第十八話:三対三、全員敵
空間が、物理的な限界を迎えたように割れた。
三つの歪み。そこから這い出るように現れたのは――。
三人の新たな プレイヤー 。
「……来やがったな」
廉が苦々しく呟く。その視線が、敵の戦力を値踏みするように順に走った。
一人目。岩を削り出したような大柄な男。全身から、周囲の因果を捻じ伏せるような圧力が滲み出している。
「 核 持ちか。噂通り、美味そうな輝きだ」
低い、地鳴りのような声。明確な捕食者の敵意。
二人目。不敵な笑みを浮かべた細身の青年。身軽そうな格好だが、その瞳は蛇のように冷たく、濁っている。
「へぇ……思ったより弱そう。期待外れかな」
軽口。だが、その指先は常に最適な殺傷圏を維持し、微塵の油断もない。
三人目。小柄な少女。一言も発さず、虚ろな瞳でただこちらを凝視している。
(……一番嫌なタイプだ)
廉の生存本能が警鐘を鳴らす。感情の見えない相手ほど、その行動原理は読み難い。
「……三対三、ですね」
ジャンヌが剣を構え直す。だが。
「違いますよ」
隣に立つアルトが、冷徹な響きで訂正した。
「……あ?」
「これは、チーム戦ではない」
一拍。
「 六人戦 です。全員が、全員の敵だ」
その言葉の意味を、廉の脳が処理し終えるよりも早く。
動いたのは――味方であるはずのアルトだった。
「――っ!」
アルトが影のようにジャンヌの背後へ滑り込む。
「隙を見せた君たちが悪い。取らせてもらいますよ」
その細い手が、至近距離から 核 へと伸びる。
「……やっぱりな。てめえのことは端から信じちゃいねえよ!」
廉は、すでにその挙動を予測していた。
無理やり未来の因果をねじ曲げる。アルトの指先が、狙った核から数ミリだけ空を切った。
「……ふむ。反射速度だけは一級品ですね」
アルトが、わずかに意外そうに眉を動かす。
だが、その一瞬の身内揉めを、外部の敵が逃すはずもなかった。
「――隙だらけだ」
大柄な男が、地面を爆砕しながら踏み込んでくる。
一直線。圧倒的な質量と速度を伴った、物理的な暴力。
「チッ!」
廉が激しく舌打ちする。
(最悪のタイミングだ……! 前後を同時に挟まれやがった!)
ジャンヌの背には裏切り者のアルト。正面には重戦車のような略奪者。
同時。回避不能。
「ジャンヌ!!」
「はい!!」
ジャンヌが、廉の叫びに応えて極限の反応を見せる。
未来の選択肢を、瞬時に選別し、捨てる。
――回避。
――回避。
最小限の予備動作。その一瞬で、男の拳を紙一重でかわした。
ドォンッ!!
空振った男の拳が、防護壁のような地面を容易く粉砕する。
「ほう」
男が、ジャンヌの身のこなしに少しだけ興味を示した。
「やるな。だが、次で終わりだ」
だが、男に次の一撃を放つ猶予は与えられなかった。
「――いただき!」
細身の青年が、死角から音もなく躍り出る。
横から。ジャンヌの死角から。狙いは一貫して 核 。
三方向同時。それぞれが独立した意志で獲物を狙う。
(……読めねえ。未来の枝分かれが多すぎて、処理が追いつかねえ……!)
廉の未来視が、情報の飽和によって限界を迎え、視界にノイズが走る。
ジャンヌの動きが、一瞬だけ硬直する。
その隙を。
「もらったよ」
青年の指先が、光り輝く核へと届く――。
その直前。
「――そこ」
無言だった少女が、初めてその指を動かした。
瞬間、戦場にいた全員の座標が、磁場が狂ったようにズレる。
「……は?」
廉の目が見開かれる。
確定しかけていた未来が、デタラメに狂わされた。誰の意図でも、誰の演算でもない強制的な歪み。
「……今の……何ですか……」
ジャンヌが戦慄しながら息を呑む。
少女は、依然として無表情のまま。ただ 全体を歪めた 。
(……全体干渉型かよ……! 場のルールそのものを弄ってやがる)
廉が即座に理解する。
(この少女が、この場の中で最も予測不能でヤバい奴だ)
その一瞬の混沌。全員の動きが、予期せぬ位置ズレによって一時的に停止した。
そして。
その場にそぐわない、冷酷な笑い声を上げたのはリリィだった。
「……あは。みんな来てたんだ」
空間の端。いつの間にかそこにリリィが佇んでいた。
「私も混ざるね。賑やかなのは嫌いじゃないし」
その一言が、すでに崩壊しかけていた戦場に最後の一撃を加えた。
「……ふざけんな。一体、何人で奪い合えば気が済むんだよ」
廉が吐き捨てるように言った。
誰も答えない。だが、その場にいる全員が、皮膚が焼けるような緊張の中で理解していた。
ここにいる全員が、 全員の敵 であると。
刹那。
全員が、同時に地を蹴った。
「――取る!!」
「――奪う」
「――壊す」
「――調整」
「――干渉」
「――回収」
意思が重なり、未来が衝突し、世界そのものが悲鳴を上げる。
ジャンヌが、濁流のような攻撃の中で叫ぶ。
「九条さん!!」
「分かってる!!」
廉が、歯を食いしばる。
(守りに徹してたら、いつか必ず破綻する。全員を相手にはできねえ!)
攻めなければ、奪われる。
だが。
(誰を狙う……!? どの糸を切ればこの地獄が解ける!)
判断の迷いが死に直結する状況。その時、耳元で冷徹な声が響いた。
「……右の男。一番、動きが単調です」
アルトの声。先ほど裏切ったはずの男が、平然と情報を寄越してきた。
一瞬の迷い。だが、他に選択肢はない。
「……乗った!」
廉が咆哮する。
「ジャンヌ、右だ! あのデカいのを一点突破するぞ!」
「はい!!」
ターゲットを絞る。大柄な男一人へ。
全員の攻撃を掻い潜り、一点集中。
「――来い、小娘が!!」
男が不敵に笑い、迎え撃つ。
正面衝突。ジャンヌが、ストックしていた未来を限界まで解放した。
――一点突破。
それだけにすべてを懸ける。
「――奪い取ります!!」
ドンッ!!
凄まじい衝撃波が円形に広がる。男の剛腕が、ジャンヌの決死の一撃によって強引に弾き飛ばされた。
「……っ!」
その隙を、廉が見逃すはずがない。
――連鎖阻害。
廉は男の動きを起点に、周囲のプレイヤーの因果を数ミリ秒だけ遅延させる。
「今だ、畳み掛けろ!!」
だが。その勝ち筋が見えた瞬間。
「……甘いよ」
細身の青年が、蛇のような笑みを浮かべて背後を取っていた。
「――っ!」
ジャンヌの核へ、死神の指先が再び伸びる。
(間に合わねえ……物理的に距離が足りねえ!)
その絶望を、無機質な少女の声が遮った。
「――触らせない。それは私の獲物」
再び空間が歪む。青年の指先が、狙いを逸らされ虚空を掴んだ。
「……チッ、またお前かよ。いい加減にしろ」
青年が苛立たしげに吐き捨てる。
(……何で助けた? いや、あいつはただ自分の利益を優先しただけか)
廉が一瞬考えを巡らせるが、答えは出ない。その一瞬の停止。
「――そこ」
リリィが、最短距離で踏み込んできた。
ジャンヌの真正面。完全な、獲物を捉えた瞳。
「今度こそ、いただき」
(終わった――。すべての防御が間に合わねえ)
廉が、初めて底知れぬ絶望を感じた。
だが。
「ジャンヌ!!」
廉の叫びが、彼女の深淵を叩く。
「残してるだろ! 核の奥にある、お前だけの最後の欠片を!」
ジャンヌの瞳が、激しく、強く開かれた。
(……まだ、終わっていません……!)
最後の一つ。リリィとの前回戦から、密かに温存し続けてきた 未知の未来 。
「――解放します!!」
まばゆい光が、ジャンヌの内側から爆発した。
因果を、強制的に書き換える。
届くはずのリリィの手が、不可視の衝撃によって弾かれた。
「……またそれ? しつこいなぁ」
リリィが、着地しながら不満げに口を尖らせる。
だが、その表情には隠しきれない 苛立ち 。
「あーあ、面白いけど。今日はちょっと予定が狂いすぎたかな」
戦いが、唐突に止まった。
一瞬の、刺すような静寂。
全員が互いに牽制しながら、十分な距離を取る。
消耗。情報の開示。そして、次の機会への損得勘定。
「……今日はここまでだな。潮時だ」
大柄な男が、粉砕された地面を見下ろしながら言った。
「 核 は、次にまとめていただく。首を洗って待ってろ」
そのまま、男の姿は黒い霧となって消失した。
細身の青年も、肩をすくめて退屈そうに口笛を吹く。
「これ以上は割に合わない。他を当たったほうが効率的だね」
彼もまた、影に溶けるように消えた。
少女は、最後まで一言も発さなかった。ただ一度、ジャンヌの持つ核を不思議そうに眺め。
そして――気配ごと消えた。
リリィも、軽く手を振る。
「またね。次はもっと、美味しくなっておいてよ」
いたずらっぽく笑い、彼女もまた消失した。
重苦しい静寂が戻る。
残ったのは、廉、ジャンヌ、そして裏切りのアルトの三人。
「……はぁ……もう、無茶苦茶です……」
ジャンヌが、その場に膝をついて崩れ落ちた。
「ああ、同感だ。ここは地獄の底かよ」
廉も、激しく波打つ呼吸を整えながら天を仰ぐ。
アルトが、何事もなかったかのように静かに微笑んだ。
「ですが。我々は 生き残りました 。それがすべてです」
沈黙。
アルトへの不信感は消えない。だが、生き残ったという事実だけは、あまりに重く厳然としていた。
「……次は、もっと来るぞ。この程度じゃ済まねえ」
廉が、決意を込めて呟く。
「はい……。でも、二度と奪わせません」
ジャンヌが立ち上がり、核を強く、折れぬ意志で握りしめた。
廉が、わずかに笑みを浮かべる。
「いいな。その目だ」
前を見る。戦場は終わらない。奪い合いは、より残酷に、より巧妙に続いていく。
「……次は、こっちが仕掛けてやるよ」
その言葉とともに。物語は、さらなる混沌へと加速を始める。




