暑いのち寒い
目の前に広がる光景はまさに息を呑むような美しさだった。
自衛隊に連れられ、ダンジョンに入る直前に私たちは冬着を着用するよう命じられた。
私を含め、みんな混乱していたが、エレベーターの透明なガラスの向こう側に広がる光景がその答えとなった。
外の熊本はジメジメとした息苦しさを感じさせるような暑さだったが、目の前に広がっていたのは雪国のような白銀の世界。
佐伯准教授を含め、エレベーターに乗っていた大学の派遣団全員が、外の光景に目が釘付けになっていた。
阿蘇を除き、南国の九州で雪なんてほぼ降らない。ましてや、北国の豪雪地帯で見られるような白銀の世界なんて、平野部ではほとんど見られない。
ただ、その外界が夏なのにもかかわらず、ここが冬なこともあり、遠くにうっすらと見える街が目を引いた。
なんだ、あの巨大な樹は?
最初は山だと思ったが、よく見ると幹と枝がある。
スカイツリーどころではない。遠くから見ても、あの存在感と大きさ。
どうやって存在しているのだろう?
「メルヘンチックですね」
誰かが声を漏らす。
雪のせいではっきりとは見えないが、遠くに見える街明かりが和風の感じではなく、どこか欧風のもので、周りを囲っている中世の城壁のようなものも見える。
“チン”
外を眺めているのに夢中で誰もが気づかなかったが、独特の電子音と冬独特の寒さが吹き込んで初めて地上に着いたことに気づいた。
外に踏み出すとブーツが白い雪にズズッと入っていく。
私を含め、みんなが慣れない雪の感覚に四苦八苦しながら少し離れた位置にいる自衛隊の人たちのもとに足を進めた。
「前回もこんなに雪が降っていたんですか?」
佐伯准教授が竹本隊長に訊ねると、彼は頭を横に振った。
「前回は晴れていました。こんなに雪が降るとは」
確かに、周りの自衛隊員も完全な雪国仕様ではなかった。
唯一、この雪を楽しんでいたのはそこら辺を駆け回っていたハスキーだった。
「シロも楽しそうですね」
同僚兼飼い主の須加がほっこりとした様子でその姿を見守っていた。
雪上で走り回っていたシロが突然立ち止まると、何やら足元を見つめていた。
何度か首を傾げると、突然パクリと、何か丸いものを口に咥えた。
ボールかなと思っていたら、それを持って近づくシロに気づいた竹本隊長は一瞬、顔をこわばらせたが、何を思ったのか、全員を呼んだ。
「皆さん、少し見てください」
シロがみんなに見守られるなか、咥えた丸い物体を須加さんの足元に置いた。
須加さんが頭を撫でると目をうっとりと閉じ、ヘッヘッと嬉しそうにしながら尻尾をブンブンと揺らしている。
「これは、この平原に居るモンスターの一種です。皆さんにわかりやすく言うとスライムです」
竹本隊長がツンツンと足で突っつく。
「冬になると動きが鈍くなってこのようにほぼ動かないですが、れっきとしたモンスターです」
ゲームとかで観るような青く、まん丸なお目々があるわけでもない。
ツルッとした少し大きい水饅頭のようだ。
「今回、長期滞在するので皆さんにはこのDカードを取っていただきます」
竹本隊長の手にはスマートフォンのようなものが握られていた。
「このDカードはスライム等のモンスターを倒すことで一度だけ手に入る事ができます。ここでの生活において必需品ですので、絶対になくさないようにしてください」
竹本隊長が須加さんにナイフを渡した。
「皆さん、よく見ててください。今日、人数の関係から全員にDカードを取ってもらうのは難しいのですが、このスライムは非常に倒しやすいので明日、明後日にかけてこれを見本に倒してDカードを取得してください」
私は、須加さんの背後で竹本さんの説明を聞いた。
竹本隊長曰く、スライムにはビー玉のような核が真ん中にある。確かに目の前のスライムの中に丸いものが見える。
それ目掛けて須加さんがナイフを入れると、ポンっという小さな音とともに雪玉が消えた。
雪玉がいた地面の上に、黒いスマホのような物体が落ちていた。
「これが須加さんのDカードです」
須加さんが手にしたDカードは本当にスマホみたいに使えていた。
「倒したらスマホが出るんですか?」
「そうです」
「意味が分からないな……」
それを見ていた周囲の人たちが口々に疑問を口にした。
「隊長、来ました」
周りを見張っていた隊員が竹本隊長に声を掛けた。
みんなが顔を上げると、そこには明らかに違う衣装の2人の人影があった。
「お、お出ましか」
竹本隊長が笑顔でその二人に話しかけに行った。




