第20話
真於たちが降りた先には、不正侵入者対策のため、何重にも渡る極厚の合金シャッターが行く手を阻んでいた。
しかし彼女らは障害をものとせず、一太刀によって切り捨て、時には蹴り飛ばしていく。
侵入を知らせるサイレンが鳴り響くが、構うことなく真っ直ぐ進んでおり、久弥は百々刀の背後にベッタリとくっついていた。
「随分厳重な防御システムじゃのぅ。なんとも面倒くさいことじゃて」
「な、なぁ……結構歩いたけど一体何を探してるんだ?」
「もう着くよ」
再び真於が光を振るい、シャッターを蹴り飛ばした先に見えたのは――悪の研究室と呼ぶに相応しい光景だった。
左右両方の壁沿いにゾンビと思われる無数の遺体が薬液に沈められており、足元にある仄かな光は怪しさを引き立たせている。
「あーあ、またこれじゃよ。人間共の考えることはいつもいつも同じじゃな」
「他にはない?」
「ほれ、お主も探せ」
彼女たちはここに来たのが目的と言わんばかりに動き出し、遠慮なく物色を始めた。
大きな机に置かれた無数のバインダーや、戸棚に仕舞いこまれたファイル等を乱雑に読み漁り、必要な情報はないと判断すれば放り投げられる。
「え、あの……何探してるんだ?」
「潜在能力って単語が5個以上あれば集めておいて。それ以外は床にでも放り投げといて」
「ええ……本当にいいのかよ……第一俺たち不法侵入とか器物破損とか……」
「入った時点でお主も同類じゃろがい。ほれほれ動け動け。街の危機を救うのはお主の捜索力じゃ」
「そ、そういうけどさ……」
近場にあったバインダーを手に取り、英文だらけの内容を流し読みする。
残念ながら創世會入会希望かつ知識のない久弥では英文を読むことが出来ず、potentialという単語を見つけることすら難しい。
「……うーん。これなんてどうだ?」
彼が直感で選び出した書類の内容とは、感染者たちの解剖人体図が無数に書かれており、それらから矢印と解説が伸びた比較的簡易なものだった。
真於は取り上げるように受け取ると、久弥にただ一言述べる。
「やるね」
「……え?」
褒められたと思った矢先、前方の研究室が突如爆発した。
ガラス片や近場にあったバインダー類は衝撃の波に乗って凶器となって襲いかかる。
「うわああああああああッ!?」
思わぬ衝撃により彼は吹き飛びかけるが、目を細めた真於が彼の腕を掴んで抑え、風圧が収まると同時に地面へ放る。
雑な扱いに文句を言おうとした久弥には目もくれず、彼女が向いていた先には――真っ白な髪の男がいた。
「やぁ。黒薔薇、だろう? 話は曾祖父から聞いていますよ。本当にお姿は変わってないのですね」
「一天上、この爆発騒ぎを起こしたのもお前か」
「左様です。遠路遥々汚染区画を超えてトウキョウからこっちに来たのですから。最低限創世會の拠点の一つや二つ壊さないとなりません」
「はー、相変わらずお主のところ家はとち狂っとるのぅ。同じ人間じゃろ」
「貴女に言わせれば狂っている、と。そうですか。失礼ながら……ここにいるのは殆どIPDに対しての反乱勢力です。言ってしまえば同じ人間ではないのですよ」
彼はあくまでも笑顔で言い放つと、腕を伸ばして火球を作り出し、なんの遠慮なく設備へ向けて解き放ち、研究室を爆破する。
食事処にて耳にした巨大な爆発音の正体は彼が引き起こした影響であると察するのに時間は掛からなかった。
「い、いい、一天上って、本物か!? 十家の中で最も位が高くて、ニホンの能力者の中で一番実力のある家系だよな!?」
「左様でございます。だからもし貴方が創世會の一員ならば――私は貴方を殺さなければいけない。国のために協力しない人間なぞ、ゾンビと何ら変わりない」
彼は火球を作りながら久弥へ腕を向けたが――足場の激しい揺れを感じ、直ぐに下ろした。
軽くため息を吐いた後、真於たちの間を抜けて崩落したエレベーターの元へと足を進める。
「聞きたいことは山ほどありますが……とにかく、また近いうちに会いましょう。今は持って帰らないといけない物があるので、ね」
真於へ向けわざとらしく見せつけたのは梱包された箱であった。彼女目が細くなったことを確認し、わざとらしく服の内側にしまい込む。
「……」
「では、ごきげんよう」
彼は余裕の笑みを見せつけると、足元からバーナーのように炎が吹き出し、ふわりと空中に浮かび上がる。この場から立ち去るつもりであった。
久弥が手を伸ばして止めようとしたが、するりと抜け出し、狭い空間を器用に飛び回って地上へと向かっていった。
「え、えー……っと? つまり? どういうことだ?」
「うぬ。まぁここにはもう用無しってことじゃな。恐らく我らが探してた物は全てあやつが燃やし尽くした後じゃろうな」
「なんで分かるんだ?」
「匂いで分かる。ついでに――」
真於が飛び去った方向へ向け軽く指を曲げると、一天上が逃げ出したエレベーターの入口から、飛来物が高速で返ってきた。
久弥の悲鳴を完全に無視し、高彼女の手元に辿り着いたのは……長方形を箱を串刺しにした抜き身の刀であった。
団子状態になっていた箱の中身が無事であること確認し、刀を抜き取って得物は虚空に消失させた。
「……これは?」
「さっき逃げた男を目標に刀に追いかけ回させた。あいつは結局これを守りきれなかったから、今ここにある」
「えっと、そんなドローンみたいに自由効くのか?」
「何事も練習じゃよ。この精度までとは言わんが、百刀の基礎は遠隔操作じゃ」
「一応説明しておくけど、この施設をここまで炎上させたのも、ゾンビを必要以上に撒き散らしたのもあいつ。一天上の獄炎の能力で起こした人災だね」
「って、そんな身勝手なことが――!?」
「許されるじゃろう。お主ら人間が作り上げた制度があのような者産んだのじゃから」
百々刀の吐き捨てるようなセリフに納得がいかなかった久弥は真於へ向けて一言物申そうとして……絶句する。
「何を……」
「味見」
一天上が持っていた箱の中身を取りだし、空箱は放り投げ、炎にくべられた。
真於が手に持っていたのは、赤黒い液体が入った注射器である。
彼女は遠慮なく、そして臆することなく自分の首に打ち込んだ。
「え、ええぇ!? あんた、それやばくないか!?」
「普通の人間ならかなーりやばいのぅ。即爆発四散して肉片からゾンビになるじゃろうな。だが、そもそもこやつは人間じゃないんじゃ。味はどうかの?」
「……10世代くらい前のものを弄ってる感じ。パッと調べた感じだとこのオリジナルのウイルスはもう持ってる。古いね」
「なんじゃーハズレかい。つまらんのぅ」
「ハズレに超したことはないけどね。これ以上新しいのは出てこないで欲しいよ」
空になった注射器を放り投げ、久弥の持ってきたファイルを手に持ち、真於はまだ奥へと進んでいく。
対して百々刀は再び久弥の足を払い、転んだところで彼を抱える。
つまり、帰還の姿勢である。
「ぅあ!? 帰るのか!?」
「来た道をもどるだけじゃろがい。安心して儂に抱かれるといいんじゃよ! 可可!」
「また俺お姫様抱っこなのかよ!?」
「百々刀たちはいつも通り先に帰ってて。残ったヤツがないか軽く見てから帰るから」
「おう、そうかえ、では帰るぞ、久よ!」
「戻るって、大丈夫――!?」
返事を返す間もなく、百々刀たちはエレベーターシャフトを駆け上がり、この場からあっという間に去っていった。
残るのは感情のない光を目に宿す真於だけである。
「焔太刀」
彼女が呟いた瞬間、右手には真っ黒な焔を宿した赤い刀を握っていた。
百刀の潜在能力は研鑽を重ね続けると、一定の間隔で特殊な能力を持つ刃を生成することが出来る。真於は勝手にこの事象のことを特刃獲得と呼んでいた。
どのような刃が手に入るかは人間の生き方によって変わり、特刃を得られる間隔も個人差が非常に激しい。
そんな中、真於はおよそ200年の研鑽を経て、ようやく特刃の境地に辿り着いた。
焔太刀は彼女にとって最も長い付き合いのある覚醒状態である。
彼女は燃えたぎる刀を構え、遠慮なく横凪に振るう。
その瞬間、灼熱を超えた極熱の炎が水平に解き放たれる。
床に落ちていた資料、直線上にあったホルマリン漬けの動かないゾンビ、おそらくこの場で命を落とした研究者など、ありとあらゆるものが全て蒸発して消えていく。
「さようなら」
真於の呟きは荒れ狂う黒い炎に呑まれ、崩落が始まる頃には彼女この場を去っていた。
黒き炎はあっという間にフロア全体に延焼し、鉄筋の柱ですら溶かし尽くす。
彼女は注射器に入っていたウイルスから記憶と経験を消化した。
思わず溢れた言葉だったのだろう。彼女に別れを告げた記憶は無いという。
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「ほんと……なんなのよ……これ」
「黒薔薇、どうやら本物のようだね」
モニターに映し出されていた建物が沈む。先程まで居た場所は完全に地中の中へ消えていった。
創世會の医療班が二人に怪我の治療を行ない、特別室へ送り返された後の話である。
辺りには十家の代表が全員集まっている。
「二上院様ぁ、黒薔薇って本当に居たんですかぁ? どうせじいちゃんばあちゃんの昔話――」
「四右院、私だって認めなくけど、残念ながら事実よ。それと、私たちと一天上そして他の十家全員が同時に挑んだとしても……今じゃ勝てる見込みがないわ」
「二上院様、失礼ながら、それは一天上様に失礼ではなくて?」
「惑うことなき事実よ。貴方の口からも言ってくれないかしら」
「……あぁ、これほどまでとは思わなかった。七北東、このあと時間はありますか?」
「えええぇ!? 僕ですか!? 僕なんかで良ければ……」
十家最強の一天上が黒薔薇の存在認めざるを得ない発言をしたことで、すべての家に衝撃が走る。
同年代では一天上と二上院が群を抜いて実力があったのにも関わらず、敗北宣言を行ったのだ。つまり、十家の同年代全員は黒薔薇に勝てないと断言されたのだ。
当然、名家の誇りを持っていた者たちは気に入らない。
「御二方、余程気圧されたみたいですねぇ。まさか一と二がそんな様子とは……お父上お母上が悲しみますよ?」
「三下院、あなたも会えば分かるわよ。あれは、今の私たちの手に終える相手じゃない」
「では、地面に頭を擦り付け、平服すると?」
「まさか。今の、と言ったでしょう」
金髪をなびかせ、二上院は苛立ちを隠し通せない顔でモニターを睨みつける。
彼女の脳裏に浮かぶのは、感情のない人形のような顔つき、そして先の見えない漆黒の瞳である。
「どんな手を使っても、私はあれを超える。いまは確かに負けでもいいわ。ただ、覚えておきなさいよ。貴女には、もう……ッ」
モニターに亀裂が走り、画面が映らなくなる。
能力のリミッターが外れかかっていたのだ。
周りの来賓者はその様子を見てさらに動揺を現すが、一天上は違う。
壊れたモニターを楽しそうに眺めながら彼は呟く。
「――御先祖様、あれが貴方の最高傑作ってことですか。興味深い体験ですよ、本当に……!」
誰にも聞こえないように呟いた言葉は、スピーカーから流れる闘舞劇の歓声によってかき消された。
トラブルはあったが、無事催しの一日目は終了した。
死者は多数。感染者も多い。しかし、死者すら一時の娯楽に変わってしまう。ReVoに犯された世界は、ありとあらゆる価値観すらも醜く変貌させていたのだ。
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