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6話 “酒呑童子”

上野公園での絶望的な衝突の後、異常事態報告を受けた緊急回収班によって、腕が大破したルークを含むE班15型の三人は、嵐のような慌ただしさで基地へと運び込まれた。


◇◆◇


「……ねえ、カイト。さっきから瞬きのリズム、コンマ数秒遅れてない? 内部時計が狂ってるんじゃ……」


第2層、メンテナンス・ポッドの中。外装の修復を終えたばかりのベルが、隣のポッドに横たわるカイトを覗き込む。彼女の銀色の肌は再びパールのような輝きを取り戻していたが、その青い瞳には隠しきれない不安が揺れていた。


「気にするな、ベル。再起動プロセス中に少しノイズが混じっただけだ。……ただ、」


カイトが言葉を切る。彼の視界の隅では、除去しきれなかった汚染データの残滓が、警告メッセージとなって点滅し続けていた。


「……何て言うか、思考の端っこにずっと『冷たい霧』が居座っているような感覚だ。僕の精密演算が、なんとも言い難いものに侵食されていく….そんな違和感がある」

「エリートのカイト君が弱気なんて珍しいね。僕なんて、左腕が新品になってラッキー! くらいにしか思ってないよ」


ルークが、新調された左腕をグーパーと動かしながら、ポッドから軽やかに飛び出した。相変わらずのセンター分けの銀髪を整え、壊れたスピーカーボックスも完璧に直っている。


「でも、今回のメンテナンス、いつもより長かったよね。サクラ先輩も『顔色が悪いよ』って心配してたし」

三人が軽口を叩き合っていると、ポッドの横のモニターに『重要:第4層・研究区画への召喚』という赤い文字が躍った。

「第4層……? あの『立ち入り禁止』の看板がこれでもかってくらい立ってる場所?」

「……いよいよ僕たちの『中身』を解剖される時間が来たかな。ベル、僕の予備パーツは君にあげるよ」

「縁起でもないこと言わないでよ、ルーク!」


ーー三人は、普段は足を踏み入れることのない地下深く、第4層へと向かった。


エレベーターを降りると、そこには「これより先、許可なき者の立ち入りを禁ず」という、威圧感のある電子看板が立ちはだかっていた。その奥にある、戦艦のハッチのような厳重な鋼鉄の扉。


三人が近づくと、扉についているセンサーが自動認証を行い、少しして重厚な駆動音と共に扉が開いた。


「ようこそ、諸君。災難だったな」


扉の向こうに立っていたのは、この基地の最高責任者である司令官だった。


彼の後に続き、三人は足を進める。自動的に背後で扉が閉まり、外界の音が完全に遮断された。

廊下は薄暗く、左右には電気が消えかけた研究室がまばらに並んでいる。青白い計器の光だけが廊下を照らし、どこか不気味な静寂が漂っていた。


「……ここ、お化け屋敷より雰囲気あるね。カイト、怖いなら僕の服の裾、掴んでもいいよ?」

「……黙れ。僕の恐怖回路は、お前の冗談を処理するだけで手一杯だ」


長い廊下の突き当たり。そこには、周囲の無機質な空間とは対照的な、重厚な木製の高級扉が鎮座していた。

司令官がその扉を開き、三人を中へと促す。


室内に入ると、そこは円形の巨大な会議室だった。

中央の長机を囲むように、白衣を着た数十人の研究者たちが並び、


その中心――最も上座には、鋭い眼光を湛えた男、高木官房長官が座っていた。


「……休め」

官房長官の短い命令に、三人は反射的に「休め」の姿勢をとる。ルークは場の緊張感を察しつつも、心の中では(長官のネクタイ、曲がってるなぁ)などと場違いなことを考えていた。


「では、今回の件について報告する」

一人の老齢の研究者が立ち上がると、机の真ん中から立体的なホログラム資料が浮かび上がった。




≪上野公園 報告≫

・データ汚染源...識別名:特A級・高濃度怨念残滓

・カイトの除去...不可汚染率 87%(完全除去不可・残留中)

・対象の特異性...歪みの自由開閉能力の確認




ーーー「まず、カイト君のデータ汚染について。君は戦闘中、あの鬼に最も至近距離で接触した。あの個体から放たれていた汚染は、単なる汚染を引き起こす妨害ではない。我々のプログラムを『呪い』のように書き換える性質を持っている。完全な除去ができなかったのは、我々の技術不足ではなく、汚染の質が現代の論理を超えているからだ」


カイトの表情が、一瞬だけ硬くなる。研究者は続けて、上野公園での戦闘映像を再生した。


「そして、本題だ。上野に出現したあの鬼。緑の長い髪、深紅の肌、額の二本の角、そして圧倒的な巨体と怪力……。これら全てを過去の史料と照らし合わせた結果、我々はある一つの結論に達した」


研究者は、官房長官の顔を一度見てから、重々しくその名を口にした。


「あれは、かつて平安の都を震撼させた鬼の王――『酒呑童子しゅてんどうじ』であると推測される」


ドッと、会議室にざわめきが広がった。研究者たちの顔に隠しきれない動揺が走る。


「静粛に」


官房長官が机を一度叩くと、部屋は再び静まり返った。

「……研究員、詳しく説明しろ。御伽噺(おとぎばなし)の住人がなぜ今、現れる」

「はい。史実によれば、酒呑童子は丹波の国・大江山に居座り、多くの鬼を従えて京の都を脅かしていました。時の朝廷は源頼光とその家来たちを派遣。彼らは山伏に変装して宴に紛れ込み、強力な眠り薬を盛ることで、寝込みを襲って討伐した……とされています。しかし」


ホログラムが、一枚の古い絵巻物の写しを表示する。そこには、首を跳ねられた鬼が、それでもなお空中で食らいつこうとする異様な姿が描かれていた。

「頼光の放った『童子切安綱どうじぎりやすつな』という特別な刀により、身体は崩壊したものの、彼ら(鬼)は我々が呼ぶところの『コア』を破壊されていませんでした。

残留した核は長い年月をかけ、周囲の負の感情を取り込みながら自己再生を続け、ついに現代、完全な復活を遂げたと考えられます」


その説明を聞き、ルークがたまらず口を開いた。

「あの、質問いいっすか? その『王様』が、どうしてあのタイミングで、あの『歪み』から出てきたんですか? 普通、怪魔が消えてから一週間くらいかかるはずですよね」


ルークの問いに、研究者たちは顔を見合わせ、気まずそうに沈黙した。

「……それについては、今のところ、誰も答えを出せていない。なぜ彼が時空の理を無視して出現できたのか、なぜ現代を選んだのか。全てが謎だ」


官房長官が深く椅子にもたれかかった。

「……おそらく、当時何らかの要因で、彼の『核』が時空の歪みに飲み込まれ、そこで再生を遂げたのだろう。いずれ、あの『歪み』の内部まで調査する必要がある」


官房長官は三人のアンドロイドをじっと見据えた。

「酒呑童子。……あれは、人類がかつて一度だけ、奇跡的に勝利した相手だ。だが今、我々には毒を盛る時間も、伝説の刀もない。あるのは、不完全な実験機のお前たちだけだ」

「……光栄だなぁ。伝説の刀の代わりに、僕のこの『新品の左腕』で、もう一度首を洗ってやりますよ」

ルークが不敵に、そして陽気に言い放つ。その言葉に、カイトは少しだけ勇気づけられたように、青い瞳を強く発光させた。


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