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翌日の午後、ルシアンが書斎に来た。
手に書類の束を持っていた。
「調査結果が出た」
クライドは立ち上がった。
ルシアンはテーブルに書類を広げた。
「使用人への聞き取り、食事の記録、居住環境の調査。王子の権限を使って全部まとめた」
クライドは書類を手に取った。
読み始めた。
最初のページに、食事の記録があった。
リリアーナに与えられていた食事の記録。一日一食、それも残り物や食べかけが中心。数日に一度、食事が全く来ない日がある。そういう記録が、何年にもわたって続いていた。
次のページに、居住環境の記録があった。
地下の物置部屋。石造りの壁。冬は霜が降り、夏は湿気が充満する。家具は古びた寝台とぐらつく机だけ。
次のページに、使用人の証言があった。
「お嬢様には雑用を押し付けておりました。料理人の手が足りない時、使用人が忙しい時、いつもお嬢様に頼んでいました」
「断られたことはありませんでした。断りかけた時に食事を止めたら、それ以来何も言わなくなりました」
「可哀想だとは思いましたが、奥様のご指示でしたので」
クライドは書類を読む手を止めた。
断りかけた時に食事を止めた。
それ以来何も言わなくなった。
「続きを」
ルシアンが静かに言った。
クライドはページをめくった。
イザベラの証言があった。
「妹の食事は私が気まぐれに持っていくこともありました。食べかけですが。妹は毎回ありがとうございますと言いました」
気まぐれに。食べかけを。
踏んだパンを、ありがとうございますと言って食べていた娘のことを、クライドは思った。
ページをめくった。
母親の証言があった。
「首輪を外さないよう、常に確認しておりました。娘の体調や食事については、使用人に任せておりました」
娘の体調や食事については、使用人に任せていた。
クライドは書類を置いた。
しばらく、テーブルの上の書類を見ていた。
「……全部で、何年だ」
「十年以上」
ルシアンは答えた。
「物置部屋に移されたのが五、六歳の頃だという証言がある」
五、六歳。
クライドは目を閉じた。
五、六歳から。十年以上。
地下室に住んで、食べかけをもらって、雑用をこなして、たちくらみを起こしながら脚立に上って。
「それから」
ルシアンが続けた。
「もう一つある」
「なんだ」
「お前が最初にリリアーナ嬢と顔合わせをした時に言った言葉、覚えているか」
クライドは黙った。
「老婆のようだ。姉の方がよかった」
ルシアンは静かに言った。
「社交界は狭い」
ルシアンは続けた。
「昨夜の令嬢は、誰かから聞いたんだろう。そしてリリアーナ嬢は、ああいう場でそれを言われる可能性がある。これからも」
クライドは窓の外を見た。
庭が見えた。
リリアーナが花壇の縁にしゃがんでいた。今日も虫を探しているのだろう。
五、六歳から十年以上、地下室に住んでいた娘。
食べかけを「ありがとうございます」と言って食べていた娘。
その娘に向かって、老婆のようだと言った。
しかも社交界に流れるような形で。
「……私は」
クライドはゆっくりと言った。
「あの時、あの娘がどういう状況にいるか、何も知らなかった」
「ああ」
「知らなかったが」
「ああ」
「……知らなかったことは、言い訳にならない」
ルシアンは何も言わなかった。
クライドは窓の外のリリアーナを見た。
しゃがんで、土に指を入れて、真剣な顔で何かを探していた。
あの顔で、昨夜の令嬢の言葉を「本音ですから仕方ない」と笑って飲み込んでいた。
飲み込み慣れているから、あんな顔ができる。
「首輪の調査も進んでいる」
クライドは言った。
「もうすぐ確信が持てる」
「ああ」
「確信が持てたら、リリアーナに話す」
「それから?」
クライドは窓の外から目を離さなかった。
「それから、あの首輪を外す」
ルシアンは頷いた。
「夜会は、これからもある」
「わかっている」
「次も令嬢が何か言うかもしれない」
「わかっている」
クライドは静かに言った。
「その時は、私が答える」
ルシアンはしばらくクライドを見ていた。
それから、小さく笑った。
「そうか」とだけ言った。
窓の外、リリアーナが何かをつまんで、口に入れた。
真剣な顔で、もぐもぐしていた。
クライドは少しの間、その顔を見ていた。
それから書類を手に取って、続きを読み始めた。




