第二十一話:脱落者
戦場は、すでに限界点を迎えていた。
「――っ!!」
因果の激突。断続的な爆発。
それは、未来が擦り切れていく際に生じる、この世ならぬ悲鳴のようでもあった。
「……数が、確実に減ってきています……!」
ジャンヌが荒い息を吐きながら叫ぶ。
視界を埋め尽くしていた略奪者たちの姿は、先ほどよりも明らかに疎らになっていた。
「だが、密度が上がってる」
廉が右目を凝らし、低く応じる。
雑多な有象無象が消え、今この場に残っているのは――。
他者の可能性を食い潰し、生き残ってきた 強者 だけだ。
「……当然の帰結ですね」
アルトが至極平穏な声音で応じる。
「ここからが、真の意味での 選別 。本番ですよ」
その瞬間。
「――どけぇぇぇ!! そこをどけッ!!」
野獣のような咆哮が響いた。
大柄な男。以前、ジャンヌと廉を圧倒したあの掠奪者が再び姿を現す。
「しぶとい野郎だ……!」
廉が忌々しげに舌打ちする。
だが、以前の彼とは決定的に様子が異なっていた。
(……削れてやがる。動きに精彩がない)
「核ぅぅぅ!! よこせぇぇぇ!!」
一直線の突進。それはもはや戦術ではなく、狂気に塗り潰された執着であった。
「来ます、九条さん!」
ジャンヌが迎撃のために剣を正す。だが。
「待ちなさい」
アルトが、氷のような声で彼女を制した。
「……あ?」
「駒を使います。最も効率的な形で」
意味を理解する暇など、アルトは与えなかった。
「――誘導」
空間が物理的に捻じ曲がる。
男の猪突猛進が、アルトの演算によってわずかに、だが致命的にズレる。
その軌道の先には――。
「――っ!?」
別のプレイヤーが、回避不能のタイミングで巻き込まれた。
凄まじい衝撃音。
ドンッ!!
「ぐっ……おのれ、何を……!」
そこにいたのは、あの細身の青年であった。以前、リリィと共に姿を見せた三人のうちの一人。
「……てめえ……アルトか……!」
青年の瞳に烈火のごとき怒りが宿る。
だが。
「――今です。刈り取りなさい」
アルトの声は、どこまでも冷静であった。
「ジャンヌ」
「……はい!」
一瞬の戸惑い。だが、彼女の手はすでに動いていた。
思考よりも早く、未来を掴み取る。
――一点奪取。
それだけに意識を研ぎ澄ます。
「――奪います!!」
伸ばした指先が、混乱に陥った青年の胸元を貫く。
光が弾け、因果が剥離する。
「――っ!!」
青年の蓄積してきた未来が、滝のように削り取られていく。
「……クソが……俺としたことが……!」
青年がよろめきながら後退する。だが、そこへ。
「――もらったぁぁ!!」
大柄な男の剛腕が、無防備な青年へと振り下ろされた。
「……は?」
次の瞬間。
バキンッ!!
乾いた、何かが決定的に砕ける音が響き渡った。
未来そのものが粉砕された音。
青年の輪郭が、滲むように崩れ始める。
「……え……?」
ジャンヌの声が震えた。
消えていく。その存在が、この世界の理から抹消されていく。
「……そんな……」
青年が、呆然と自らの手を見つめ、それからこちらを向いた。
その瞳には、すでに絶望すらなく。
「……ああ……そうか……。俺は……」
自嘲するように、力なく笑う。
「……ここで、終わり、か……」
その言葉を最後に。
彼は完全に消滅した。粒子一つ、記憶の欠片一つ残さずに。
戦場に、一瞬だけ刺すような静寂が訪れる。
「……っ……!」
ジャンヌが喉を鳴らし、息を呑み込んだ。
「……消えた。一人の人間が、あんなにあっさりと……」
廉も無言でその場所を見つめていた。
(……これが 脱落 の真実か。存在そのものの全否定)
アルトが、何事もなかったかのように淡々と告げた。
「一人、減りましたね」
その言い方はあまりにも軽く、石ころを一つどかした程度の無機質さであった。
「……アルト」
廉が押し殺した声で言う。
「今の……てめえが仕組んだのか」
「最適解ですよ」
即答であった。
「敵対する二人を互いに削らせ、確実に一人を排除する。これ以上の効率があるでしょうか?」
男の瞳に、一片の迷いも淀みもない。
「合理的でしょう。文句を言われる筋合いはありません」
ジャンヌは、返す言葉を見つけられなかった。
「……そんな、あまりに……」
だが。
反論はできなかった。事実、脅威は一つ消え去ったのだ。
「……行くぞ」
廉が短く言った。
「……え……?」
「止まってる暇なんてねえだろ。ここで足を止めれば、次は俺たちがああなるだけだ」
冷徹な現実。戦場は、感傷に浸る猶予など与えてはくれない。
「……はい……!」
ジャンヌは奥歯を噛み締め、その瞳に宿った迷いを無理やり蓋をした。
それでも、前を見据える。
その瞬間。
「――まだ残っているぞ、核持ちだ!!」
新たなプレイヤーの怒号。再び始まる衝突。
「チッ……次から次へと……!」
廉が剣を構える。
「次だ! 振り落とされるなよ!」
戦いは続く。
だが。
戦場の景色は、確実に変容していた。
「……減っている……」
ジャンヌが呟く。
総数は、明らかに少なくなっていた。
だが。
「生き残っているのは、化け物ばかりだ」
廉が言う通り。
そして。
その生存者の中に――。
「……いるな、やはり」
視線の先。
リリィ。
彼女は戦うでもなく、ただ静かに、愉悦を湛えた瞳でこちらを見つめていた。
「……また、あなた……」
ジャンヌが身構える。
だが、リリィは動かなかった。ただ、唇を小さく動かす。
「……減ったね。随分とスッキリした」
静かな、だが鼓膜の奥にこびりつく声。
「いい感じだよ」
その言葉に、ジャンヌの背筋を冷たい悪寒が走り抜けた。
「ここからが、本当の 本番 。誰が最後まで残るかな」
その目が鋭く、飢えた獣のように光る。
同時に。
別の方向から、聞き覚えのある不快な波動が届いた。
「――観測を継続。選別の最終段階を確認」
あの無機質な声。 正しい九条廉 。
ヤツはまだ、消えずにそこにいる。
「……クソ野郎が」
廉が吐き捨てるように言った。
(全然終わっちゃいねえ。それどころか……)
「……ここからが、地獄の本番だ」
ジャンヌが力強く頷く。
「はい。もう、迷いません」
その顔に宿ったのは、真の覚悟。
奪わなければ生き残れない。その理を受け入れた者の顔。
「……奪う」
廉が低く宣う。
「……奪い切ります。私たちの未来を」
ジャンヌが続く。
アルトが、最後に音もなく笑った。
「奪い尽くしましょう。勝者にこそ、理は宿る」
戦場は収束していく。
残る者。消えゆく者。
その境界線は、すでに紙一重。
だが、そのわずかな差こそが。
この世界のすべてを決定づける。
物語は、最終局面へと突き進む。




