第17話
「いやー、まともな食事は何年ぶりじゃったか。良いツマミもあったゆえに大満足じゃなぁ」
真於から渡された小さく鋭い銀針を爪楊枝の代わりにしながらも、百々刀は満足気に窓の外を見る。
辺りには人だかりが出来ている、というよりは人だかりが作られていた。
その中心に佇むのはひとつのシワも汚れもないピッタリスーツを着たままの虎崎である。
「――師匠の食事を邪魔する奴は誰であろうと容赦しない。分かったな」
「……は……ぃ……ぐぇっ……」
片手に握っていた人影を離すと、周りからは歓声が湧き上がる。
辺りに倒れ伏している五十名ほどの男たちには全て創世會の會員の証である刺青があった。
彼はたった一人で、一度も攻撃を食らうことも無く、増えに増えた創世會の者たちを武器すら使わずに返り討ちにしたのだった。
「数ヶ月前にサンドイッチ食べたでしょ」
「可可っ、数千年生きておると日数感覚なぞ腐り落ちるもの――お、食わんのか? なら儂がもーらいじゃ!」
彼女は手にした銀針をそのまま“隣にある”ハンバーグへ差し込み、遠慮なく持っていって口に放り込む。
しかし、その行為に文句をつける者は居なかった。
「……それにしても、この付近は荒い人多いね。気分で百々刀は暴れないでよ」
「わーっとるわーとる。儂は我慢の効くピチピチ乙女じゃもの。お主もそう思うじゃろ?」
「そうっすね……」
ハンバーグの残りを取られても、久弥は死んだような瞳で窓の外の光景を見ることしか出来なかった。
虎崎が暴れ尽くしたため、この付近にいる創世會メンバーは全て出払っていると同時に、倒されている。
放置された久弥は居場所に困り、結局は真於たちの前で大人しく小さくなっていた。
虎崎という男は最年少でIPDHの最上位に辿り着ける程の凄まじい実力を持っていることぐらいは分かっている。
とはいえ、何の武器も持たずにそのまま喧嘩に慣れきった相手に突っ込むのは正気の沙汰とは思えない。
せめて彼が人形兵器ならまだ理解出来る。しかし、彼は潜在能力どころか、ReVoの耐性すら持っていないのだ。
要するに、彼はただの人間である。
ただの人間にも関わらず、彼は数人の人形兵器すら圧倒し、さらに恐ろしい人数に襲われても、まだ返り討ちにしてしまいそうな余裕さえ感じられた。
「IPD、怖すぎるって……」
「結構盗んだ相手を見つけるのは早かったね」
「ちょーど一分ぐらいかの? あやつの直感は転生してもなお健在ということじゃな。いや、転生したからこそ磨きがかかったように思える」
「転生……? 何言ってんの……?」
「お主には縁のない話じゃよ。一度死にたい言うなら別じゃがな」
「なら縁がなくていいです……いやほんとに……」
虎崎は凄まじく直感が鋭い。
何に関してもその勘は遺憾無く発揮され、二択であれば考えなくとも確実に答えを引いてしまうレベルである。
恐らく、様々な事象を参照して彼は犯人に辿り着き、ほんの一分程度で財布を取り返すことが出来たのだろう。
彼は死屍累々を外に放置して定食屋の中に戻る。他の客から畏怖の視線を受けつつも財布から五枚のお札を店主に手渡し、頭を下げる。
「お、おい? これ?」
「お見苦しいところをお見せしました。少ないですが、ほんの気持ちです」
「え……いや!? 貰えねぇよ! とにかく、メシ食うんだろ? とりあえずいつものでいいよな!?」
「はい。よろしくお願いします。あと、何かあればこちらまで。私たちが全力でお守りします」
返されたお札は受け取らずに、彼は名刺を手渡す。
完全に流れに飲まれてしまった店主は渋々受けとり、キッチンの中へ消えていき、虎崎は真於たちのいる場所に帰ってくる。
「師匠、お食事は――既にお済みでしたか」
「そうだけど、まだちょっと足りないかな。虎崎も一緒にどう?」
「っ……! ありがとうございますッ! ご一緒させていただきます!」
「え……あんた三人前ぐらい平らげてたよな……?」
彼の視線の先には山積みにされたステーキプレートとライス皿がある。
寒気を感じたその時、真於の虚無と思われる視線とぶつかり合い、久弥は思わず口を抑える。
「これ。中はどうあろうが見た目は乙女じゃぞ。下手な口を滑らした挙句には――可可ッ、夜道で串刺しにならないことを祈るんじゃな……」
「あーっ! 俺の気の所為だったみたいだ! あれー!? 疲れてるのかなぁ!?」
「……ところで、この方は?」
席の奥側が百々刀、久弥が座っており、手前側に真於、虎崎が座る位置関係となっている。
店員へ食べ終えた皿を渡しつつ、虎崎は至って真面目な様子で真於へ問いかけた。
「あぁ、そう言われれば思い出したわ。ちょっと道すがら縁があっての。厚顔無恥な奴じゃが多少は面白いぞ」
「う……否定はしないけどさ」
「百様がそう仰るなら安心です。私は虎崎 佐久間。どうぞよろしくお願いします」
「あ、あぁ。えっと、ご丁寧にどうも。俺は下梅 久弥です。よろしくお願いします」
お互いに硬い様子で挨拶を交わすが、久弥は特に顕著で、どこか警戒心を隠しきれない様子である。
何せ虎崎は全国民が知っている程の有名人だ。その人柄故に黒薔薇と関係があることにはさほど驚きはなかった。
創世會とIPDの関係は良好とは決して言えない。どちらかと言えば敵対対象でもある。
真於と言えば無遠慮に食事を頬張り、百々刀は非常に退屈そうな顔つきで頬杖を着いていた。
ひたすら緊張し、虎崎の料理を待ち、口を出せないままいるいると、百々刀が口火を切る。
「このびっみょーな雰囲気が儂はトイレ掃除より嫌いなのじゃ。いつも通り人間らしくすれば良いというのに」
「こういう世界ですので警戒なさるのは当然ですよ。私は慣れているので気にしませんが」
「ま、なんであろうが儂は関係ないがの。時に真於よ。儂らは勝手に抜け出しておるが、そろそろ闘舞劇の開始時刻ぞよ。見に行かないのかえ?」
「そんなに興味無いよ。それに、あれでも見れるから」
彼女が視線を送る先にはモニターがあり、映し出されていたのは男たちが素手で殴り合う様子であった。
武器の使用は不可であるものの、持ち物検査などの類は行われない。
何もかもが自己責任の世界で、彼らは本戦を目指して戦っている。
しかし、真於は目を細め、戦っている男たちの更に奥へと意識を集中しており、ふと呟く。
「……なんで外でやってるの?」
「外……?ってどういうことだ?」
「なんじゃ。地元な癖に分からんのか? 感染者が彷徨う場所なんて今どき外だけじゃろ。そもそも外でやってたら参加者も感染してまためんどいことになるじゃろうて」
「あぁ、あれは――」
『――ウガアアぁぁッ!』
その瞬間、画面に鮮血が映り込み、打ち上げられて消えていく。
――ああ、一目見て分かった。あれは、“飼われていた”。身なりがあまりにも小綺麗過ぎる。このトットリの中で、“栽培されている”最悪のパターンだ。
真於は元々、ゾンビを減らすために世界中を飛び回っていたというのに。
「――創世會の施設で管理してるゾンビだよ」
「……ふざけないでよ」
「!?」
「ははーん……創世會は、全てそうなのかえ?」
「ああ、常識じゃないか?」
戦っていた男は木陰から飛び出したナニカに喉元を噛み千切りられて、隣にいた男は腰を抜かして地面に手を付いている。
そうして、震えた声で叫ぶ。
『なんで、なんでこんな所にいるんだあああああ!? うわあああああッ!』
「どうやら嫌な予感が当たったようじゃのぅ。そりゃー真於が幾ら飛び回っても減らないわけじゃて」
「……百々刀、いくよ。虎崎、どいて」
「分かりましたッ!」
彼女は席を立つと同時にヘルメットを被り、全てを差し置いてこの場から去っていった。
あっけに取られた久弥は突然の態度の変貌についていけず、今こそ立ち去ろうとするひょっとこ面の百々刀の腕を掴む。
「なんじゃ?」
「ど、どういうことだか訳分からない! なんであんたら急に雰囲気変えて――」
「まぁ、今に分かるぞ。どうしても気になると言うなら……お主も着いてくるかえ?」
面の裏では笑みを浮かべているかのような軽い口調だった。
対して真於は余程嫌な物でも見つけたかのように、恐ろしい表情を浮かべていたため、虎崎すら有無を言える状態ではなかったのだ。
彼は顎に手を当て考え込んだような動作をとり、数秒後思い切り目を開く。
「……はっ!?」
「お、虎崎は漸く気がついたようじゃのぅ。止めるにはちと遅かったがな。真於は一万年間ただ遊んでた訳では無いぞ。何はともあれ、結果的にはお主ら人類を“守っていた“んだからの」
「師匠――っ!?」
流血沙汰によってモニターを見ていた客たちは大いに盛り上がり、声を張り上げていたが――それらは突如引き起こされた大地の振動と、凄まじく鳴り響く轟音によって一時だけ鎮められる。
地震とも爆発とも言い難い衝撃が過ぎ去ると、揺れは直ぐに収まり、再び店内の騒ぎは大きくなった。
甲高い音が響いたことから、何枚か店の窓ガラスも割れてしまったようだ。
「まさか……!?」
虎崎はお金を勢いよく机に置き、急いで店外へ走り出す。
真於の姿は幸い近くに確認できたが、現在崩壊しているのは創世會の記念館であった。
建物と彼女とは距離があるために、建物の破壊は彼女の仕業ではないようである。
「はぁ……タイミング悪い。どっちにしろ壊す予定だったけどやり方ぐらい学んでよ」
「流石にのぅ。ゾンビのテレビデビューと同時に建物爆発とはな。意図されたようにしか思えぬよ。これはIPDの作戦かえ?」
「違います! こんな話は聞いていない……っ」
彼女は悪態を吐くように篭った声でごちると、百々刀が補足を行う。
久弥が反応するまでもなく、創世會側は何者かの攻撃行動によって襲撃されたと見ているようだ。
どこからともなく武装した男や女がこの場から出ていき、爆発があった建物に向かっていく。
「百々刀、聞いて」
「うぬ。久弥よ。創世會には感染者を隔離するような施設はあるかの?」
「……表沙汰にはされてないけど、間違いなくある。俺の姉ちゃんはそこで薬を貰ったって言ってた。本当かどうかはちょっと、分からない」
「薬……? それは一体――」
再び爆発音が響いて、大地は強く揺れ動く。次の爆心地はおよその距離五百メートル程しかないすぐ近くであり、背後にある大きめの廃ビルであった。
「うわぁぁぁぁっ!?」
「どーやら、人が来る日に合わせてテロを起こす気でいたようじゃのぅ……さて問題じゃ。久弥よ、お主の姉が使用したあの薬。ありゃ大層死亡率が高いんじゃが……知っとるかえ? 」
「そりゃ知ってるけど!それが何かあるのか!?」
「不味いッ! 師匠、失礼しますッ!」
「あ、おいっ!」
虎崎は背後にある爆発した建物に向け、人間の域を超えたような速度で駆け出していき、あっという間に見えなくなる。
完全に置いていかれた久弥は説明を求めるため、百々刀にもう一度尋ねる。
「なんで虎崎さんは走っていったんだ……?」
「ぬぅ、まだ分からんのか。では、人間がゾンビとなる過程をもう一回思い出してみい」
「え? えっとたしか――ReVoに感染したまま生物が死ぬと、ウイルスが体を乗っ取って、動く死体が出来上がる、って話だろ?」
「……ReVoの耐性薬はワクチンと同じ。微弱で微量のウイルスを体に入れて、体内で身体の免疫を作る。だけど、ReVoは本当に少ない数でも人間を犯すことができる」
「ReVoはレボリューションの頭文字じゃ。容量用法を存ぜぬ人間が無闇に投与たり、空気に交じったReVoウイルスを摂取しすぎたりするとしようかの。それらが体内でどうなるかと問われれば……ま、名前の通りじゃよ」
「あ……ああああああああッ!?ここでパンデミックが起こる!?」
漸く黙り込んで考えていたが、事の重大さに気がついてしまい思わず叫び声を上げてしまう。
また、その研究施設には恐らく死体も収容されている、いわばウイルスの宝庫と言ったところである。
そんなところで爆発が起こったなら……
「やばいって!? 笑い事じゃないってこれ!?」
「可可っ、だから虎崎は駆け出したんじゃろう」
「さっさと帰った方がいい。ここからは、人形兵器の仕事だから」
「お? スイッチはいったのぅ!」
このような状況でも百々刀は楽しそうに、そして陽気にしている事が久弥には理解できなかった。
困ったように真於へ視線を移すと……今までと様子がどこか違う雰囲気で、最初に爆発した建物へと向けて歩みを進めていく。
「ま、待ってくれ! 俺も行く!」
「構わぬぞ! じゃが儂らはおぬしを守らんから自衛するのじゃぞ!」
「ぜ、善処するから! でも、危ない時は頼むかもしれない!」
「可可っ、相変わらず厚顔なやつじゃのぅ!」
戦の匂いを嗅ぎ取り、一方は高揚し、さらに一方は鋭敏に変わっていく。
二人から発せられる雰囲気は人外そのもの。
しかし、己より小さくともあまりに巨大な背中を見て、彼はどこか安心感を覚えるのだった。
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この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません




