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姉の方を所望していたと言った婚約者に、突然連れ帰られて気づいたら溺愛されています  作者: もちもちほっぺ


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4

それきり母親はリリアーナを置いて立ち去り、翌日にはいつもの無関心な顔に戻っていた。


なぜこんなに大切なのか、理由は教えてもらえなかった。

お守りのようなものだと、リリアーナは思っていた。精霊への供物か、家の守護か、あるいは母親にとって何か個人的な意味があるのか。詳しいことはわからないが、大切なものなのだろうと。


だから外したいと思ったことは、一度もなかった。

これが母親から向けられる、ほとんど唯一の関心だったから。


首輪がそこにある限り、母親は廊下で足を止める。確認する。安堵する。それだけだが、それがなくなったらどうなるかを、リリアーナは考えたくなかった。


地味な革紐に、地味な石。

イザベラは「みすぼらしい」と言った。確かに、宝石を身につける侯爵令嬢の装飾品としては、あまりにも地味すぎた。でもリリアーナには関係がなかった。これは飾りではないから。


首に触れると、革紐の感触がある。

石はいつも、体温と同じくらいに温かかった。




その日の昼過ぎ、母親が食堂から出てくるところに行き合わせた。

昼餐を終えたばかりらしく、侍女を連れていた。リリアーナの方を向いた時、一瞬だけ、母親の顔が動いた。


何かを言いかけたように見えた。

口が、かすかに開いた。

リリアーナは立ち止まって、母親を見た。


何を言われるのだろうと思った。

名前を呼ばれるかもしれないと思った。「元気にしているの」と聞かれるかもしれないと思った。そんなことはほとんどないとわかっていても、かすかに、ほんのかすかに、思ってしまった。


母親の視線が、リリアーナの首元へ向かった。

革紐を確認した。石を確認した。


「……首輪はついているわね」


「はい」


「そう」


母親は侍女を連れて歩き出した。

廊下に一人残されて、リリアーナはしばらく動けなかった。

別に、何も期待していなかった。


期待していなかったはずなのに、口が「はい」と答えた後に、胸の奥が少しだけ冷えた気がした。


これが普通だと、知っている。

これ以外を、知らなかった。


リリアーナは背筋を伸ばして、廊下を歩き出した。

今日の夕食が来るかどうかを、考えながら。





夕方、イザベラが地下室に来た。

今日は手ぶらだった。食べかけの皿はない。ただリリアーナを見下ろして、腕を組んで、部屋を見渡した。


「今日は何もないわよ」


「……そうですか」


「昨日の残飯、美味しかったでしょ」


「はい」


「感謝してる?」


リリアーナは少し間を置いて、「はい」と答えた。

イザベラは満足そうに頷いた。


「じゃあ、その首輪、ちょうだい」


リリアーナは顔を上げた。

イザベラが首輪を指さしていた。細い指が、リリアーナの首輪を指していた。


「みすぼらしくて見ていられないのよ、それ。あなたが持っているよりも、私が持った方がよっぽどいいでしょ。宝石箱にしまっておいてあげる」


リリアーナは何も言わなかった。


「聞こえてる?」


「……外せません」


「なぜ」


「お母様が、外してはいけないと」


イザベラは少し眉をひそめた。それから、ふっと笑った。


「お母様があなたを気にかけているとでも思ってるの? 首輪が気になるだけよ。あなたじゃなくて」


リリアーナは黙っていた。


「まあいいわ」


イザベラは肩をすくめた。


「みすぼらしいものはみすぼらしいままでいれば。あなたらしくて丁度いいじゃない」


踵を返して、出ていった。

扉が閉まった。


リリアーナは首輪に触れた。


革紐の感触。石の温かさ。

イザベラの言葉が、頭の中で静かに反響した。


お母様があなたを気にかけているとでも思ってるの? 首輪が気になるだけよ。あなたじゃなくて。


知っていた。

知っていたから、何も言い返せなかった。

腹が、鳴った。

今日の夕食は、来なかった。





夜、リリアーナは寝台に横になって、天井を見た。


石造りの天井は、ひびが入っている。去年からあるひびで、雨の日には染みが広がる。今日は雨ではないから、乾いた灰色のままだ。

首輪に触れた。

石はいつも通り、体温と同じくらいに温かかった。


外してはいけない。約束した。


だからこれはずっと、ここにある。

それだけのことだと、リリアーナは思った。

それだけのことなのに、なぜかその夜は、首輪の温かさが少しだけ、心強かった。


暗い部屋の中で、リリアーナはそっと目を閉じた。


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