表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姉の方を所望していたと言った婚約者に、突然連れ帰られて気づいたら溺愛されています  作者: もちもちほっぺ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/42

30

翌日の午後、ルシアンが書斎に来た。

手に書類の束を持っていた。


「調査結果が出た」


クライドは立ち上がった。

ルシアンはテーブルに書類を広げた。


「使用人への聞き取り、食事の記録、居住環境の調査。王子の権限を使って全部まとめた」


クライドは書類を手に取った。

読み始めた。

最初のページに、食事の記録があった。


リリアーナに与えられていた食事の記録。一日一食、それも残り物や食べかけが中心。数日に一度、食事が全く来ない日がある。そういう記録が、何年にもわたって続いていた。


次のページに、居住環境の記録があった。

地下の物置部屋。石造りの壁。冬は霜が降り、夏は湿気が充満する。家具は古びた寝台とぐらつく机だけ。

次のページに、使用人の証言があった。


「お嬢様には雑用を押し付けておりました。料理人の手が足りない時、使用人が忙しい時、いつもお嬢様に頼んでいました」


「断られたことはありませんでした。断りかけた時に食事を止めたら、それ以来何も言わなくなりました」


「可哀想だとは思いましたが、奥様のご指示でしたので」


クライドは書類を読む手を止めた。

断りかけた時に食事を止めた。

それ以来何も言わなくなった。


「続きを」


ルシアンが静かに言った。

クライドはページをめくった。

イザベラの証言があった。


「妹の食事は私が気まぐれに持っていくこともありました。食べかけですが。妹は毎回ありがとうございますと言いました」


気まぐれに。食べかけを。

踏んだパンを、ありがとうございますと言って食べていた娘のことを、クライドは思った。


ページをめくった。

母親の証言があった。


「首輪を外さないよう、常に確認しておりました。娘の体調や食事については、使用人に任せておりました」


娘の体調や食事については、使用人に任せていた。

クライドは書類を置いた。

しばらく、テーブルの上の書類を見ていた。


「……全部で、何年だ」


「十年以上」


ルシアンは答えた。


「物置部屋に移されたのが五、六歳の頃だという証言がある」


五、六歳。

クライドは目を閉じた。

五、六歳から。十年以上。

地下室に住んで、食べかけをもらって、雑用をこなして、たちくらみを起こしながら脚立に上って。


「それから」


ルシアンが続けた。


「もう一つある」


「なんだ」


「お前が最初にリリアーナ嬢と顔合わせをした時に言った言葉、覚えているか」


クライドは黙った。


「老婆のようだ。姉の方がよかった」


ルシアンは静かに言った。


「社交界は狭い」


ルシアンは続けた。


「昨夜の令嬢は、誰かから聞いたんだろう。そしてリリアーナ嬢は、ああいう場でそれを言われる可能性がある。これからも」


クライドは窓の外を見た。

庭が見えた。

リリアーナが花壇の縁にしゃがんでいた。今日も虫を探しているのだろう。


五、六歳から十年以上、地下室に住んでいた娘。

食べかけを「ありがとうございます」と言って食べていた娘。


その娘に向かって、老婆のようだと言った。


しかも社交界に流れるような形で。


「……私は」


クライドはゆっくりと言った。


「あの時、あの娘がどういう状況にいるか、何も知らなかった」


「ああ」


「知らなかったが」


「ああ」


「……知らなかったことは、言い訳にならない」


ルシアンは何も言わなかった。

クライドは窓の外のリリアーナを見た。

しゃがんで、土に指を入れて、真剣な顔で何かを探していた。


あの顔で、昨夜の令嬢の言葉を「本音ですから仕方ない」と笑って飲み込んでいた。

飲み込み慣れているから、あんな顔ができる。


「首輪の調査も進んでいる」


クライドは言った。


「もうすぐ確信が持てる」


「ああ」


「確信が持てたら、リリアーナに話す」


「それから?」


クライドは窓の外から目を離さなかった。


「それから、あの首輪を外す」


ルシアンは頷いた。


「夜会は、これからもある」


「わかっている」


「次も令嬢が何か言うかもしれない」


「わかっている」


クライドは静かに言った。


「その時は、私が答える」


ルシアンはしばらくクライドを見ていた。

それから、小さく笑った。

「そうか」とだけ言った。


窓の外、リリアーナが何かをつまんで、口に入れた。

真剣な顔で、もぐもぐしていた。


クライドは少しの間、その顔を見ていた。

それから書類を手に取って、続きを読み始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ