第11話
口をぽっかりと開けたまま虎崎は驚きのあまりに固まっており、瞬きひとつすらしなかった。
あまりにも硬直が長いため、真於は百々刀と顔を見合わせて一つだけ柏手を打つ。
「はっ……」
「さて。返事はどう? 虎崎司令官?」
「え、いや……その……」
気を取り戻し、彼は頭を左右に素早く振ってもう一度真於に同じことを問いかけ、同じように返された。
どうにも腑に落ちない様なので真於は肩を竦めて口を開く。
「分かった。ちゃんと理由も踏まえて簡単に言うよ。俺たちは正直に言って小銭ぐらいしかお金が無い。だから簡単に、そして最速で、纏まったお金が欲しい」
「ついでに家と住所もな!」
「こ、こればかりは私の独断でどうにかなる問題ではありませんよっ……!」
「……」
半目で睨んでも彼は困惑した様子で戸惑うばかりだった。
しばらく待っても落ち着かない雰囲気であったため、取り敢えず彼を座らせ、一度思考を切り替えてもらう。
「ま。もとより期待してなかったがの。それほど気にするでないぞ」
「一万年前から君主制じゃないしね、この国は」
先程までハイテンションであった百々刀はつまらなそうに態度を変え、座っていた椅子を回転させる。
態度を変えた二人に付いていけず、虎崎はまだ口を開けたまま硬直していた。
「それで、どうすればええんじゃ?」
「……ど、どうすれば良いとは?」
「可可っ、儂らが遊びすぎて疑心暗鬼になってしまったの」
「後で条件を付けるとはいえ、約束通りこの国の人形兵器になってもいいってこと。だけど……そう簡単に国が認める存在に戻れるとは思ってない」
百々刀は意地の悪そうな笑みを浮かべたまま、回転していた椅子をピタリと正面で止める。
対して虎崎は不安そうな顔のままで、未だ真於の言葉を信用しきれていない様子であった。
「だから、虎崎の案を聞かせて欲しい」
「……そう、ですね。実のところ、私もこの案が上手くいく確証は無いのです」
彼は表情を変えず、問いかけに対して口篭るような回答を見せた。
数瞬躊躇って二人を見渡した後、意を決したように口を開く。
「……黒薔薇、という守り神の伝説はご存知……ですよね?」
「まぁ、こやつがその正体じゃしな」
「それも存じています」
「まさかその伝説を利用するの?」
「そのまさかです。黒薔薇を世間に公表し、それを大々的に知らしめて世界の六華を七華へと戻す、というのが私の考案した作戦です」
黒薔薇の伝説は国を超えて海外にも知れ渡るほど有名なものである。
それだけ有名である反面、他の六華の面々はその正体を確認せずとも勘づいている。
だからこそ黒薔薇は誰に対しても味方せず、敵対せず、神のような扱いを受けつつも、他の六華からは見過ごされてきたのだ。
しかし、架空の存在を認めさせる、というのは非常に難易度の高いものだろう。そもそも、この国の大半の者が黒薔薇を目撃したことがないのだから。
それを知っていて、真於は厳しい表情で虎崎に問いかける。
「この国の偉いヤツらが黒薔薇の存在を認めないとしたらどうするの?」
「それはっ……いいえ。いいえ! 認めさせます。どんな手を使っても認めさせてみせます。例え、私の立場が崩れても! それがこの国の未来のためになるならっ!」
真於の疑問に、虎崎はまっすぐ向き合い、これまでの不安を感じさせない凛々しい顔つきになる。
――そうだ。昔から、こういうやつだったんだっけ。国のために、将来のために、彼はその足場となることも厭わない男だった。
「国のために全てを捨てる覚悟か。お主はやはり二千年前から何も変わっとらんな」
「師匠たちがこの国の六華……いえ、世界の七華の一人になっていただければ、私たちの国が他の国に併合され、国名を失う心配のない日々が送ることが出来ます。それは我々国民にとって本当に、本当に……嬉しいことなのです」
「ふむ……」
六華人形を持たない国は殆ど吸収、合併されている。
むしろ、今のニホンは六華を所有していないのに存続していること自体が奇跡なのだ。六華の無い国に、安心できる日々などはない。
だからこそ、彼は全てを擲ってまで彼女を欲していた。
「なるほど。お前の覚悟は分かった。ただ、これに限っては俺でもどうなるか分からない。虎崎、成功するかどうかはお前が鍵だ。そこまで漕ぎ着けたなら……後は任せておいて」
「お主の説得が国を動かすか、はたまた纏わりつく虫のように払われるか。見物じゃの。適当に応援してるぞよ」
「っ……! ありがとうございますッ!」
勢い良く席を立ち、彼は九十度の角度で頭を下げる。
しかし、彼は真於の承認を得たものの、本題である国はどのように出るのか未だ予測がつかない。
そもそも、黒薔薇という伝説を政治の場面に持ってくる事自体が“異常”なのだ。
その“異常”を彼は押し通そうとしており、下手をすれば主張ですら“スラム街出身の妄言“の一言で済まされる可能性だって大いに有り得る。
「さーて、儂らは条件を考え直すとするかのぉ!」
「月五百万ダメなら二百万とかでもいいかもね」
「きゅ、給与はあまり期待しないでください! 交渉はしてみますが!」
「キ真面目じゃのぉ……」
それからというもの、今のニホンが置かれている環境、世間に関する事など、現代における様々な情報聞いた。
現在の十家の潜在能力について聞こうとしたところで、虎崎の腕時計からアラームが鳴り響く。
「すみません師匠、私はこれから予定があり……ここまでが限界のようです」
「……そう。忙しい中ありがとう。成功を祈ってるよ」
「失敗したらしたで儂らが国会で暴れるだけじゃ! 安心せい!」
「尚更気が引き締まりました。ありがとうございますッ!」
そう言って彼は席を立ち、帰りの案内を呼んで見送りをする。
案内役として先行するのは虎崎から吉多と呼ばれていた女性であった。
「……」
「なにか不満そうじゃの。ヨシダとやら」
「滅相もございません」
彼女は顰っ面でこちらに顔を合わせようとせず、何かを伝えたそうな雰囲気であった。
黒い感情の漏れを敏感に受け取った百々刀は、エレベーターで下る最中に彼女の内に燻る種火を煽っていく。
「儂らが虎崎と仲良くしてるのが腹立たしい……そう見えるの」
「滅相もございません。大切な来賓ですから」
「いやいやぁ。普通来客に対して殺気を発するかの? それとも、それが客に対する態度とマニュアルに書いてあるのかえ?」
「……っ」
吉多は素早く振り向き、今度は明らかに、そして強く睨みつけるかのように鋭い眼光を放つ。
対して百々刀は薄く笑みを浮かべており、明らかに挑戦的な態度で佇んでいる。
狭い個室の中で種火は燃え上がり、彼女の中に激情の炎をもたらしていた。
「貴女方は虎崎さんの優しさに漬け込み、金銭を要求した。彼は恐らく脅迫として表に出す事はしないでしょうが――幼なじみとして、私はそれが許せない」
「なんじゃそんなことかの。期待して損したわ。好きーとか、嫌いーとか、そっち系の話であると思うたのに。どうせ盗聴するならもっと“質の良い”感情を持つのじゃな」
「そんなこと、ですって……!?」
吉多が声を荒らげたその瞬間、軽い電子音が響きエレベーターの扉が開く。
誰も途中で乗ることも降りることもがなかったため、到着した場所は一階である。
「行くよ百々刀」
「……っ」
「はぁぁ。儂らに対して殺気を放つのは良いが、相手を見誤るなかれよ。童子め」
二人は呆れたような顔で吉多を置いてエレベーターを降りて本部を出ていく。
軽く漏れだした百々刀の殺気に当てられてしまい吉多は動くことが出来ず、ただ拳を握りしめることしか出来なかった。
「認めない……あんなのが私たちの人形兵器となるなんて……絶対に認めない……!」
小さくごちる声は二人の耳に届いたが、それに関して何ら会話は起こる事がなかった。
ビルを出た後に二人は一般区画へ戻り、有料地下駐車場内に向かう。フルフェイスのヘルメットを被ってバイクに跨りながら、真於は呆れたように百々刀へ語りかける。
「百々刀、人間と一緒に生きたいならそう簡単に感化されないの。見てるこっちの身にもなってよ」
「じゃな。先程の会話で儂もこれではまずい気がしてきたのじゃ。何分生まれてこの方、威嚇されたら直ぐに殺してしまうという生活を送って来ておった。手を出さないということは不慣れじゃが……どうにかせんといかんの」
百々刀は虎崎、そして真於以外の人間とは関わったことがない。向かい来る敵意は全てを打ちのめし、滅ぼしてきたのが彼女の人生だ。
だからこそ、多様な性格を保有する人間とは関わるというのは、彼女にとって非常に難しい。
「まぁ、手を出さないだけいい方だよ。これから覚えていけばいい」
「可可っ……どうにも儂らしくない愚痴を言ってしまったな。さて!切り替えていこうぞ! 次なる目的は何処かの!」
「今からすることは少しでも虎崎の目的を達成しやすくなるように、黒薔薇をより一層世間に認知させる。つまりは、人助け、及びReVoを取引する怪しい組織を潰すってとこかな」
「なるほど! いつもと変わり映えのない事じゃ! では早速向かおうぞ!」
二人は真っ黒にペイントされたバイクを吹かし、大きなエンジン音を響かせてこの場を消え去っていった。
その日をもって、何十年も現れなかった黒薔薇と思われる目撃証言が国内で多発し、神の加護が間もなくニホンに発現すると話題になったのだ。




