第10話
日はとっくに沈み、時刻はおよそ夜十時頃。
真於たちは今後の進退について考えあぐねていた。
現在彼女たちはトウキョウよりも外にいる。ReVoウイルスが蔓延し、ゾンビたちが闊歩する生存不能域という場所に移動していた。
火のついた薪の上に鍋を置いて、ビーフシチューの味を確かめながらお互いに無言で俯いており、雰囲気に耐えかねた百々刀が重々しく口を開く。
「で。どうするのじゃ。あの阿呆の願いも聞き届けて良い気もするがの」
「……まだ、考えてる」
静かな星空の下、鍋を掻き混ぜる音が響く。
良い香りに釣られフラフラと動いた死者が近づいてくるが……何処からか飛来した刀に四方から串刺しにされ、動けなくなる。
「もう肉は十分なんだけどな」
「うげぇ、良く食えるのぉ。というか一万年もそれで飽きないのかの?」
「飽きる飽きないじゃないよ。これ食べなきゃ生きていけない」
「はー、何年ぶりに聞いたかのぉ、それ」
串刺し状態で動かなくなったゾンビは真於の元へと運ばれると一瞬の内に粉微塵に切り裂かれ、鍋の中へ放られていく。
「ん……いい感じ」
彼女はReVo耐性を得た故に能力に目覚めた。
しかし、彼女の体は既にReVoウイルスによって完全に作り替えられており、反対にReVoを摂取し続けないと生きていけない体へと変貌を遂げていた。
よって、検問のウイルスチェックなどでは間違いなく引っかかり、異常な数値を叩き出してしまう。
彼女の体は外面こそ綺麗なものの、内面は明らかに人間ではない作りをしているのだ。
「お主はヒト、そしてこの感染者たちを喰らうことで、その喰らった者の全てを吸収し、力を伸ばす。この特性は他の七華人形は持ち合わせておらず、お主だけの特異な体質らしいの。虎崎によって確証を得られたから良かったではないか」
「一万年の間で分かってたようなものだったけどね。例えば人間の蛋白質は四十二度で凝固し始めるらしいけど……何の耐性もない俺が一人のヒト食べた場合、俺自身の熱の耐性が八十四度まで上がる。また一人食べれば、百二十四度まで。それが一万年も続いたんだ。どうりで炎に焼かれても体に影響はないよ」
真於のこれまでの食生活は主にゾンビとなった感染者、そして異形の化け物を喰らって過ごしてきたのだ。
喰らった者の全てが手に入るとは、記憶も、経験も、筋力も、耐性も、何もかも吸収し、自分のものにしたい能力を“取捨選択”出来るということである。
現在の真於のスペックといえば一万メートル以上の高さから飛び降りても無傷で、無呼吸でも一年以上動くことが可能、毒だって効かないし、隕石が降り注いできても無傷で過ごすことが出来る。
完全無欠の体とは思えるが――冥界を経て情報収集にあたった虎崎によれば、これでも一天上 才也に勝てる確率は五割であると伝えられた。
その理由として、真於の体の中あるウイルスを一気に死滅させれば、彼女は即死してしまうためである。
既存の薬物耐性は完全に持つ真於であったとしても、未知の薬物の耐性は持ち合わせていない。その弱点を付く事など一天上にとっては余裕なことであろう。
「それに、他の六華人形も真於と同じ“永年の恒常性”を持っておるらしいぞ。同じく彼らも一万年以上生きとる存在じゃ。他の者を喰らい、力を得ることでは無いとはいえ……何らかの特異体質を得ているであろうよ」
「結局のところ俺はずっと一天上の掌の上で踊らされてたってことか。あの暴走ですら予定内の出来事だとすれば……もう笑うしかない」
きっと、十年間研究所で肉塊を食べさせられていたのは……他の六華が食あたりで死なないかどうかの実験のため、という意図だったのだろう。
しかし、それで直接“全て”を得られるのが真於だけだったという話である。
「とにかく、お主の不老の原因が分かってよかったではないか。何となく察しがついていたとはいえ、多少スッキリしたじゃろ!」
「……そうかもね。その分、不安も増えたけど」
正直この話を聞くまでは、六華を全員相手にしても勝てるつもりだった。
しかし、同じように彼らも他人の能力を吸収し、成長しているとしたら……正直、分からないところがある。
「どっちにしても、六華は全員殺すよ。これは回避出来そうもない事実だった。研鑽の目標が出来て良かったってとこかな」
「まぁ、復讐完遂までの時間はたっぷりある。また世界でも守りながら気長に待つのじゃな。今から六華を殺しに行くのも全然構わんがの!!」
「……まだ早いかな」
結果的に言えば、虎崎の持つ九割の情報は真於が知っていること語り、残りの一割でようやく彼女が本当に欲しかった情報を伝えてくれた。
「一天上 才也は今太陽にいる。帰ってくるのは二十年後、か」
一万年生きた彼女にとって、その待機時間は刹那である。
そうして、降りてくる場所も虎崎は掴んでおり、六華が護衛のために一斉に集まることも語ってくれた。
ついに見えた寿命に思わず溜息を漏らし、空を見上げる。
「長かったよ。ここまで」
「手すら届かず死ぬかもしれぬがの」
「それは困るね」
ゾンビ肉入りビーフシチューを皿に盛り、百々刀へと分ける。自分から神と名乗っているのに、更にはさっき嫌々と言っていたのにも関わらず、彼女は割となんでも食べる様子だった。
「乾杯」
「お主が完敗せんことを祈っとるよ」
皿を軽く合わせてお互いに笑い合い、あっという間に食べ終えた。
様々な片付け、そして思考を経て、真於はひとつの決断をする。
日課の素振りを行いながら、今後について口火を切るのであった。
「百々刀。虎崎の提案を受けていいかなって思ってる」
「……んぁ、儂が寝る寸前にどういう風の吹き回しじゃ?」
「どちらにせよ、このニホンを守ることには変わらないからね」
「ほぅ、まだ人間共は見捨ててないと」
「そっちもどうせ興味あるでしょ?」
「ありありのありじゃ。ゾンビたちから逃れた人間共が、どのような生活を送ってるか気になって夜しか寝れなくての。妄想の日々じゃ」
「決まりだね。次は外堀を埋めるための案を話したいんだけど……どう?」
「最高のベットトークじゃな!! 良い!乗った!!」
百々刀が寝袋から抜け出して火に手を翳すと、消えかけていた薪の火は勢いよく燃え上がり、周囲を明るく照らす。
それからというもの、彼女たちは朝日が差すまで笑顔のまま楽しそうに、そして何処か寂しそうに会話が盛り上がった。
混ざりきった表情の理由は、寿命がみえた故に生まれた別れの寂しさのためか、ようやく見えたゴールへの嬉しさだったのか。
お互いに笑顔の裏に闇を抱えているのを知っていて……触れられなかった。
翌朝、結局二人は一睡もできていないままもう一度トウキョウへと向かう。
バイクの燃料は間もなく尽きる。
トウキョウ滞在に向けて何よりも必要なのは……お金だった。
刀気を広範囲に向けて一回放った後に何事もなくスラム街を抜け、バイクを引きながらやってきたのは一般区画。
スラム街を抜ける事が一般区画に入場する際の検問を回避する唯一の方法であるため、毎回気絶者は増えている。
それぞれの区画においてスラム街を除いた生活者が最も多い区画こそ、この一般区画である。広さはおよそ四百平方キロメートルほど。
一万年も経過しているためか、土地も変貌を遂げており、起伏は激しい。
そして、トウキョウ自体の面積も非常に大きくなっており、スラム街を合わせれば更に増加する。
バイクを有料駐車場に預け、人の流れに従い流されていく。
目的地まで辺りを見回しながら、百々刀は声に嬉しさを含ませ、興奮気味に語る。
「上手くゆけばここで生活出来るのかの! お主と家で生活するとは初めてじゃなぁ……そういえばお主一万年も生きとるんじゃろ? 家が欲しいとは思わんのかの?」
「そこまで欲しいとは思わないかな。直ぐに家が朽ちちゃって結局洞窟が家として安定してるから。でも俺も四千年は家を買ってないし、自宅っていうのがどんな場所なのか覚えてない」
「儂と出会うたのが二千年前じゃから……うぬ、長寿ゆえの悩みじゃのぉ。天の奴らにもその苦労は味わったことなかろうて」
ビルに設置されたモニターに映像が流れていくのを横目に商業区画への入場を行う。
商業区画は壁で仕切られているため、入るためには壁を乗り越えるか、カードをタッチして改札をするかのような簡易的な検問を受ける必要がある。
当然ながら、真於たちは前者を選ぶ。
マンションだらけの景色から一気に変わり、ビルが多く林立する世界へ出る。
人は更に増加し、道端で一芸を披露する者も確認できた。
ビルに設置されたモニターの広告でトウキョウの一軒家に関する情報が流れると、気がつけば会話内容にも影響されていた。
「トウキョウで生活するのにもお金が必要だし、家での生活は無駄なコストが多すぎる……けど、人間らしくっていうなら、やっぱりマンションの一室でも欲しいね」
「いやいやいや! 生活するなら一軒家じゃないのかの!?」
「トウキョウで一軒家が厳しいのは今も一万年前も変わらないよ。そもそも、今の俺たちの残高分かってる?」
「うう、ひもじきかな……」
真於たちの収入源といえばゾンビたちが“偶然”持ち合わせていた僅かな貨幣のみ。
そして、昨日カフェでお金を使ってしまったたため、現在の彼女たちは非常に貧しい。
――しかし、解決策はある。人間らしいといえば人間らしい“プランKM”が。
「虎崎から巻き上げる、これをプランKMと呼ぶ。今んところ、この成功率は百パーセントじゃ」
「よほど有名人なんだ。た・ん・ま・り持ってるだろうね」
「可可っ、そんなわけでやっと着いたの!」
「まさか三回も訪れる事になるとはね」
もはやこの場にいる警備員とは顔馴染みの関係にあり、また来たと怯えた目で見られていた。
目の前にある巨大な建築物は《対感染者掃討部隊本部》だ。
震えた視線を受けながら中に入り、受付で“今度は”虎崎のアポイントがあると伝える。
自信満々で伝えたのにも関わらず、受付の人の鉄仮面にはヒビすら入らなかった。
笑顔のまま入館証を二枚渡され、エレベーターに乗ることを案内される。
微妙な気持ちで最上階に到着すると、周りがスーツで忙しそうに歩き回る中、ラフすぎる格好と派手すぎる格好の女子たちが現れる。
最上階の担当は腫れ物を扱うかのように真於たちを案内し、広々とした個室に押し留めた。
しばらくすると緊張した顔つきの巨大な男、虎崎が丁寧な仕草で部屋に入り、深々と頭を下げる。
「失礼しますっ!」
「本来なら儂らが頭を下げるべきじゃが……まぁなんでも良いわっ! ゆるりと寛げ! 虎崎よ!」
「ありがとうございますっ!」
百々刀からしても虎崎は弟子扱い、彼からしても彼女は師匠なので、それに反発する素振りは見せない。
なんとなくその言動が気持ちよかったのか、身震いをする百々刀をさておき、真於はこちらに来た本来の目的を話すことにする。
「昨日話したあの一件、一天上が来るまでの間だけなら受けてやってもいいと思ってる」
「……っ!? それは本当ですかッ!?」
「まぁ待てい。これには条件があるのじゃ」
虎崎は バンッ!と机を強く叩き、瞳に喜びの色を帯びて勢いよく立ち上がる。
それを落ち着かせるように、百々刀はニヤニヤと怪しい笑みを浮かべながら手を広げ、真於の言葉を待つ。
「俺たちに一人づつ月に五百万円、現金で給料として支給する。これが……俺たちがこの国直属の人形兵器となる条件だ!」
「なぁぁっ……!?」
彼はあまりにも“がめつい条件”に言葉を失う。
その様子を見て二人は大きく歪んだ笑顔をニヤニヤと浮かべるのであった。




