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姉の方を所望していたと言った婚約者に、突然連れ帰られて気づいたら溺愛されています  作者: もちもちほっぺ


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6

老婆。

その言葉が、頭の中に落ちた。

静かに、でも確かに、落ちた。


父がまた咳払いをした。今度は少し強く。クライドが気づいたのか、侍従への耳打ちをやめた。


室内に、気まずい沈黙が漂った。


暖炉の火が、ぱちりと音を立てた。

リリアーナは床を見たままだった。顔を上げられなかった。顔を上げたら、誰かと目が合う。父かもしれないし、母かもしれないし、クライドかもしれない。どれも、今は無理だった。


「……その点については」


父が、絞り出すような声で言った。


「今後、努力させます」


努力。

何を努力するのか、具体的には言わなかった。言えなかったのだろうと思う。リリアーナも、聞かなかった。


「婚約の再考をお願いしたい」


クライドの声は、今度は普通の音量だった。父に向かって、はっきりと言った。


「この縁談については、再検討の余地があるかと思われます」


父が「契約上、難しい状況でして」と答えた。

母が窓の外を見続けていた。


イザベラが扇で口元を隠して、小さく笑った。笑い声は立てなかったが、目が笑っていた。

リリアーナは床を見ていた。


二人の会話は続いたが、もうほとんど耳に届いていなかった。老婆、という言葉が、頭の中でゆっくりと回り続けていた。


老婆のようだ。

遠目に見ると、老婆のようだ。


そうだろうと思った。

鏡を見るたびに思っていた。でも自分で思うのと、他人に言われるのは、少し違った。


自分で思う時は、どうにもならないという諦めがあった。

他人に言われる時は、その諦めがすとんと胃の底に落ちる感覚があった。


応接室を出る時、クライドとすれ違った。

クライドはリリアーナを見なかった。

リリアーナも、クライドを見なかった。


廊下へ出ると、イザベラが並んできた。わざわざ並びに来たのだ。リリアーナにはわかった。


「ねえ、聞こえてたでしょ」


「……はい」


「私の方がよかったんですって」


イザベラは囁いた。


「みじめねえ、リリアーナ。老婆みたいって」


リリアーナは何も言わなかった。


「まあ、私は王子殿下とご縁をいただく予定だから、あんな軍人はいらないけれど」


イザベラは続けた。


「公爵家の嫡男でも、所詮は軍人よ。王子殿下とは格が違うわ。あなたにはちょうどいいんじゃないかしら、あの程度で」


廊下の角を曲がって、イザベラの足音が遠ざかった。

リリアーナは廊下に一人残された。


窓の外、侯爵家の庭が見えた。

乾いた土。咲かない花壇。枯れかけた草。庭師が今日もしゃがんで土をほぐしていたが、土はぱさぱさとこぼれ落ちるばかりだった。


老婆のようだ、という言葉が、まだ頭の中にあった。

本来であれば、姉の方を所望していた、という言葉も。


知っていた。

自分でも知っていたことだから、驚きはなかった。驚きはなかったはずなのに、それでも胃の底が少し冷えた。

他人の口から言われると、知っていたことが改めて事実になる感覚があった。知っていた霧が、言葉によって形を持つような。


腹が、鳴った。

今日は朝から何も食べていない。


リリアーナは窓から目を離して、地下への階段を降りていった。

降りながら、今夜の食事が来るかどうかを考えた。

来るかもしれない。来ないかもしれない。

それだけを考えた。


老婆のようだという言葉は、階段を降りるうちに、胃の底のじくじくした感覚の中に沈んでいった。

他の言葉たちと一緒に。イザベラの「みじめねえ」と一緒に。母親の「首輪はついているわね」と一緒に。

全部、沈んでいった。


慣れている、とリリアーナは思った。

慣れていた。


地下室の扉を開けると、薄暗い部屋があった。古びた寝台と、ぐらつく机。


部屋の中を、小さなアリが歩いていた。

どこかへ向かって、まっすぐに、迷いなく。


リリアーナはそれをしばらく眺めて、それから寝台の端に腰かけた。


背筋を伸ばして。

膝の上に手を置いて。

静かに、夜を待った。

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