第21話
空は漆黒に包まれ、浮かぶ月は滅びた都市部を弱々しく照らす。
風化して倒壊したビルは砂漠に犯され、凛々しい姿は沈んだ砂の中である。
人々が行き交い、光と欲望が渦巻く情景は地脈の記憶の奥にあるが、誰も掘り起こすことなどしない。
全てが砂に呑まれた街は、一瞬にして人の足が遠のき、いつしか風化した建物は遺跡に成り果てた。
政府から身を隠したい者にとっては、極めて適した環境と言えるだろう。ゾンビは至る所で徘徊しているものの、砂埃にまみれた世界ならば、あらゆる監視の目を退けることができるからだ。
「ほんと、十家って……」
「可可っ、そういうもんじゃよ!良い経験を得られたのぅ」
真於たちは燃え盛る研究室を脱した後、虎崎と合流し、状況を説明し、今後の展開を耳にした。
IPDとしては創世會と協力してテロリストの特定、及び指名手配犯の確保を急ぐという結論を出している。
つまり、“真犯人は見なかったことにする“という見解である。
なにせ、犯人は政府の中心人物ともいえる存在なのだから。
「なぁ、十家ってなんなんだ? そんな横暴が通るほど凄まじいのか?」
「少なくとも俺が知ってる限りならね」
「なら今一度、十家についてかるーくおさらいしておくかのぅ」
十家はIPD、創世會、北征軍の代表の家が集い、相互協力の名のもとに成り立つ、非常に拗れた戦力、及び権力の中心である。
武力、武力、武力の三権分立が今の滅びかけたニホンを支えている。
残念ながら、彼らの横暴を問い詰めたところで誰も得をしないのだ。
ゾンビや怪物の大軍がいつ襲って来るか分からない世界であるからこそ、有り得ない拮抗図のまま国が維持できている。
「え、知らなかった。俺たち創世會の代表も十家に入ってるのかよ……!?」
「意味わからんじゃろう? 反社やら赤旗革命家が政府と合同で国を支えているとはのぅ」
「国土を奪還する共通目的があるからしばらく問題ないよ」
砂を踏みしめながら真於は呆れたように言い捨てる。
十家の中にも格差が生まれるため、彼女は日々蹴落とし合いが続いているのを知っている。
純血主義なのも相まって、「なんでそうなったんだか」と肩を竦めていた。
「この世界がずっと壊れてるのも全部ゾンビのせいなのか? なら全部のゾンビを殺せばみんなで協力し合える世界が――」
「と、思うじゃろ。それは無理じゃ。歴史が証明しておる」
「なんでだよ」
「ぬ?」
久弥は立ち止まり、声を張り上げて反論する。
彼は根源的に平和主義であり、真於の一万年前までの記憶を呼び覚ますほど本気で言葉を紡ぐ。
崩壊したこの世界では淘汰され続けてきた、あまりにも現実味のない主張である。
「協力すればっ!みんなが一緒に頑張ればっ!きっと世界は良くなるんだろ!?」
「おいおい、お主それ本気で言っておるのか?」
「……」
目的地まで一度も振り向かず、興味が無さそうだった真於は冷たい目のまま振り返った。
崩壊しかけたこの世界では”協力“という言葉は一時的な約束程度の意味合いでしかないことを彼女はよく知っている。
絶対に、恒久的な意味で使うものではない。
「そんな甘い考えでこの世界は生き残れない」
「……っ」
かつて、世界再興に人生の全てを捧げた者がいた。
だが結局は人間。世界の破滅を加速させるだけだった。
真於は果てしなく永い時を経て、人間がどのような選択を行うかずっと見てきた。
信じては裏切られる、信じては裏切られる、裏切られる。裏切られる。
一万年経って、ようやく気づいたのだ。
「人間はいつだって世界に対して無関心だ。綺麗事を吐くなよ」
「なっ……」
――真於自身も人間であったからこそ、”主に自分への蔑み“を込めて吐き捨てる。
彼女が一万年前から生きていることなど、久弥は全く知るよしもない。
ただ、放つ言葉には理解できないほどの重みがあった。
「なら、ならお前はなんなんだ!?ニホンに伝わる黒薔薇なんだろ!? ずっと世界を守ってきたんだろ!?」
「答えない。どうせ言ったところで分からないから」
「え、あ……おいっ、なんだよそれ!?」
「可可。めんどくせぇ女じゃのぅ。中身は男の癖にな」
真於は踵を返し、久弥の言葉には反応せず目的地へ歩み始めた。
百々刀は頭を抱え、呆れたような声を出す。
何千年と長い付き合いがあったからこそ、真於のことが分かる。
言動こそ突き放すようなものだが、彼女の最後の言葉こそ、未だ人間を信じている証拠であった。
その証拠に彼女は――
「――口元緩んどるぞ?」
その瞬間、百々刀がいた空間がまるまる消し飛んだ。
これまでに感じたことも無い衝撃が巻き起こり、久弥は抵抗する間もなく勢いよく吹き飛ばされてしまう。
数十メートル打ち上げられたところで、空中を駆ける刀にすくい上げるように吊り下げられ、命からがら生き残ることが出来た。
「げふっ、げふっ……おぇぇ……」
文句を言える余裕は全くなかった。先程食べた晩御飯を吐き出しつつ、足元の様子を見ると――
「なんだぁ、こ、れおぇぇぇ」
月を隠すほど、巨大な砂柱舞い上がっている。
吹き上げられた砂の雨の量は尋常ではないため、真於の影を見ることすら敵わない。
「可可! 割と本気で殴ってきたのぅ! 照れ隠しとはいえここまでやるか!」
「げほっ、げほっ」
久弥は砂埃に目と鼻を犯され、声の主を見ることが出来ない。
百々刀は空中に逃げることで真於の爆撃とも言えるげんこつを回避していた。
空中に浮かぶ数本の抜き身の刀に腰かけており、余裕のある笑い声を耳にする。
「あーあ。目的地はもう沈んだかのぅ」
「し、じずんだって、どういう……」
「真於がさっきのゲンコツ1発で地下にある創世會支部を壊した、と言えば伝わったかの?」
「……けほ」
久弥は思わず変な咳が出てしまった。
彼の視界は未だ使い物にならないものの、ミサイルが降ってきたかのような衝撃を間近で受けたため、思わず納得してしまう。
「んぅ?」
「ど、どうじだ?」
ようやく薄目を開くことが出来るまで状況は落ち着いたものの、百々刀の怪しげな声に聞き返してしまう。
真於が引き起こした砂埃はもはや砂嵐のような状態であり、上手く状況を確認することが出来ない。
百々刀が目を凝らすと、真於は自らが作ったクレーターの中におり、降り注ぐ砂に飲み込まれつつある状態であることを確認できた。
何故か未だ俯いたまま動いていない。
「はぁ……百々刀のせいだからね」
彼女は一足飛びで沈みゆく蟻地獄から抜け出し、空中より降りてきた百々刀たちに近寄って呆れたように呟く。
「今ので超大群が来る。それもそこそこなやつ」
「あちゃー。儂らが感知できんほどそんな深ーい地下にいたのかのぅ……」
「すすす、超大群!?」
ゾンビには集団行動する数によって、呼び方を変えることもある。
久弥が追われていた300匹程度を例に上げるとすると、その纏まりのゾンビの総称として、超大群と呼ぶことがある。
ただ、今回の超大群は真於や百々刀の尺度で”そこそこ“と言うレベルである。
恐る恐る久弥は口を開き、震える声で言葉を放つ。
「よ、予想でいいんだけどさ、だいたい……何匹ぐらい?」
「そーじゃのぅ、この規模は久々なくらいじゃしパッと見た2000くらいかのぅ?」
「まだ這い上がってきてる。もっと増えるね」
「2000でも町が滅びるんだけどぉぉ!?」
絶望的な声を張り上げ、久弥は背の低い百々刀の後ろに隠れる。
そのような姿を見て、彼女は軽快な笑い声をあげる。
「真於や、ちょうどいい機会じゃ。1匹ずつ首を撥ねる縛りで競争せんか?」
「……負けたら?」
「予定が終わるまでこやつのお守り!」
「乗った」
百々刀はポンポンと久弥の頭を撫で、背中を叩いて前へ押し出す。
不意に押し出されたため、バランスを崩して百々刀を仰ぎ見たが、彼女のニマニマした笑みを見て嫌な予感が脳裏を過ぎる。
「そ、そんな遊び感覚で超大群を倒せるものなのか!?下手すればその規模だと国が動かなきゃならないレベル――」
「おい、お主。何解説役に回ろうとしてるのじゃ」
「え?」
「走って。集めて。役目でしょ」
「……え?」
押し付けられたのは、あまりにも酷な役目であった。
地面から続々と蘇るReVoに犯された死者たちは、留まることなく地上に溢れ出し、数が増え続けている。
久弥に与えられた役目とは、全てのゾンビが砂の底から地上へ生え揃うまで逃げ続けろ、とのこと。
「2000匹以上のゾンビから逃げ続けろと!?」
「ある程度までは援護してやるのじゃ。安心して行くのじゃ」
「捕まったら即ReVoの苗床だね。人間のいい所を少しは見せてよ」
余りにも無理難題を押付けられ、絶望によって彼は腰が抜けてしまう。
その間にも地上に生えだしたゾンビはヨタヨタと近寄ってくる。
「ほれ、走れ」
「走らないと死ぬよ」
そう言い放つと真於と百々刀は一足飛びで、近場の倒壊したビルへ飛んでいき、観戦の構えを示す。
「あいつら……創世會よりひでぇだろぉぉぉぉ」
震える体に鞭を打ち、口の中の砂を吐き出しつつ囲まれる前に必死に駆け出す。
真於たちと出会った頃よりも生存条件はきわめて厳しいが、彼は逃げざるを得なくなってしまった。
「うおおおおおお――」
「……やっぱりあの人間、持ってるね」
「超大群を引き寄せるのはめちゃくちゃ珍しいがのぅ。だがそれよりも気になるのは――」
「ReVoの耐性がないこと」
「うむ。ただの人間があのような超大群を引き寄せることは無いのじゃよ」
「そうだね」
真於の視線は砂丘を全力で駆け回る久弥に向けられている。
その顔を見て百々刀は今一度笑顔で呟くのだった。
「――口元緩んどるぞ」
「緩んでない」
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