに眺めていると、
「あ、そうだ。みなさん、これを」
何か思い出したのか、ジャンヌさんが腰のポシェットから3つのブレスレットを取り出す。
ピンクダイヤモンドのような絢爛な輝きを持つ、澄んだ薄桃色の石で飾られた美しいブレスレットだ。
「プレゼントですか?」
嬉しそうに受け取るハルちゃん。
「いえ。これは家の鍵であり、この家の設備へアクセスするための認証具『クラヴィス』です」
「へ?」
さっきの不思議な現象に加え、さらに投下された新情報にパンク寸前の私の口から変な音が漏れた。
「そちらの世界には冷蔵庫なる物があるとユイさんから聞いた。ここではそれに近い役割を持つ収納庫が各家にある。もっとも、それを開けるにはこの認証具が必要だ」
ジャンヌさんに勧められて手首にブレスレットを嵌める。
「一番大きい石の上を弾くように指を動かす」
言われたとおり、中央の石を軽く弾く。
キィン――と澄んだ音が耳元で鳴り、次の瞬間、手首の上にゲーム画面のような半透明のホログラムがふわりと浮かび上がった。
「たとえば、買い物をしているとする。新鮮さも大事だし、荷物を持ち運ぶのは大変だ」
ジャンヌさんが例題を出す。
「お店で支払いをし終わった後、まず共同用の食料品なら、『共同収納庫』を選ぶ」
私も言われるまま『共同収納庫』を選択すると、MMOなどで見るグリッド状の画面に切り替わる。
ジャンヌさんはポシェットから青リンゴを取り出すと、手首に浮かぶホログラムへそっと近づけた。
すると、スッ――と青リンゴが光の中へ沈み込むように消え、グリッドの一マスに青リンゴの絵が表示され、「×1」の文字が現れる。
「取り出す時は『取り出す』欄へ移して個数を決める。そのまま画像を摘んで、出したい場所で放せば実体化する」
ジャンヌさんが取り出す欄に親指と人差し指で摘むように触れると、淡い青色の光が指の間に現れる。
台所の作業台の上で指を離す。
青い光がふわりと膨らみ、次の瞬間、そこには先ほど収納した青リンゴが何事もなかったかのように置かれていた。
「収納庫が中身を自動で判別して、冷蔵・冷凍・保温を行う。だから買った物を傷める心配はない。好きな時間、好きな場所で出し入れできる便利な設備だ」
「えっ、熱々のお肉とキンキンに冷えた飲み物を同時に入れても?」
ハルちゃんが目を爛々と輝かせる。
「お肉は保温、飲み物は冷蔵してくれる」
「ゲームでいうアイテムボックスじゃん」
ハルちゃんと舞衣が物を出し入れして感心していたが、私は密かに冷や汗をかいていた。
これが地球にあったら、物流業界どころの話じゃない。治安も経済も、社会の常識そのものがひっくり返る。
「後で、買い物をしに行くが、その時に実践して貰う。その方が覚えやすい」
ジャンヌさんがみんなをコンロの前に集める。
「このコンロなのだが、燃料として火の魔石が必要だ」
コンロの横のスペースを指で軽くトントンと叩くと、パネルが横にズレ、中から握り拳大のルビーのような宝石が静かに迫り上がる。
日本なら、この大きさと色艶のルビーは一生縁のない値札が付いていてもおかしくない。
よくその魔石を観察すると、薄い金色の紋様が彫り込まれており、それだけでも美術的価値がありそうだ。
「この魔石は標準型の刻印が施されているもので、ヴィト公社が提供する安価で信頼性の高い製品だ」
ヴィト公社はこの都市が運営する魔道具メーカーで、標準型刻印の開発・普及と価格設定を行う“中核企業”らしい。
「民間メーカー製はもっと高性能だ。火力調整の幅も広いし、寿命も長い。ただ、値段が張る」
ジャンヌさんがパネルを再度叩くと、魔石は静かに元の位置に戻る。
「公社製魔石は月に一度、民間社製は3ヶ月に一度の交換が義務付けられている。この交換も一個ずつやるのは面倒なので、クラヴィスで一括で取り外しと取り付けが出来る」
確かにクラヴィスのホログラムには『魔石』の項目がある。
「取り付けと取り外しのやり方は『共同収納庫』と全く同じだから簡単に使える」
ジャンヌさんがヒョイヒョイと魔石を出し入れする。
私はキャッキャと魔石を出し入れして遊ぶ二人を眺めながら、大きく息を吸った。
――まだ台所以外も案内されるんだよね。
この家の見学が終わる頃には、私の常識なんて跡形もなくなっている気がした。




