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5話 「それ」が現れた。

真夜中の上野公園。

先ほどまでの鉄鼠の鳴き声は止み、代わりに大噴水の水の音と、ミシミシと何かが這い出ようとする音だけが響いていた。


噴水の少し上空、そこにある空間がまるで紙を破いたかのように無残に裂け、紫色の雷光が奔る。

「……ねえカイト。あそこから出てくるの、まさか巨大なネズミの王様とかじゃないよね? チーズの用意、してないよ」


ルークがいつもの軽口を叩きながらも、その視線は裂け目から伸びてきた「腕」に釘付けになっていた。

それはネズミのそれではない。太い大樹のような太さ、そして乾いた血のように深い赤色の皮膚。鋭い爪を備えたその巨大な腕は、空間そのものを握るように手で掴み、強引に「本体」を引きずり出そうとしていた。


――メキメキ、ドォォォォン!!


凄まじい破壊音と共に、大噴水に着地しその噴水が水を撒き散らしながら爆発するように崩壊した。

舞い上がる水飛沫。その中心に降り立ったのは、身長三メートルは優に超える、圧倒的な威圧感を放つ「鬼」の姿にちかしい何かだった。

一七五センチのルーク、一八〇センチのカイト、一七〇センチのベル。

彼らアンドロイドを見下ろすその存在は、夜の闇の中でも異常なほどに鮮明だった。


「うわ……デカ。モデルさんでもこれだけスタイルいい人はいないよ」

ベルが呆気にとられたように呟く。

そこに立っていたのは、深紅の皮膚を持つ人間の美形を、そのまま「人外」へと変換したような存在だった。

腰まで届く長い深緑の髪が夜風に揺れ、額からは二本の漆黒の角が後ろに湾曲して突き出している。

半目を開けたその瞳は、深淵のような金色の輝きを放ち、三人を値踏みするように見下ろしていた。

何より異質なのは、その頬やこめかみに刻まれた、蠢くような黒い模様――「鬼紋きもん」だ。そして額の中央、王の証と言わんばかりの紋様が、鈍く光を放っている。

纏っているのは、古の日本を彷彿とさせる漆黒の和装。しかし年季を感じるほど古くボロボロで風になびいている。


「…………」

鬼は何も語らない。ただそこに立っているだけで、大気が震え、周囲の草木が恐怖に震えるように枯れ果てていく。


「挨拶なし? 随分と無愛想な王様だね。ベル、名刺代わりに一発、いっちゃって!」

「了解っ! 豪華なクラッカー、お見舞いしてあげる!」


ベルが叫び、特製広域弾を一点に向けて放った。

接触すれば大型車両をも塵に変えるその衝撃波が、鬼の胸元を捉える。だが――。


――パァン!

鬼は動じることなく、ただ大きな片手を軽く振るっただけで、その爆風を弾き飛ばした。

わずかに手の甲に薄いかすり傷がついた程度。そのタフさに、ベルの青い瞳が驚愕に明滅する。

「うそ……私の広域弾、手で払ったの? あの人、皮膚が戦車の装甲でできてるんじゃない?」

「……いや、それ以上だ。ルーク、行くぞ!」

「了解っす、カイト先生!」


鬼が自身の手に付いたかすり傷を見つめている、その一瞬の隙。

カイトとルークが左右から同時に肉薄した。

カイトは至近距離からアサルトライフルの弾丸を鬼の側頭部へ叩き込み、火花が夜闇を焦がす。

同時にルークが、その驚異的な跳躍力を活かして天高く舞い上がった。

「そぉら、お腹空いてるでしょ! 僕のパンチ、一発プレゼント!」

助走の勢いを全て右拳に載せ、ルークは鬼のみぞおちへと急降下した。

反撃を考慮し、最低限のスパークを纏わせた「置き」の一撃。


ドォォォン!! と、肉と金属がぶつかり合う鈍い衝撃音が広場に響く。

手応えはあった。だが、鬼の表情は変わらない。

それどころか、鬼の右腕が、ルークの視認速度を遥かに上回る速さで振り下ろされた。


「あ、やば――」

回避は間に合わない。

ルークの左腕が、鬼の巨大な拳によって強引に押し潰され、そのまま地面へと叩きつけられた。


――ドゴォォォォン!!


コンクリートが砕け、土煙が舞う。ルークの左腕の装甲は無残に歪み、内部のケーブルが断線して火花を散らしていた。だが、地面に埋まったルークは、自分の折れ曲がった腕を一瞥し言葉を詰まらせながらも気にしてないように言った。


「あー……これ、後で.....メンテナンスさんに....怒られるやつだ。まあ、まだ一本残ってるし....セーフかな?」

「ルーク、下がれ!」

カイトの制止をよそに、鬼はまだ開いたままの「空間の亀裂」に無造作に右手を突っ込んだ。


何かを、ゆっくりと引き抜く。


現れたのは、全長二・五メートルはあろうかという、禍々しい黒鉄の大剣だった。

刃には血のような赤い怪魔紋が脈打ち、その幅はアンドロイドの胴体ほどもある。人間には持ち上げることすら不可能な、異界の凶器。

鬼はその大剣を満足げに眺めた後、空いた左手で「亀裂」を握りつぶし、閉ざした。


異界への逃げ場は消した、という宣戦布告。

「……趣味の悪い包丁だね。それで僕らを料理するつもり?」

ルークの冗談に答える代わりに、鬼は大剣を両手で持ち直し、全力で地面へと叩きつけた。


――ズ、ドドドドドドォォォォォン!!!

地鳴り。


衝撃波によって広場全体の地面が捲れ上がり、猛烈な砂煙が辺りを一瞬で包み込む。

視界が完全に遮断され、三人のセンサーが激しいノイズを拾う。


「逃がすか! ――放電衝撃波!」

カイトが煙の中へ向けて、全エネルギーを注ぎ込んだ雷撃を放つ。

砂煙が一瞬、青白い光を帯びて激しく明滅し、バチバチという放電音が響き渡った。

やがて風が吹き抜け、砂煙が晴れる。

だが、そこには――。

「…………いない?」

ベルの声が震える。

先ほどの敵の一撃で抉れた地面と、崩壊した噴水の残骸があるだけだった。

恐ろしいことに三メートルもの巨体を持つあの鬼が、気配ひとつ残さず、この広場から消失していたのだ。

「……あいたたた。ちょっと二人とも、置いていかないでよ」

片腕をだらりと下げ、火花を散らしながらルークが這い出してきた。

彼はカイトとベルの元へ駆け寄ると、歪んだ左腕を強引に逆方向へ捻って直そうとする。

「……ルーク、やめろ。余計に壊れる。それより、あいつはどこへ行った?」


カイトが周囲を警戒するが、どれだけセンサーを広げても、奴の「熱源」も「魔力反応」も探知できない。

深夜の上野公園は、再び元の、不気味な静寂へと戻っていた。

だが、その静寂は先ほどまでとは違う。

すぐ近くの闇のどこかで、あの金色の瞳が自分たちを覗いているような、そんな冷たい予感が三人の背中を撫でていた。

「……これ、一件落着じゃないよね?」

ベルが周囲をキョロキョロと見渡す。

ルークは折れた腕を弄るのをやめ、真剣な眼差しで、誰もいない闇を見つめた。

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