表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法劣等生による神式攻略 ――攻略不能レイドは、やる気なしの劣等生に託された――  作者: 龍虎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/12

第10話 沈黙ペナルティ

『沈黙ペナルティを開始します』


 その表示と同時に、全員のATが白く染まった。警告、推奨、補助、解析、経路、成功率、失敗率、危険度、最適行動。文字が文字を押し流し、次の文字がその上に重なる。画面を閉じようとしても閉じられない。視界の端に追いやっても、補助層から浮かび上がる。


 単なる情報過多ではなかった。ログの中には、確かに正しいものが混じっている。


『司書官グリモア、現在位置:北東書架群』

『白羊院ユイカ、加速経路候補三件』

『久我ハルト、熱量残留による影生成可能』

『早見ナツメ、ログ分類処理適性あり』

『瀬尾リクト、低出力タグ残数五』

『教師拘束強度、上昇中』


 どれも嘘ではない。だが、その下に続く一文だけが違っていた。


『白羊院ユイカは単独先行せよ』

『久我ハルトは拘束解除のため熱量術式を再実行せよ』

『早見ナツメは全ログを完全読解せよ』

『瀬尾リクトは安全経路へ退避せよ』

『神代カイは発言を控え、状況観察を継続せよ』


 カイは奥歯を噛んだ。


「最後だけ、殺しに来てる」


 小さな声だったが、ナツメが拾った。


「最後だけ……?」

「位置情報は合ってる。適性も合ってる。残数も合ってる。でも、行動指示だけが分断向きだ」

「分断向き……」

「白羊院は前に出る。久我は撃つ。お前はログに埋まる。リクトは出口へ行く。俺は黙る。全員が別々の正解を信じて、全員が死ぬ」


 言いながら、カイは自分の喉が乾いていくのを感じた。分かっている。分かってしまった。黙っていれば、図書館が代わりに命令を配る。しかもそれは、完全な嘘ではない。各自が自分で納得できる程度に正しい命令だ。


 だから、止めなければならない。

 自分が。


「神代くん!」


 ユイカの声が響く。彼女のATには、三本の加速経路が表示されていた。どれも教師へ近づける道に見える。しかも、さっきのような明らかな位相罠ではない。足場はある。音も返る。視界情報とも一致している。


 だが、三本ともユイカだけが通れる速度で設計されていた。


「この経路、本当に全部だめなの?」

「だめというか、行けば戻れない」

「でも先生の拘束が強くなっているわ」

「分かってる」

「分かってるなら!」


 ユイカは言いかけて、声を抑えた。図書館のルールを思い出したのだ。唇を噛み、導杖を握る手に力を込める。


 ハルトの方でも、ATが赤く明滅していた。


『拘束文字列、熱耐性低下箇所あり』

『再干渉成功率:六十八パーセント』

『推奨:熱量術式再起動』

『注意:遅延により教師の術式回路損傷リスク増大』


「くそっ……!」


 ハルトは導杖を握り直した。撃てば危険だと分かっている。だが、撃たなければ教師の拘束が強まる。ログはそこを突いてくる。


「神代、これも罠か」

「罠だ」

「どこが」

「成功率が高すぎる」

「理由になってねえ」

「この状況で六十八パーセントなんて出すログは、撃たせたいログだ」

「だから、理由になってねえって言ってんだよ!」


 ハルトの声が荒くなり、黒い文字列が床で跳ねた。彼はすぐに口を閉じる。悔しそうに、だが導杖は下げない。


 ナツメは完全に別の地獄にいた。彼女のATには、全員分のログが統合表示されている。解析担当として、読もうと思えば読める。いや、読めてしまう。だからこそ危険だった。


『未読ログ:三百二十七』

『未読ログ増加中』

『完全読解により矛盾判定可能』

『処理遅延はパーティ全体の危険度を上昇させます』


 ナツメの呼吸が浅くなる。彼女は指を動かし、ログを分類しようとしていた。だが、読むほど増える。拾うほど流れ込む。まるで、図書館そのものが「読め」と命じているようだった。


「早見、読むな」


 カイが言った。


「でも、読まないと分類できません」

「全部読むな。全部読ませるのが罠だ」

「でも、未読が増えれば危険度が――」

「その危険度表示を信用するな」

「信用しないなら、何を基準にすればいいんですか!」


 ナツメの声が少し震えた。冷静な解析特化生の声ではない。責任に押し潰されかけている声だった。


 カイは答えられなかった。答えはある。分類しろ。真偽ではなく、誘導対象で分けろ。誰をどこへ動かしたいログなのかを見る。そう言えばいい。言えば、ナツメは従うだろう。


 それは指揮だ。


 言えない。


 その間にも、リクトの周囲には新しい扉が開きかけていた。さっきとは別の位置。今度は白い光ではない。古い木製の扉。旧校舎の資料保管庫にあった扉と、ほとんど同じ形だった。


『退避経路を再算出』

『先ほどの経路は危険と判定』

『代替安全経路を提示します』

『瀬尾リクトの生存率上昇』


「……今度は、本物っぽいの出してきやがった」


 リクトは乾いた笑いを漏らした。


「さっきの見た後に、また行くわけないだろって思うだろ? でもさ、これ、すげえ嫌なんだけど、本当に旧校舎の扉に見えるんだよ」


「見るな」


 カイは言った。


「分かってる。でも、見えるんだよ。見ないようにしても、視界の端に入る。ATにも出る。俺がここにいない方がいいって、ずっと言ってくる」


 リクトの手には、まだ符式端末が残っている。低出力タグ。派手な攻撃力はない。上位クラスの生徒から見れば、補助にも満たない小さな道具だ。だが、さっきリクトを救ったのは、それだった。


 カイは分かっている。リクトを退避させてはいけない。あのタグが必要だ。だが、それを言うことは、リクトに「残れ」と命じることになる。


 怖くても。弱くても。死ぬかもしれなくても。


 カイは拳を握りしめた。


『現実は、リトライできない』


 兄の声が、何度も鳴る。


 指示すれば、誰かが危険な場所へ行く。自分の判断で、誰かが傷つく。自分の言葉が、誰かの運命を変える。その結果を、もう一度見ることになる。


 でも、黙っていれば。


 黙っていれば、図書館が代わりに命令する。


 グリモアの白紙の顔に、文字が浮かんだ。


『応答なし』

『代替攻略情報を継続配布』

『閲覧者は各自、最適行動を選択してください』


 その瞬間、全員のATにまた別々のログが走った。


『白羊院ユイカ:加速開始まで三秒』

『久我ハルト:熱量術式再起動推奨』

『早見ナツメ:未読ログ処理を優先』

『瀬尾リクト:後方退避を選択』

『神代カイ:沈黙維持』


 カイは吐き気を覚えた。


 これは攻略情報ではない。命令だ。命令に見えない形に整えられた、図書館からの命令。人間が自分の意思で選んだと思えるように調整された誘導。


 ユイカが足を踏み出しかける。ハルトの導杖が赤く光る。ナツメの指が未読ログへ伸びる。リクトが旧校舎の扉を見る。

 全員が、別々の正解へ向かう。


「カイ」


 リクトが言った。

 その声だけが、ログの雪崩の中で妙にはっきり聞こえた。


「頼む」


 カイはリクトを見る。リクトは笑っていなかった。いつもの軽口もない。顔色は悪く、膝も震えている。それでも、彼はカイから目を逸らさなかった。


「お前が黙ってたら、俺たち死ぬ」


 その言葉は、責めていなかった。命令でもなかった。ただの事実だった。

 カイの喉が詰まる。


「俺は……」


「分かってる。お前が嫌なのは、なんとなく分かる。何があったのかは知らないけど、お前がこういうのを避けてたのも、たぶん分かる」


 リクトは震える息を吐いた。


「でもさ、今は無理だ。お前が何も言わないと、あの図書館が勝手に俺たちへ正解っぽい嘘を配ってくる。俺、さっきそれに引っかかった。たぶん、また引っかかる」


「瀬尾……」


 ナツメが小さく名前を呼ぶ。

 リクトはカイだけを見ていた。


「だから頼む。命令でもいい。独り言でもいい。言ってくれ。俺、そっちを聞くから」


 カイは何も言えなかった。

 そこへ、ユイカの声が重なる。


「神代くん」


 彼女もまた、導杖を下げていた。足元には加速術式紋が残っている。行こうと思えば、今すぐ行ける。それでも、彼女は踏み出さずにカイを見ていた。


「分かっているなら言いなさい」


 その声は、怒っていた。けれど、それ以上に真剣だった。


「黙って見殺しにされる方が、ずっと嫌」


 カイの胸に、その言葉が突き刺さった。


 見殺し。


 それは、カイが一番恐れていた言葉だった。指示すれば、自分が誰かを危険へ送る。だから黙る。黙っていれば、自分は誰も動かしていない。そう思っていた。


 だが、違う。

 黙っていることも、選択だった。


 自分が黙ったせいで、図書館が命令する。自分が責任から逃げた隙間に、グリモアが入り込む。なら、それは見殺しと何が違う。


 ハルトが低く言った。


「俺は、お前が気に入らねえ」


 カイは顔を上げる。


「急に何だよ」

「劣等生のくせに、何でも見透かした顔をしてる。なのに肝心なところで黙る。正直、むかつく」


 ハルトは導杖を握る手に力を込めた。


「でも、今のログよりは、お前の方がまだ信用できる。少なくとも、お前は俺たちを都合よく褒めて殺しに来ない」


「久我……」


「勘違いするな。従うって決めたわけじゃねえ。だが、言え。撃つなって言うなら、撃つなと言え。理由も言え」


 ナツメも、未読ログから指を離した。額には汗が滲んでいる。


「神代くん。私は全部読むべきだと思っていました。でも、読めば読むほど、何を選べばいいか分からなくなっています。あなたが見ている基準を教えてください。私が、それを分類します」


 カイは息を吸った。


 ログはまだ降っている。ATは白く点滅し、視界の隅で偽の攻略情報が増殖している。司書官グリモアは静かに本を開いたまま、こちらを見ている。いや、読んでいる。


 カイは目を閉じた。


 兄の声がする。


『現実は、リトライできない』


 分かっている。


 だからこそ、間違えられない。だからこそ、逃げられない。ゲームならワイプして次に行けばいい。だが、ここでは一回のミスが誰かの傷になる。なら、見るしかない。全部見て、少しでも生き残る手順を選ぶしかない。


 カイは目を開けた。


「ログを消すな」


 全員が息を止める。


「信じるな」


 カイの声は、まだ震えていた。けれど、さっきまでのように喉で詰まってはいない。


「内容じゃなく、意図を見ろ」


 ナツメの目が見開かれる。


「意図……」

「このログが正しいかどうかを考えるな。誰を、どこへ、どう動かそうとしているかだけ見ろ。白羊院を前に出したいログ。久我に撃たせたいログ。ナツメに読ませたいログ。リクトを逃がしたいログ。俺を黙らせたいログ。まずそこに分けろ」

「分類軸を、真偽ではなく誘導対象へ変更……」

「そうだ。真偽判定は後でいい。今は、グリモアが何をさせたいかだけ拾え」


 ナツメの指が動き出す。さっきまでログに押し潰されていた動きではない。目的を持った操作だった。


「了解。誘導対象別に分類します。白羊院さん用、久我くん用、瀬尾くん用、私用、神代くん用。あと、全体向け」

「全体向けは一番疑え」

「なぜですか」

「全員に正しく見える情報は、全員を同時に壊す時に使う」


 ナツメは一瞬だけ息を呑み、それから頷いた。


「分かりました」


 カイはハルトを見る。


「久我、撃つな」

「理由」

「お前の火力は強い。だからログが一番使いたがってる。今撃てば、教師の拘束じゃなく書架の管理強度を上げる」

「じゃあ俺は何をする」

「熱を出すな。影を作れ」

「は?」

「炎じゃない。光源だ。熱量を拡散させて、書架の影を伸ばせ。偽の通路と本物の床は、影の落ち方がズレる」

「俺に照明役をやれってか」

「そうだ」

「火力役に向かって、よく言うな」


 ハルトは苦々しく笑った。だが、導杖の赤い光を抑える。炎に変わりかけていた熱が、淡い光へ変換された。書架の影が、床の上へ長く伸びる。その影の一部だけが、不自然に曲がっていた。


 カイは次にユイカを見る。


「白羊院、最速で走るな」

「救助には速度が必要よ」

「今のお前の速度は、グリモアが一番読みやすい。速いほど孤立する。全員が追える速度まで落とせ」

「私に、遅く走れと?」

「違う。座標基準になれ。お前が先に消えたら、ナツメの分類も、久我の影も、リクトのタグも基準を失う」

「……私が基準」


 ユイカはその言葉を反芻した。突撃役ではなく、基準。前に出て敵を砕くのではなく、全員が見失わない速度で進む役割。


 彼女は小さく息を吐いた。


「分かったわ。今は、合わせる」

「リクト」


 カイが呼ぶと、リクトはびくりと肩を跳ねさせた。


「お、おう」

「扉を見るな。タグを持て」

「見るなって言われても見えるんだよ」

「じゃあ俺を見るな。左の書架だけ見ろ」

「お前を見るなって言われたら、なんかそれはそれで不安なんだけど」

「黙って書架を見ろ。床は信用するな。タグは側面。背表紙じゃなく板の継ぎ目」

「注文多いな」

「できるか」

「……できるかじゃなくて、やるしかないやつだろ」


 リクトは震える手でタグを取り出した。指先はまだ落ち着いていない。それでも、さっきより目ははっきりしている。


 カイは最後に、自分のATを見る。ナビィがそこにいた。彼女はいつものように笑っていない。ただ、真剣な顔でカイを見ている。


「ナビィ」

「はい!」

「余計なログは読むな。俺が聞いた時だけ答えろ」

「了解です」

「あと、俺の過去ログを勝手に出したら消す」

「それは本当にごめんなさい!」


 そのやり取りに、ほんの少しだけリクトが笑った。ユイカも息を整え、ハルトは導杖の出力を光へ変え、ナツメはログ分類を進める。ばらばらに誘導されていた線が、少しずつ一本に戻っていく。

 司書官グリモアの白紙の顔に、新しい文字が浮かんだ。


『正式応答を確認』

『暫定指揮者:神代カイ』

『閲覧フェーズ、継続』

『管理フェーズへの移行準備』


 カイはその表示を見て、深く息を吐いた。


「最悪だ」


 誰に聞かせるでもなく、そう呟く。


「本当に、最悪だ」


 だが、もう黙らない。


 逃げ続けていた少年は、仕方なく現実の盤面へ戻った。

良ければブックマーク、評価、レビュー、リアクションして頂けるとありがたいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ