15
沈黙が落ちた。
リリアーナはクライドを見たまま、口を動かした。
令嬢が、口の中のものを途中で出すわけにはいかないという、謎のプライドがはたらいた。
もぐもぐ。
もぐもぐ。
ごっくん。
「……いらっしゃいませ」
クライドが、口を開けた。
閉めた。
また開けた。
「……今、何を」
「芋虫です」
「生で」
「はい」
「今、口から、うねうねしていた」
「はい」
「……正気か」
リリアーナは少し首を傾けた。
「春の芋虫は特に脂がのっていて、濃くてクリーミーなんです。今日のは当たりでした」
クライドは何も言わなかった。
鉄面皮の公爵家嫡男が、言葉を失っていた。軍人として修羅場をくぐってきたはずの男が、庭にしゃがんだ細い娘に、完全に、言葉を失っていた。
「……あの」
クライドはしばらくしてから言った。
「お前は、その、普通に、そういうことを」
「はい」
「毎日」
「はい。お腹が空くので」
クライドの眉が、かすかに動いた。
「……お腹が、空く」
「はい」
また沈黙が落ちた。
クライドはリリアーナを見た。
ぱさついた髪。細い手首。頬のそげた輪郭。以前よりわずかに血の気が戻っているように見えたが、それでも貴族の令嬢としてはあまりにも。
「屋敷に食事はないのか」
「イザベラお姉様が先に召し上がりますので」
「……それだけか」
「はい。来ない日も、あります」
クライドは黙った。
長い沈黙だった。
庭師が遠くで土をほぐす音がした。ぱさぱさと、乾いた土がこぼれる音が。
「お前の、婚約者の見舞いに来たら」
クライドは静かに言った。
「なぜ夜会に来なかったと聞こうとしたら」
「はい」
「……口から芋虫がうねうねしている婚約者と目が合うとは思わなかった」
「申し訳ありません」
「謝る場所はそこではない」
リリアーナは少し考えた。
「では、どこでしょう」
「……わからん」
クライドは額に手を当てた。
「私にもわからん」
沈黙が落ちた。
クライドはリリアーナを見た。リリアーナはクライドを見た。
「お前は」
クライドがまた口を開いた。
「その芋虫を食べて、お腹を壊したりはしないのか」
「一度もありません」
「なぜ」
「わかりません。でも食べると力が湧くんです」
クライドの目が、細くなった。
査定の目ではなかった。何かを考えている目だった。軍人として、論理的に、説明のつかない事実を前にして、それでも説明しようとしている目だった。
「……食べると、力が湧く」
「はい。以前は雑用の途中でたちくらみをおこすことがありましたが、最近はなくなりました」
「以前は」クライドは繰り返した。「たちくらみを」
「はい」
「雑用の途中で」
「はい」
クライドはしばらく、黙っていた。
「……お前」
クライドはゆっくりと言った。
「夜会に来なかったのではなく」
「はい」
「来られなかったのか」
リリアーナは少し間を置いた。
「……招待されませんでした」
また、沈黙が落ちた。
今度は長かった。
クライドの顔から、何かが消えた。冷たさでも、無関心でも、値踏みでもない、もっと別の何かが、静かに顔に満ちてきた。
「ついてこい」
クライドが歩き出した。
リリアーナは土についた手を服で拭いて、立ち上がった。
「どちらへ」
「食事だ」
リリアーナは少し驚いて、クライドの背中を見た。
まっすぐな背中だった。振り返らずに、歩いていた。
「……芋虫の方が、美味しいかもしれませんが」
クライドが立ち止まった。
振り返った。
「黙ってついてこい」
リリアーナは「はい」と言って、歩き出した。




