第22話
この世界におけるゾンビとは、致死量のReVoウイルスを保有しながら死した者を指す。
ウイルスが死体を動かしているといった状態であり、過去の記憶の元に行動をするという見解が一般的である。
今でこそ人間でいられる時間を数時間だけ伸ばすことが出来るが、ゾンビ化の症状が進行してしまった場合、治療法は皆無である。
ゾンビに噛まれる等、耐性のない者がウイルスに感染した場合は僅か数分で死亡する。
体内のReVoウイルスは、人間のありとあらゆるリソースを自らの増殖活動に費やすため、あっという間に脳機能や心肺機能が停止し、ウイルスに体を乗っ取られてしまう。
また、ReVoの耐性がある者の場合でも、本人の許容できるウイルス量を超えれば、基本的に同様の運命を辿ることだろう。
世界のありとあらゆる存在にウイルスは感染するため、パンデミック発生から一年も経たずに世界の人口は最盛期の三割まで減少した。
絶滅を目の前にしたその時、人間はついに進化を遂げた。
それこそが、潜在能力の顕現である。
9500年も昔、突如潜在能力を持つ者が現れ、齢15にして数万を超えるゾンビたちを一掃した。
彼の者は救世主と崇められた。
彼が勝鬨をあげ、100を超える子を成したことで、人類の地球奪還への反撃が始まったのだ。
潜在能力を持つ者は、ReVoに感染したまま人間としてその生涯を終えられる可能性が非常に高い。
そして虚空に炎を具現化させるといった超常現象をいとも容易く起こすため、人間の究極の進化と表現される。
潜在能力は神に等しい力とも言われている。
しかし、万能では無かった。
異能を使いすぎた結果、大いなる力を保有するゾンビへと成り果てた者も頻出した。
何故なら超常現象はウイルスによって引き起こされるからだ。
潜在能力の使用とは、体内のReVoウイルスの活性化に他ならない。
耐性がある者の体内で留まらなかったウイルスは一気に膨れ上がり、超広範囲で感染者を増やし、数多の人間を殺す。
潜在能力とは人類に残された諸刃の剣である。
「俺たちを除けば、ね」
真於は極限に効率化された動きでゾンビを切り伏せる。
一つ瞬きする内に数十匹の死者たちの首が飛び、その倍の数の足が砂に沈んでいく。
ただ首を斬るだけでなく、脚1本ごとに一太刀ずつ攻撃を加えているため、真於のゾンビを殺すことへの徹底ぶりは異常なほどであった。
「ここのゾンビたちは硬いのぅ、岩でも切ってるかのようじゃ」
百々刀は飄々とした口調で言い放ち、首のないゾンビを蹴りあげる。
言葉とは裏腹に全く硬いと思った様子もなく、両手の二刀を可憐に振り払い、四方のゾンビの首を斬り飛ばす。
派手な格好に似合い、舞を踏んでいるかのような流麗な動きであった。
数千匹のゾンビの壁に埋もれていても、2人は困った様子を見せず、中心にいる久弥は空いた口が塞がらない。
「砂漠のゾンビって、めっちゃ、硬いんだけど……」
息も耐え耐えな様子で久弥は切り伏せられたゾンビの亡骸を見る。
世界の一般的な認識として、ゾンビを仕留める手法として電撃が用いられる。
それは何故か。
――人間一人の力では到底殺しきれないためである。
ゾンビとなった死体は最低限の基本的なスペックとして、人間の3倍以上の膂力と防御力がある。ReVoに感染し、体の作りや筋力が別生物へと作り替えられているからである。
一般人が頭を全力で踏みつけたとしても、鼻柱を折ることが限界なのだ。
また、ゾンビたち外見や特性、及び知性は環境によって変化する。つまり、場所によっては別生物とも言えるほど大きな性能の差があることも多い。
砂漠にいるゾンビたちの例を挙げよう。
彼ら腰から上の肉体は爛れ、痩せこけて骨が丸出しになっている者が多い。髪の毛は無く、目も潰れているが、耳と下半身は異様に巨大化している。
砂漠という身動きが取りにくい環境で、最も効率よく餌にありつけるよう体の進化が進んだ結果である。
中でも特筆すべきは、砂上での高速移動と、体表の硬さである。
砂漠で乾燥しきった彼らの肉体を補うかのようにReVoウイルスは彼らに防御力と移動力を与えた。
彼らは砂に潜り、砂中を泳いで強襲を仕掛けることもできるのだ。
一般人であればたった1匹だけでも砂上で遭遇してしまえば命は無い。攻撃が通らないのだから戦うことなど以ての外である。
「もし幾万と襲い来ようとも、儂らの敵では無いのう」
上下左右全ての方向からの強襲に対し、凄まじい速度で刀が舞い踊る。
百々刀に触れる前にゾンビたちは文字通り粉微塵になっていた。
「あぁ、これは――」
間違いなく彼女たちは人間の枠組みには当てはまらない。
一言でいえば、異常。
あまりにも現実離れした光景を前に、彼は考えた事を言葉にできない。
ふと首を反対方向へ向けると――首と足のない死体の山が出来上がっていた。真於がやったのだ。
ゾンビ1匹を殺すのにかかる時間は早すぎて測定出来ず、振るう刀は人の目には捉えきれない。
真於が通り抜けた跡に、数十のゾンビが足元から崩れ落ち、彼らは二度目の死を迎えたことさえ気づかない。
真於は軍勢を仕留め斬るまで数分、と話していた。
まだ1分も経たない刹那とも呼べる時間であるが、最後の1匹の首を彼女が切り飛ばし――落ちてきた頭を掴んでは放り投げ、ぼそりと呟く。
「群れの長。来るよ」
「最後の1匹じゃぁ!」
百々刀が楽しそうに声を張り上げたその瞬間、砂上が大きく揺れ、正面から大入道が現れたかのような砂の隆起が現れる。
「ォォォ……」
腹部まで響くような低く、大きな唸り声だった。
薄っすらと現れた容貌はまさに岩の巨人。
「な、な……」
砂だらけの男の顔が絶望へと変わる。
国が総出を上げて対応しなければ行けない類の化け物であった。
数十メートルはありそうな巨人、その体の一部が砂の底より這い出て来たのだ。
「周囲の建物を纏ってる。比較的古いゾンビだね」
「洒落っ気のあるの。なんも可愛くないがな」
『ォォォ……!!』
真於たちに恐れを抱いたような震えた低い声が響き、周囲が揺れ始める。
同時に久弥の足元から砂が凄まじい勢いで隆起し始めたのである。
「うわああああああ!?」
「――しゃあないのぅ!」
砂の隆起が二メートルまで達しそうなその瞬間、空中より百々刀が飛び降りて、勢いのままに、両手の得物を隆起する砂山に突き刺す。
隆起は一気に瓦解し、凄まじい衝撃によって周りの砂が吹き荒れる。
彼女が刃を突き刺し、目にも留まらぬ速さで螺旋状に切りつけたのは、岩の巨人によって作り出された瓦礫を固めた腕だった。
残心を解き、落ちゆく久弥を受け止めた後、彼女はため息を吐く。
「うーん、また負けたかのぅ」
視線の先を追いかければ、既に真於は刀を振り抜いた後だった。
たった一刀にて、全周30メートル程ありそうな巨大な瓦礫の塊を真っ二つにしている。
中心でやせ細ったゾンビが居たが、首を的確に吹き飛ばしていた。
そして、その首は既に真於の手元にある。串刺し状態で。
「あ、良い子は真似しちゃダメじゃぞ」
「え、何――」
久弥の聞か返しを待つことはなく、彼女は生首に”噛み付いた“。
「えっ」
彼は思わず口を塞いだが、耳元を塞ぐべきじゃぞ、という声と共にその意味を理解する。
彼女はもりもりと生首を”喰っていた“。
……とはいえ、響かせる音はもりもり、なんて生易しい音では無い。
歯で骨を割る音、中身を啜る音、ぶちりと何かが弾け、噛みちぎる音。
それは、ゾンビに襲われた者が死する時に響かせる音と同様のものだった。
「う、え……」
目の前で知り合いがゾンビに食べられた記憶が蘇り、吐きそうになるが――真於の喰らいつく姿だけは美しく、どこか絵になるような、光景である。
「あーあ、だから耳を抑えろというたのに」
「ダメだやっぱ無理」
「……やっぱり古いゾンビだったんだ。殺せてよかった」
久弥が吐き終えた頃には真於は骨すら残さず頭部を全て胃の中に収めており、彼女の口元には血の一滴すら滲んでいない。
「終わりかのぅ……で、そもそもここに何しに来たんじゃっけか?」
「創世會の拠点を潰すため。時間あったし」
「あー、さっき真於がパンチ一発で破壊したあの拠点じゃったか。災難じゃな」
「依頼した俺が言うのもなんだけど……確かに災難か……」
「可可、契約を守らんとこうなるからの。目に焼き付けておくことじゃな」
彼女たちは踵を返し、足元にあるゾンビたちの死骸を踏み越えてトットリの市内に戻り始める。
ゾンビの死後の処理として燃やすことが求められているが、彼女たちは何もせず帰ろうとしていたため、慌てた様子で声をかける。
「ちょ、ちょっと待った! この死体の山はどうするんだ!?」
「どうにもこうにもないよ。全部喰うから」
「はぁ……? いやまぁそれはさておき、この量だぞ!? なら尚更急いで安全な場所に運ばないと」
「お主、散々刀で運ばれた事を思い出さんのか? 儂らの潜在能力は百刀じゃぞ?」
呆れた様子を見せる百々刀に対し、改めて久弥は自分の常識と現状の様子を結びつ――かない。どうやっても結びつかない。
数拍置いて考えた結果、真於たちにとっての常識と、久弥にとっての常識が大きく異なっていることにようやく辿り着くことができた。
先を行く真於たちの背中へ向け、久弥は砂を巻き上げながら急いで近づき、慌てた様子で言葉を繋げる。
「待て待て待てッ! 今まで色々有り得ない状態があり過ぎて麻痺してたけど! 今ようやく気づいたことがある!」
「ん? 何じゃ、儂らがウルトラ強いってことかの?」
「それはそうだけど! 潜在能力の話だよッ!」
「能力? 至って普通以下じゃろう。遠距離攻撃の手段が乏しいし、広域殲滅力も高くない。いやー、天下無双の超然の能力者様には儂ぁ到底及びませんのぅ」
「……あ」
ケッと吐き出すように言い放つと、彼女は早足で久弥から距離をとる。
明らかに不貞腐れた態度を見せる百々刀は能力に対して何らかのコンプレックスを抱いているかのように見えた。
「待って」
「なんじゃよ」
真於は百々刀の肩を掴んで足を止める。
何かに気がついたかのようか声で、拍子抜けた様子であった。
「百々刀、今までずっと刀に乗って空飛んでた?」
「なーにを今更。お主と出会ってこの方5000年間、むかーしから変わらず儂は飛びまわっとるぞ」
「……だから気づかなかった。現代の百刀の研鑽の発展にね」
「ん? この程度は普通じゃろ。現状は儂とお主しか使えないだけでな。そのうちセンスがあるやつが自分で編み出すじゃろーってお主が言うたのじゃぞ」
「ねぇ、今の時代の百刀ってどんな能力なの?」
「え、あ、ああ……」
久弥に対し質問を振ったが、年代の規模の大きさを目の前に彼は再び思考が停止した。
首を振って意識を取り戻し、今まで自分が常識と思っていたことをありのままに話し始める。
「ごほん、百刀の能力は近接戦闘に特化した能力だ。多分だけど、刀……と言うよりは能力者が殺傷力があると想像したものが100本まで生成できる能力、だぞ? そもそも、100本なんて作り出せるやつなんて未だにいない――」
「なんじゃ、もっとあるじゃろがい。100本なんてそんなチンケな数、センスが超絶望的で努力しか取り柄のない真於でもだいたい1200年で達成出来とるぞ」
「また殴られたい?」
「当たるもんならのぅ」
真於の威圧を受け流し、小言を交わす二人を見て、久弥は再び世界が遠のく感覚を味わう。
頬を叩いてペースに飲まれないよう、言葉を強くして話を続ける。
「100本生成するやつなんてこの世に居ないんだよ。そもそも、百刀の能力で生成したもの空中には浮かせられないんだぞ? 多分、俺たちの常識を分かってないだろうけど」
「……ん? 常識じゃないのかの? 虎崎はほぼ無反応じゃったし」
「あんたらとそいつの関係性は置いといて、常識は違うんだ。少なくとも、現代の能力への理解としては、百刀の三本目以降はただのストックとして扱われる。戦闘中に破損したときに生成を行い、戦闘が継続できる手段だ」
百々刀は不機嫌そうな顔から一転、口元を弛めながら興味を持ったように久弥へ顔を向け、首を縦に振る。
対して真於は固まったままである。
彼女自身も常識を知らずに力を振るった例の思い当たる節がいくつもあったからだった。
特刃を使ってくる相手は過去に何名かいたが、それも1万年という果てしなく長いスパンの中でである。
「それを空中に生成して、足場にしたり移動手段として使うのは常識外だ。そういうモノの操作の専門は超然の管轄――」
「なるほどのぅ、常識外とな! 聞いたか真於よ! 響きのいい言葉じゃのう! 常識、つまり自然とも言えよう! それを超えているってことは超然と同等、いや、上回った能力と言えよう!」
「始まった……」
百々刀の語りは止まる様子がない。真於はその語りが終わるまで口を開かないことを心に決めた。
久弥に関しては彼女の喋り倒す勢いに負け、話を聞く一方になってしまった。
「とりあえず戻ろう。虎崎にも報告しておこう。披露するべき演出を考えてみる」
「聞いておるのかのぅ!? 儂はそもそも超然などという能力は……!」
「は、はは」
真於としては喜ばしい情報だった。
派手に見せれば見せるほど、ニホンの唯一の存在として認められる可能性が高くなるからだ。
「いっそ、本当に六華の誰かでも来てくれれば盛り上がるのは間違いないんだけどね」
百々刀の語りを無視しながら呟く彼女の視線は細く、夜空へ向けて睨みつけていたかのようにも見えた。
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