17
公爵邸の門をくぐった瞬間、リリアーナは息を呑んだ。
広かった。
ベルテ侯爵家も決して小さくはなかったが、規模が違った。左右に伸びる石造りの外壁、整然と刈り込まれた生垣、玄関へ続くなだらかな石畳の道。
馬車が門をくぐってから玄関に着くまでに、しばらくかかった。
玄関の前には、すでに使用人たちが並んでいた。
クライドが馬車から降りると、執事が深く頭を下げた。
「お帰りなさいませ」
「客室を用意しろ。それと夕食を。今すぐ」
「かしこまりました」
執事の目がリリアーナに向いた。
土のついた膝を、くたびれたドレスを、ぱさついた髪を、一瞬だけ見た。しかし表情は変えなかった。深く頭を下げた。
「お嬢様、ようこそいらっしゃいました」
リリアーナは少し驚いた。
ベルテ侯爵家の使用人は、リリアーナにそういう挨拶をしなかった。
「……ありがとうございます」
通された部屋は、リリアーナの地下室とは別の世界だった。
天井が高かった。窓が大きかった。絨毯が厚くて、足音を吸い込んだ。暖炉が穏やかに燃えていて、部屋全体が柔らかく温かかった。
寝台は天蓋付きで、白いシーツが丁寧に整えられていた。
リリアーナは部屋の入口に立ったまま、動けなかった。
「どうした」
後ろからクライドの声がした。
「……広いですね」
「客室だ。おかしくはない」
「はい」
リリアーナは一歩、踏み込んだ。絨毯の感触が、靴越しに伝わった。柔らかかった。もう一歩、踏み込んだ。
暖炉の火が、ぱちりと音を立てた。
「まず食事にする。その後、湯浴みを」
クライドは言った。
「着替えも用意させる」
「……着替えも」
「ああ。まずは休め」
リリアーナは自分のドレスを見た。二年前のもので、腰がゆるく、袖が余る。土が膝についていた。
「申し訳ありません、みすぼらしい格好で」
「謝らなくていい」
クライドは振り返らずに言った。
「……では、誰に謝ればいいですか」
クライドが少し立ち止まった。
「誰にも謝らなくていい」
それだけ言って、歩き出した。
食堂に通された。
テーブルが長かった。椅子が並んでいた。燭台の灯りが、磨き上げられたテーブルの表面に映っていた。
クライドが上座に座った。リリアーナはその隣に案内された。
しばらくして、料理が運ばれてきた。
スープだった。琥珀色の澄んだスープで、湯気が立ち上っていた。いい香りがした。続いて、白身魚のソテーが来た。
それから柔らかく煮込んだ野菜の皿が来た。最後に、薄切りの仔羊のローストが来た。
リリアーナはテーブルの上を見た。
白い磁器の皿。磨かれたカトラリー。丁寧に畳まれたナプキン。
全部、自分のためのものだった。
食べかけではない。踏まれてもいない。誰かの残りでもない。
全部、自分のためだけに用意された料理だった。
リリアーナはしばらく、それを見ていた。
「……どうした」
「いただきます」
リリアーナはナプキンを膝に広げた。カトラリーを正しく持った。スープを音を立てずにすくった。
口に入れた。
温かかった。
じわりと、体の芯に温かさが広がった。出汁の旨味が、舌の上にゆっくりと広がった。塩加減が、ちょうどよかった。
もう一口、すくった。
また温かかった。
リリアーナは行儀よく、丁寧に食べた。急いでいるように見せたくなかった。みっともないと思われたくなかった。
カトラリーをきちんと持って、背筋を伸ばして、音を立てずに。
でも止まらなかった。
スープがなくなった。魚がなくなった。野菜がなくなった。
仔羊のローストが来た。
ハーブの香りがした。
以前、イザベラが「今日のディナーは仔羊のローストだった」と言いながら持ってきた、あの料理だと気づいた。
口に入れた。
柔らかかった。
じわりと脂が広がって、ハーブの香りが鼻に抜けた。
これが、ちゃんとした仔羊のローストの味なのだと思った。
冷めていない。食べかけでもない。
ただ、美味しかった。
「……食べられるか」
クライドの声がした。
「はい」
リリアーナは答えた。
「とても美味しいです」
クライドは何も言わなかった。
ただ、自分の皿に視線を落とした。
食事が終わりかけた頃、リリアーナの視線が、ふと窓の外へ向いた。




