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姉の方を所望していたと言った婚約者に、突然連れ帰られて気づいたら溺愛されています  作者: もちもちほっぺ


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9

朝の雑用を終えてリリアーナが地下室に戻ると、扉が開いていた。


おかしいと思いながら入ると、イザベラが寝台に腰かけていた。

脚を組んで、背もたれに寄りかかって、手にパンを一つ持っていた。


丸いパンだった。昨日の残りだろうか、少し固そうだったが、それでもパンだった。


リリアーナの胃が、音もなく反応した。

今日は朝から何も食べていなかった。雑用の間中、ずっとそのことを考えないようにしていた。


「昨日はおかしかったから」


イザベラは言った。


「特別にパンを持ってきてあげたわ」


リリアーナは黙っていた。


「感謝しなさいよ」


「……ありがとうございます」


イザベラは少し笑って、パンを持ったまま立ち上がった。


そのまま床に、ぽとりと落とした。


リリアーナは目で追った。パンが石造りの床に落ちて、ころりと転がった。

イザベラの足が、その上に乗った。

ぐり、と踏んだ。

靴の底がパンに沈む音がした。


「みててあげるから、食べなさい」


リリアーナは踏まれたパンを見た。

イザベラの靴の跡がついていた。石床の汚れが、白いパンの表面についていた。


お腹が空いていた。

朝から何も食べていなかった。


リリアーナはしゃがんだ。

踏まれたパンを拾い上げた。外套のポケットに手を入れて、昨夜作った小さな陶器の器を取り出した。蓋を開けると、飴色のメープルシロップが光った。


「……それ持ち歩いてるの」


イザベラの声が、少し変わった。

リリアーナは答えなかった。

指先でシロップをすくって、踏まれたパンの上に伸ばした。靴跡のついた面に、薄く、丁寧に。


それから、食べた。

甘かった。


パンは固くて、石床の汚れの味が少しした。でもメープルシロップの甘さが、それをどこかへ押しやってくれた。

濃くて、丸くて、木の香りのする甘さが、口の中に広がった。

もう一口食べた。


また甘かった。

イザベラが何も言わなかった。

リリアーナは構わずに食べた。お腹が空いていたから。踏まれていても、パンはパンだった。メープルシロップがあれば、少しだけ、食べられた。


食べ終わって、器の蓋を閉めて、ポケットにしまった。


立ち上がったイザベラが、高らかに笑った。


「あははは! 踏んだパンを! 木の樹液をつけて! ありがたそうに食べて!」


笑い声が、石造りの地下室に響いた。

リリアーナは笑い声を聞きながら、口の中に残ったメープルシロップの甘さを確かめた。

まだ甘かった。


「みじめすぎて笑えるわ」


イザベラは笑いながら言った。


「昨日は台所で木べらをぺろぺろして、今日は踏んだパンに木の樹液をつけて食べて。あなたって本当に、何なの」


リリアーナは「ありがとうございました」と言った。

イザベラの笑いが、一瞬だけ止まった。


「……何が」


「パンを、いただきましたので」


イザベラはしばらくリリアーナを見ていた。それからまた笑った。今度は少し、力の抜けた笑いだった。


「……どうかしてるわ、あなた」


踵を返して、出ていった。

扉が閉まった。


笑い声が廊下を遠ざかって、消えた。


リリアーナは一人になって、ポケットの器に触れた。

まだ少し残っている。

今夜また、楓の木に仕掛けを確認しに行こうと思った。


お腹は、まだ少し空いていた。

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