7話 沈黙の樹海
酒呑童子という「王」の再臨から二日。
国家怪魔対策総局の地下基地、その最深部である研究区画には、かつてない緊張感が漂っていた。
「高木官房長官、報告書です。状況は芳しくありません」
白衣を纏った研究員が、苦渋に満ちた表情でタブレットを差し出す。画面には、各班のアンドロイドたちのメンテナンス係から送られてくる「データ汚染率」の推移グラフが映し出されていた。酒呑童子の出現以降、全国で発生する怪魔の質が変質し、その「毒」の濃度が劇的に跳ね上がっているのだ。
「従来の浄化液では、もはや防壁としての機能を維持できません。カイト個体の汚染が除去しきれなかったのは氷山の一角に過ぎない。このままでは、現場に出る全個体が『内側から腐食』して暴走します」
高木官房長官は沈黙を貫き、モニターに映る三人の若き兵器――ルーク、カイト、ベルの姿を見つめていた。
「……彼らを、ここで止めるわけにはいかん。汚染を上回る速度で、元凶を叩くしかない」
輸送ヘリ内部
ーーー「というわけで、今回の現場は山梨県。泣く子も黙る青木ヶ原樹海だよ」
ルークがヘリの座席で仰向けになりながら、空中でトランプを弄んでいる。一方、カイトは膝の上にホログラムマップを展開し、冷静な声で作戦を共有していた。
「ふざけるなルーク、真面目に聞け。目標地点で中怪魔レベルを検知。名称は『野衾』。古来型妖怪だ。見た目は巨大なムササビに近いが、その皮膜は鋼鉄をも引き裂くと言われている。今回は場所的にも厄介かもしれないぞ。」
「ムササビかぁ。可愛いじゃん。森のアイドルだね」
「アイドルにしては、少しばかり食欲が旺盛すぎるみたいだけどね」
ベルが隣で、自分よりも大きな「鉄の塊」を愛おしそうに磨きながら口を挟む。
今回の彼女の獲物は、いつものハンドガンではない。第4層の研究者たちが研究を重ね開発し対酒呑童子に用意した最新鋭の試作兵器、対物特殊スナイパーライフル『アザトース・改』だ。
「見てよこれ、最高にクールでしょ? スコープは固定倍率の7.5倍。でもただのレンズじゃないんだよ。対象の密度をスキャンして、弾丸が物体を『貫通した瞬間』に内部の小型ブースターが点火、さらに加速するっていう変態技術の結晶なの!」
「貫通した後に加速? それ、避けたと思っても後ろから追い越されるやつじゃん。ベル、性格悪い武器選ぶねぇ」
「ルークに言われたくないよ! ほら、カイトも何か言ってよ」
カイトは、自身の視界に時折走る「除去しきれなかったノイズ」を瞬きで追い出し、無理やり表情を作った。
「……技術的には興味深いが、反動が計算上、お前の右肩の関節許容値を超えている。撃つ時は、必ずバイポッドで固定しろ。自壊されたら回収が面倒だ」
「はーい、お母さん! 了解しましたっ!」
「お母さんって……カイト、今の聞いた? 熟年夫婦みたいな安定感だね」
「……ルーク、黙れ。あと五分で降下ポイントだ」
三人の軽口を乗せたヘリは、不気味なほど深く、重い緑に沈む山梨の山間部へと差し掛かっていた。
ヘリが樹海の端にあるわずかな開けたスペースに着陸し、三人は吸い込まれるように「樹海」へと降り立った。
時刻は昼間だというのに、青木ヶ原の密度は日光を拒絶している。巨大なブナやナラの木々が、互いに腕を絡ませるようにして空を覆い、地上には苔生した岩が複雑な迷路を作っていた。
「……うわぁ。ここ、電波も届かないし、方位磁石も狂うって有名なやつだよね。僕たちのセンサー、大丈夫?」
ルークが周囲を見渡す。一歩足を踏み入れた瞬間に感じたのは、異常なほどの「静寂」だ。
風が木々を揺らす音も、鳥の羽ばたきもない。ただ、三人の関節が駆動する微かな「ウィーン」という機械音だけが、不自然に大きく響く。
「問題ない。磁気異常など、僕たちの慣性航法装置(INS)の前では無意味だ。……だが、不気味だな。生命の拍動が一切感じられない」
カイトがライフルを構え、周囲を360度スキャンする。
その時だった。
「……あ。いたよ。高いところ」
ベルが『アザトース』の重厚なボルトを引き、スコープを覗き込む。
7.5倍に拡大された視界。そこには、樹齢数百年はあろうかという巨木の枝に、逆さまに吊り下がる「巨大な毛玉」のような影が、いくつも張り付いていた。
その「影」が、ゆっくりと目を開く。
暗闇で光る邪悪な黄色い瞳が、侵入者である三人のアンドロイドを捉えた。
「野衾、戦闘配置についたね。殺気をかかせてないよ。こーわ」
「ベル、狙えるか?」
「任せてよ。この子のデビュー戦、一番ド派手なのにしてあげる」
ベルが苔むした岩にライフルを固定し、トリガーに指をかける。
ルークは青いスパークを拳に宿し、カイトは射撃姿勢を低く保つ。
沈黙の樹海で、再び火花が散る瞬間が近づいていた。
「さあ、森の掃除の時間だよ。みんな、準備はいい?」
ーー富士の裾野に広がる青木ヶ原樹海。
そこは日光を拒絶するほどに木々が重なり合い、磁気異常が機械の目を狂わせる「緑の迷宮」である。湿った苔の匂いと、腐植土が放つ微かな死の香りが漂うなか、
三体のアンドロイド——ルーク、カイト、ベルは、歴史の闇から這い出した異形と対峙していた...




