第六話:世界を奪うという選択
影を打ち砕いた瞬間。
世界が 静かに長い息を吐き出した。
「……はぁ……、っ……」
ジャンヌが肩で荒い息を繰り返す。
足元に転がっているのは 砕け散った 可能性 の無残な残骸。
霧散した影たちが 再び形を成すことは二度とない。
「終わり、なのですか……?」
「いいえ」
即座に その淡い期待を否定する声が響いた。
振り返るまでもない。
もう一人のジャンヌ が 幽霊のようにそこに佇んでいる。
「ここには終わりなんて存在しません。未来は 有限 なのですから」
静かに しかし逃れようのない事実として告げられた言葉に 廉の眉が微かに動く。
「……有限だと?」
「ええ。世界が許容できる未来の数には 明確な上限があるのです」
ジャンヌが 小さく息を呑んだ。
「だからこそ 選別 される。それ以外の余剰分は すべてこの奈落に落ちるのです」
少女は足元の残骸を 感情の失せた瞳で見下ろした。
「消えるのではありません。 なかったことにされる 。それがこの場所の正体です」
重苦しい沈黙が場を支配する。
その意味が持つ 絶望的な重量。
廉は ゆっくりと口を開いた。
「……なら」
視線を鋭く上げ 少女を見据える。
「俺たちが今ここでやっていることは――」
「他人の未来を奪い 喰らっている。それ以外にありません」
ジャンヌの身体が 目に見えて震え始めた。
「……そんな……、嘘だ……」
握りしめた拳が 白くなるほどに強まる。
「私たち……そんな 奪うなんてこと……」
その先は言葉にならなかった。
だが その隣で。
廉は 極めて冷静に思考を研ぎ澄ませていた。
(……なるほどな。パズルのピースが ようやく嵌まった)
整理されていく。
この歪な世界の構造。
残酷なルール。
そして。
正しい俺 という装置が担う 真の役割。
「……分かった」
ぽつりと漏らした独白に ジャンヌが顔を上げた。
「全部 繋がったぞ。 正しい俺 は ただの警備員じゃない。 選別装置 そのものなんだ」
少女が わずかに目を細めた。
「未来の総量には限界がある。だから世界は 正しい未来 だけを抽出し 残そうとする」
廉は指を一本立てる。
「それ以外は ゴミ として切り捨てる。それがこの場所だ」
二本目の指を立てる。
静寂。
だが その言葉は冷徹なまでに的確であった。
「そして あの 正しい俺 は――」
廉は 澱んだ空を見上げた。
「その選別を 機構として強制的に執行する存在だ」
少女が どこか寂しげに笑った。
「正解です。あなたは 本当に理解が早い」
ジャンヌが 血が滲むほどに唇を噛みしめる。
「では……。私が生きるためには……」
その残酷な結末を 彼女は口にできなかった。
だが 廉に躊躇はない。
「奪うしかねえ」
断言が 空気を凍らせる。
「……九条さん」
揺れるジャンヌの瞳を 廉は真っ向から受け止めた。
「綺麗事で生き延びられるほど この世界は甘くない」
突き放すような冷静な声。
だが その底には 他者には理解し得ない熱が宿っていた。
「でもな。 選ぶ ことはできるはずだ」
ジャンヌの呼吸が 一瞬止まる。
「ああ。全部を無差別に奪う必要はない」
その提案に 少女の表情が微かに変化した。
「……どういう意味ですか」
「簡単な話だ。 どの未来を残すか を 俺たちの手で決めればいい」
沈黙。
その発想は 世界の前提そのものを根底から覆そうとしていた。
「選別を……自分たちの意志で……?」
「どうせ奪い合いなら 世界の基準に合わせる義理はない。俺たちのルールでやるだけだ」
少女は 食い入るように廉を見つめた。
「……それは。世界そのものに逆らうということですよ?」
「上等だ。最初から従うつもりなんて欠片もねえよ」
即答であった。
その迷いのない力強さに ジャンヌの瞳の揺らぎが収まっていく。
そして――。
彼女はゆっくりと だが深く頷いた。
「……はい。私 選びます」
拳を握り直す。
その声から もはや震えは消えていた。
「誰の未来を残すべきか。私自身の手で」
廉が 不敵に笑う。
「いい顔だ」
その刹那 空が激しく歪んだ。
「――判断を確認」
冷徹な声が 天から降り注ぐ。
見上げた先にいたのは。
正しい九条廉 。
虚空に立ち 虫ケラを見るような眼差しでこちらを見下ろしている。
「選別権の簒奪を確認。許容範囲を逸脱」
その平坦な瞳に 初めて明確な 怒り が宿った。
「排除優先度を 最大 に更新。完全抹消を開始する」
ジャンヌが 鋭く息を呑む。
「……来ます!」
「ああ。望むところだ」
廉は一歩前へ出た。
その表情に 恐れなど露ほども存在しない。
「俺たちは 選ばれる側 に甘んじるつもりはない」
ジャンヌが その熱に並ぶ。
強く 決然と。
「はい!」
二人は同時に 運命という名の断頭台へ向かって駆け出した。
「――俺たちが 選ぶ側 になる」
宣言とともに 世界が猛烈な鳴動を始めた。
選別者と 反逆者。
未来を巡る 本当の戦いが 今ここから始まる。




