19
翌朝、リリアーナは早く目が覚めた。
暖炉の火は落ちていたが、部屋はまだ温かかった。白いシーツの柔らかさが、昨夜と変わらずそこにあった。
しばらく天井を見ていた。
地下室の天井ではなかった。ひびも、染みも、なかった。
起き上がって、窓の外を見た。
庭が見えた。
朝の光の中に、手入れの行き届いた庭が広がっていた。生垣。花壇。石畳の小道。それから、草むら。
リリアーナは窓に手を当てた。
草むらの中に、何かいるだろうか。
着替えを済ませて、そっと庭へ出た。
朝露が草の上に光っていた。石畳が、足の下で冷たかった。
花壇の縁に沿って歩いた。土を少し観察した。よく耕されていて、ベルテ侯爵家の乾いた土とは全然違った。それでも、土の中には虫がいる。
しゃがんで、指で土をほぐした。
いた。
丸々とした芋虫が、のんびりと土の中にいた。
リリアーナはそれをつまみ上げた。
「また芋虫か」
後ろから声がした。
振り返ると、クライドが立っていた。軍服に似た上着を着て、腕を組んで、リリアーナを見ていた。
「……おはようございます」
「ああ」
クライドは庭を見渡した。
「朝から出ていると思ったら」
「早起きなんです」
「芋虫を探しに」
「はい」
クライドは何も言わなかった。
リリアーナは芋虫を口に入れた。
クライドが、視線を生垣の方へ逸らした。
もぐもぐ。ごっくん。
「この土の芋虫は」
リリアーナは言った。
「ベルテ家の庭の芋虫より、少し風味が違います」
「……そうか」
「こちらの土の方が豊かだからかもしれません。深みがあって、カスタードというよりバタークリームに近い感じで」
「……そうか」
「クライド様も——」
「いらん」
「まだ何も言っていません」
「芋虫を勧めようとしていただろう」
「……はい」
クライドは生垣から視線を戻した。
「散歩するか」
リリアーナは少し驚いた。
「……よろしいんですか」
「婚約者の教育には、庭の散歩も含まれる」
「虫を食べながらでも」
「……含まれる」
リリアーナは「はい」と言って、立ち上がった。
二人で石畳の小道を歩いた。
クライドは歩幅を合わせていた。意識しているのかいないのか、リリアーナの歩みに自然に合わせていた。
しばらく、二人とも無言だった。
朝の庭は静かだった。鳥の声がして、風が生垣を揺らして、石畳の先で噴水が静かに水を落としていた。
草むらの前を通った時、リリアーナの足が止まった。
バッタがいた。
緑色の、丸々としたバッタが、草の葉の上に止まっていた。
リリアーナはそっと手を伸ばした。
捕まえた。
口に入れた。
クライドが、視線を噴水の方へ逸らした。
もぐもぐ。ごっくん。
「バッタです」
リリアーナは言った。
「見ていない」
「朝のバッタは、夕方より少し軽い風味がします。露を含んでいるからかもしれません。ナッツというより、もう少し爽やかで——」
「朝食をとってから出てこなかったのか」
「目が覚めたら庭が気になってしまって」
クライドは溜息をついた。
「次からは朝食を先にしろ」
「はい」
「それから庭に出るなら、一人で出るな」
リリアーナは少し考えた。
「……クライド様も一緒に来てくださるんですか」
「婚約者の教育だ」
「虫を食べるところを見ながら」
「……見ない」
「でも今朝も——」
「見ていない」
リリアーナは「はい」と言って、また歩き出した。
それから毎朝、二人で庭を歩くようになった。
クライドが先に庭に出ていることもあった。リリアーナが先に出ていることもあった。どちらともなく、自然に並んで歩いた。
歩きながら、リリアーナはときおり虫を見つけた。
見つけるたびに、食べた。
そのたびにクライドが視線を逸らした。
最初は、リリアーナが手を伸ばした瞬間に逸らした。
数日後には、口に入れた瞬間に逸らすようになった。
さらに数日後には、もぐもぐしている間は見ていて、飲み込んだ瞬間に逸らすようになった。
リリアーナはそのことに、特に何も言わなかった。
クライドも、特に何も言わなかった。




