とある教授の奮起
所変わって、熊本市内のとあるホテルの一室で佐々木は手渡されたタブレットに食い付いていた。
そこには、ダンジョンから帰還した自衛隊の部隊が持って帰ってきた書物がスキャンされたものが写っていた。
黄金色に輝く未知の文字が画面いっぱいに広がっていた。
その形状は、まるで金属を溶かして流し固めたような艶めきがあり、筆致は生き物のようにうねり、絡み合っている。
なんて書いてあるか全く検討がつかないが、一介の言語学者として、一刻も早く読み解きたい、この言語を調べ尽くしたい、愛したい。
久しく眠っていた言語学者としての矜持が湧いてきた。
帰ってきた隊員たちと是非とも会ってみたいが、現在隔離されていて無理らしい。
オンラインでもしたいと自衛隊に要請してみたが、まだ返事はない。
今わかる情報は、この熊本のダンジョンにはダンジョン都市カルタリアがあって、そこには数多くの住民が住んでいるらしい。
魔法やら未確認の技術も持っているらしいが、そんなのはどうでもいい。
この都市ではアズラン語という言語と、古代アズラン語という2つの言語があるらしい。
名前からして、古代アズラン語がアズラン語の前にあった言語体系だが、今でも使われているらしい。
なんとも、古代アズラン語は使用すると文字にしろ、言葉にしろ、魔素が集まってしまう性質があるらしく、祭典や儀式、重要文書などでしか使われないらしい。
アズラン語は古代アズラン語が崩れて、魔素が集まらなくなったが、音声から聞く感じ、母音と子音の調和が重要で、言葉が流れるような音韻体系を持っている感じだ。
まず言語学者から見て、これらの資料は宝の山だ。
古代アズラン語とアズラン語の使われ方、これは社会言語学ではダイグロシア(二言語使い分け)と呼ばれていて、ギリシア語やアレブ語で見られるもの。
アズラン文字を見たことはないが、古代アズラン語は筆記体のように単語が一筆書きで構成され、曲線と紋様が重なる複雑ながらも流麗な文字だ。
線の太さや曲率に意味がある可能性すらある。
まるで文字そのものが呪文陣だ。
そして、書き方が日本と同じで右から左に書かれている右横書き言語というのも大きい。
気になる文法や文字体系は解読しながら見つけないといけないが、それこそ言語学者の本領だ。
佐々木はホテルのフロントで提供されていたコーヒーに口をつけながらホッと一息ついた。
最初、宇崎総長に押し付けられた時はイラッとしたが、今では感謝しかない。
天井をボーッと眺めていると、ふと天啓が降ってきた。
そうだ!次に自衛隊の人たちが熊本のダンジョンに潜る際、向こうの言語の辞典をもらってきてもらおう!
そうすれば、言語はわからないが、単語や文法その他諸々がいっぺんに学べるのではないか。
思い立ったが吉日とばかりに、すぐさま自衛隊にメールで依頼を送った。
可能かどうかわからないが、是非とも試してもらいたい。
その間、可能な限り解読を試していく。
どのくらい、時間が掛かるかわからないが、久しぶりに燃える仕事が出来る!
持ってきたノートを開きながら佐々木は一心不乱にペンを走らせ始めた。
この瞬間の興奮が、後に歴史に残る古代アズラン語辞典とアズラン語辞典の最初の一頁になるとは、この時の彼はまだ知らない。




