第18話
闘舞劇で盛り上がっていた雰囲気は一転し、街の中では人々の悲鳴が響き渡る。
人々の流れを押し分け、逆走していくかのように悠々と歩くのは、黒いフルフェイスヘルメットを被った女性、黒薔薇だった。
あまりにも目立つ格好である、かつ道を逆走していたため、何人も足を止めて渋滞が引き起こされたが、彼女は溶けていくように人々の間を抜けていく。
「おい! 上には刀狩もいるぞ!?」
「創世會が雇ったのか!?」
「黒薔薇……本当に居たのか!?」
「――可可ッ、騒がしいやつらじゃのぅ」
「いやあんたがおかしいんだよっ!?」
百々刀と久弥が居るのは空中で、それも人混みの上を飛行するかのように超えていくため、酷く目立つ。
久弥は刀に吊るされるような形で運ばれているが、彼女は更に人目を引いている。
浮かばせた刀をいくつも並べ、それに乗って空中を移動するという明らかに常識外な移動法を取っていたのだ。
百刀の能力者であることは推察できるが、百刀がそのように自由の効く能力とは皆考えていなかったので、UFOでも見つけたかのような視線を集め、もはや人の流れは止まりかけていた。
「おっ? やっとるのぅ」
「この音はっ!?」
ビビビビッ! と大きく連続した電撃音が人々の悲鳴を切り裂いて二人の耳に入り込んでくる。
これらは人類がゾンビたちに対して効果的であるという名目上作られた、電磁ライフル銃の発砲音であった。
つまり、もう既に感染者が施設から逃げ出していることが伺える。
「止まれッ! 何しにここへ――」
真於はパーカーのポケットに手を突っ込みながらも、警告標識テープを無視して爆発の発生した区域に入る。
直ぐにその事に気がついた創世會の男は電磁ライフル銃を突きつけながら真於へ近づこうとして――
「な――」
「おい!? 何があった――」
バランスを崩し、起き上がることはなかった。
様々な異音に気がついた會員たちは、一斉に音の聞こえた方へと集まってくるが、彼女が視線を向ける度に意識を手放してしまう。
「……」
「う、動くなよッ!」
そんな中、真正面にいた會員だけは最後まで気絶することも無く、ゆっくりと近づいてくる真於に対して銃を構え続けている。
しかし、底知れぬ恐怖感を隠すことは出来ず、彼の狙いは全く定まらない。
「どいて。それと伝えて。ここから先は俺一人で十分だから」
「……! まさか、あんたが本物の黒薔薇か!? いや、それでもこの先は本当に危険――」
「二度目はないから。それとも、周りに居る人たちみたいになりたいの?」
「っ――」
「あいつ、めちゃくちゃ喋れるじゃん……」
上空から吊り下げられながらも久弥はしみじみと感想を述べ、百々刀は吊られている様子が慣れきった彼に対して笑い声をあげる。
「可可、真於はスイッチが入れば普通に話せるのじゃよ」
「……なぁ、そのスイッチ? とやらが入る条件とかあるのか?」
「なぁに、あやつの心を呼び起こす何らかの刺激要素があればいいだけの話じゃよ。例えば――ゾンビとか、のぅ」
「……ゾンビが怖いのに向かって行ってるってことか? いやでも、なんのために……」
「ほぅ、そう来るか。では、直接聞いてみることにするかのぅ!」
二人は真於の元へと降り立ち、真於を止めていた男も上空から人が降りてきたことに対し驚き、さらに悲鳴を上げてしまう。パニックにパニックが重なり、もはや今何が起こっているのかも分からないような表情を浮かべていた。
「く、黒薔薇。あんたはゾンビに関してどう思ってるんだ?」
「昔は怖かったよ。でも今は違う。ただ可哀想なだけ。死んでも死ねないのは、六華だけでいいから」
彼女は視線すら合わせず、冷たい言葉を吐き捨て、燃え盛る建物内へと入っていく。
その背中はあまりにも虚しく、久弥は掛ける言葉すら思いつくことが出来なかった。
「まぁ、真於を完全に理解するまでには千年は必要じゃ。おぬしはいつもどーり、人間らしく居られればよい。さて、参るぞよ」
「参るって……火事真っ只中の建物にか!?」
「なんじゃ、無理なのかえ?」
「そりゃ無理だろ!? 視界も役に立たなければ、呼吸出来ずに死ぬ! 常識ないのか!?」
「はぁぁ? 散々な言い様じゃのぅ。どれ、少し待っとれ」
彼の動揺した様子に百々刀は呆れたような表情で肩を竦め、首を振って真於の名前を叫びながら燃え盛る施設の中へ駆け出して入り込み――直ぐに戻ってきた。
「ほれ、これを使うが良い。儂らに付いて行きたいんじゃろ」
「……あ、ああ! ありがとう! 刀狩!って、これ黒薔薇のヘルメット!?」
「うぬ、儂の名前を言わなかったから加点じゃ。おぬしも分かってきたのぅ」
「ちょ……! 待ってくれ!」
可可と笑い声を上げながら彼女は何の装備もせずに煙と炎が吹き荒れる施設の中へ入って行ってしまった。
予想以上に重かったヘルメットを被ると、視界には無数のウィンドウが現れる。
ゲストモード起動という文字を確認した瞬間、頭の周囲で シューッ と空気が抜けていくような音が響き渡り、瞬く間に視界が開ける。
まるでヘルメットを被っていないかのようなクリアな視界であった。
「ヘルメット一つでこんなハイテクなのかよ……っ」
真於の圧力を受けて腰の抜けた會員を横目に、彼は火災現場へと突っ込んでいく。
視界はあまりにも悪く、煙が充満しており、もはや一寸先すら危うい状況だった。ヘルメットをしていなければ熱波と煙で目を開けられなかっただろう。
「あっつ……い!?」
凄まじい熱気で肌を焼かれるような感覚を味わいながらも、まっすぐ向かった先には真於と百々刀が立っていた。
周りの環境など気にしていないかのような佇まいで、熱さや煙に呻く様子は全く見られない。
「この様子じゃ手がかりを探すのはちと面倒そうじゃのぅ」
「そうだね。あの人間、ちゃんと子守りしてね」
「なーに、儂がおるから大船に乗ったつもりで任せい」
「なんで、普通に……息、してるんだ?」
そんな疑問を投げ掛けた途端、バタン!とホールの奥にある扉が倒れるように開き、中からは複数体の燃え盛るゾンビがフラフラと現れる。
視線は虚ろで、熱に苦しんでいるような声を上げながらゆっくりと二人に向かっていた。
「ゾンビっ!?」
「……」
真於は無言で向かっていき、感染者たちもその事に気がついて彼女を喰らおうと両手を伸ばしながら襲いかかる。
「っ!?」
しかし、彼女が横を通り抜けた時には一瞬にして彼らの首は落とされていた。
全く動作を捉えることは出来なかった。気がつけば既に納刀しており、いつ斬ったのかすら分からない。
「ほれ、なにを呆けておる。飛んできてるぞ」
「飛んできてるって何が――ってうわぁぁぁっ!?」
爆発の影響でゾンビが勢いのままにきりもみ回転しながら久弥へと向かってくる。
あまりに驚き過ぎて腰が抜けてしまい、逃げられなくなった彼の姿を見て、「ふむ」と一声呟いた瞬間――
「このくらいでビビってるようじゃ奥には進めぬぞ」
比喩なしに光速の3連斬が、瞬く間にゾンビを消し斬る。
血潮に濡れた画面は搭載されていたワイパーによって拭き取られた。
「ヘルメット……なのか? これ、めちゃくちゃハイテクノロジー過ぎるだろ。なんでこんなの持ってるんだ……?」
「じゃろ? 一万年生きればそういうモノも開発できるのじゃ。おぬしも長生きするんじゃぞ」
「いや無理だろ!? なんだ一万年って!?」
「いくよ百々刀」
真於はずっと屈んでおり、倒れて動かなくなったゾンビに対して何かしていたようだった。
行為は確認はできなかったが、彼女の口元に微かな血痕を見ることができる。
彼女の顔は美しいものの、全く感情が読み取れない凍りついた表情だった。
「……ほれ、行くぞよ」
「あ、ああ」
真於についていくと地下へと向かっているようで、下に降りる事に周囲の気温は下がっていき、煙すら見えなくなり始めた。
しかし、本能的に炎を避けたがったのか、無数の感染者がヨタヨタと動き回る姿を確認できた。
「ぅぅ……ァァ……」
「……」
「結構多いもんじゃのぅ」
道すがら襲いかかって来た感染者に対して真於は眉ひとつすら動かさず対処を行った。ゴシャッと潰れる音と飛び散る何かを目にして、思わず久弥はヘルメット越しに口を抑える。
彼女は迫り来る敵を容赦なく蹴り飛ばし、凄まじい威力は破壊の権化として感染者を肉塊へと変貌させる。
「な、なぁ……黒薔薇は他人を気絶させたり出来るんだろ。なんでそれをやらないんだ?」
「あれは意識を断ち切る業じゃ。正常な意識のない相手にそれは通じぬ」
「……なんかよくわからないけど……とりあえず感染者相手には効かないってことか」
「効かせることは出来るがのぅ。極めて面倒じゃし殴り壊したり、斬り殺した方が早いというわけじゃ」
百々刀は話している途中で手を振るい、空中に太刀を作り出し、回転させたそれを久弥の後方へ向けて飛ばす。
「――このように、のぅ」
突然の出来事に固まってしまったが、ゆっくりと後ろを振り向くと――
「うわぁぁぁぁッ!?」
蜘蛛のような六本の腕を生やしながらも、人間の顔を繋ぎ合わせたような化け物がおり、おぞましい悲鳴を上げて剥製のように垂れ下がっていた。
あまりにも不気味な姿を見て、思わず久弥は百々刀の小さな背中に隠れる。
「なんだアレなんだあれなんだあれ!?」
「ReVoウイルスによって作られた化け物じゃよ」
「治療する方法は見つからないくせに、悪用する方法はいっぱいあるってこと」
黒い血を滴らせる化け物はピクピクと脚を震わせ、絶命に至る。
大した説明も呟かずに先に向かってしまったため、久弥は百々刀の背を追いかけながら語りかけた。
「なんであんなのが……この施設の中にいるんだ?」
「生物兵器だったって事じゃろ。ほうれ、前を見てみよ」
「前って――」
彼の視線の先にあったのは無惨にも引き潰された蜘蛛型の化け物だった。
超圧力で引っ張られ、そして押し潰された痕跡があり、明らかに常人の成せる技ではないことが分かる。
「ひっ!?」
「どうやら、この先に能力者がいるらしいのぅ」
「へ? なんで分かるんだ?」
「この死体の様子。重機でも使った形跡がないのに圧死してるから」
「確かに……そう言われればそうだけど……」
「まぁこの見てくれからしてやりおったのは《超然》の能力者じゃろうなぁ」
赤色灯で分かりにくいものの、壁や床を一面染めてしまうほど大量の血痕がある。
この場に無数にいたであろう蜘蛛型化け物の死体は全て端の方に纏めて圧縮して片付けられており、超然の痕跡である明らかな証拠になっていた。
血の海を渡り、久弥の悲鳴を無視しながらも先へ進むと、更に死体の数は増していた。
死骸の処理がだんだんと雑になっていく光景を目に、百々刀は呆れたように両手を広げ、軽いため息を吐く。
「ま、練度的にはそこそこじゃな。どちらにせよ真於の敵ではないのぅ」
「ほ、本当に大丈夫か?」
「心配ならついてこなくてもいいよ」
「そう言うな……って!? 誰かいるぞ!?」
非常階段を降り、扉を開いたその先に長い金髪の女性が居た。
彼女の格好は学生そのもので、長袖ブレザーにミニスカートという華の世代を伺わせる趣きだった。
「――セバス。仕留めておいて」
「――畏まりました」
扉を開けた真於たちへ振り向くことはなく、背を向けたまま彼女は手を振るうと、天井より老齢の男性が短剣を振り下ろしながら襲いかかっていた。
「……誰?」
「ッ!?」
――しかし真於は驚く様子すら見せることなく、短剣は彼女の指二本で止めていた。直ぐに刃には亀裂が入る。
老齢の男性は急ぎ武器を捨てこの場を離れたが、彼女の視線はセバスと呼ばれた男の芯まで見透かしているような末恐ろしさを感じる。
「お嬢様。大変危険です。急ぎ脱出を」
「はぁ? 誰に向かって口を聞いてるの――って、あの女は……!?」
「金髪か。何故ここにおるのかは分からんが、二上院の家の者じゃな」
「二上院って……十家のNo.2か!?」
あからさまに驚いた様子を見せる久也には目もくれず、金髪の少女と老齢の執事らしき男性はただひたすら鋭い目付きを返していた。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません




