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4話 『古来型妖怪 鉄鼠』

次回更新は3月14日の予定です

「……はい、僕の勝ち。ベル、これで通算百八十二連敗だね。来月のメンテナンス予約、僕の代わりに一番早い枠を取ってきてよ」


ルークが手元のトランプをラウンジの円卓に広げた。完璧なロイヤルストレートフラッシュ。

第3層のアンドロイド寮区画。柔らかい間接照明が照らすラウンジには、娯楽に興じるアンドロイドたちの電子的な笑い声が響いている。


「ええーっ!? おかしい、絶対におかしいよ! ルーク、さては内部演算チップでイカサマしたでしょ! 確率的にありえないもん!」

ベルが地団駄を踏み、銀色のポニーテールを激しく揺らす。彼女の前には、「超激辛電磁ナチョス」が無惨に散らばっていた。


「ベル、諦めろ。ルークの直感回路は、確率論を超越した『運の良さ』をシミュレートするように設計されている可能性がある。……それよりルーク、飲みすぎだぞ」


カイトが呆れたように、ルークの手元にある「スパークジュース・プレミアム」の空き缶を指差した。高圧電流を液体化したその飲料は、アンドロイドにとっては極上の酩酊感をもたらす。


「いいじゃん、カイト。この半年、一度もアラートが鳴ってないんだよ? 怪魔も異界も、みんなバカンスにでも行っちゃったんじゃないかな。僕ら、このままニート・アンドロイドとして余生を過ごすのも悪くないと思わない?」

ルークは背もたれに深く沈み込み、青い瞳をトロンとさせて笑う。


実際、前回の『褪暮』との戦いから半年。驚くべきことに、日本国内での怪異発生率はゼロを記録していた。基地内の多くのアンドロイドは、エネルギー節約のために長期スリープモードに入っており、ラウンジに残っているのは、ルークたちのような「暇を持て余した」一部の班だけだった。


「平和はいいことだけどさぁ……正直、関節が錆びつきそう。ねえカイト、ダーツで勝負しない? 負けた方が今日の夕飯のパフェ奢り!」

「断る。お前たちの無意味な賭けに付き合うほど、僕のメモリは安くない」

カイトが冷たくあしらった、その瞬間だった。


――全ユニット、緊急招集。E班15型、直ちに第1層ブリーフィング室へ。


天井のスピーカーから、半年ぶりに聞く「あの声」が響き渡った。

ラウンジの空気が一変する。休止状態だった他のアンドロイドたちも一斉に顔を上げた。


「……噂をすれば、バカンス終了のお知らせだ」

ルークがニヤリと笑い、飲みかけの缶をゴミ箱へ正確に放り投げた。その瞳からは、先ほどまでの酔ったような緩みが消え、鋭い戦闘モードの輝きが戻っていた。


第1層、モニタールーム。

巨大モニターに映し出されたのは、夜の上野公園の衛星映像だった。不自然なほど真っ暗な不忍池の周辺で、何かが蠢いている。


「半年ぶりの仕事だ。気合を入れろ」

オペレーターの声が響き、画面に詳細データが表示される。


【分類:古来型妖怪 名称:鉄鼠てっそ

【推定レベル:中怪魔(群れ全体として)】


「上野公園内に突如として歪みが発生。そこから出現したのが、この『鉄鼠』だ。古来、高僧の怨念がネズミと化したと伝えられる妖怪だが、現代に出現した個体は極めて特殊な変異を遂げている」

画面が拡大される。そこには、数千、数万という単位の「ネズミ」の群れが映っていた。


だが、その体毛は生物のそれではない。鈍い銀色の光沢を放ち、まるで液体金属を流し込んだような硬い質感を持っている。


「一匹一匹は小さいが、体組織が未知の金属成分で構成されており、非常に硬い。そして何より、通常のネズミを遥かに凌駕する凶暴性を持っている。現在、公園内の文化施設を食い荒らし、周辺区域へ拡大中だ」

「ねずみ算式に増える、本物の鉄のネズミってわけか。……可愛いげがないね」

ルークが肩をすくめる。


「単体では力がないが、集団での包囲・捕食が奴らの真骨頂だ。装甲の隙間に入り込まれれば、内部から食い破られるぞ。作戦内容は、公園噴水地点に発生した歪みを封鎖するため、群れを全滅させること。以上だ」

「了解っ! 半年ぶりの大掃除だね。カイト、ベル、遅れないでよ!」

「お前に言われるまでもない」

三人は軽口を叩き合いながら、大型エレベーターに飛び乗った。


地上へ出ると、そこにはいつもの輸送ヘリではなく、重装甲を施した漆黒の「広域制圧用輸送車」が待機していた。


「今回は地上から行くのか。ネズミ退治には、空から降るより地面を這う方が確実ってことかな」

ルークが運転席に飛び乗り、エンジンを始動させる。重厚なディーゼル音と共に、車体が振動した。


「ベル、武器の再点検は?」

「バッチリだよ、カイト! ネズミ一匹逃さない特製広域弾、多めに持ってきたから!」

「よし。……ルーク、運転を誤って街灯をなぎ倒すなよ。修理費は折半だぞ」


「わかってるって! 制限速度ギリギリの『安全運転』で行くから、みんなシートベルトしっかりね!」

輸送車は基地のゲートを突破し、夜の都心へと滑り出した。


半年間の沈黙を破り、再び「兵器」としての牙を研ぐために。

上野公園を埋め尽くす鉄の群れを、彼らは今から、ただの屑鉄に変えに向かうのだ。

「さあ、お仕事開始だ!」


◇◆◇


ーー「深夜二時の上野公園なんて、パンダも寝静まる時間だよね。あ、でも彼らは竹を食べるから、この食い散らかされた草木を見てショックで寝込んでるかも」

輸送車のハンドルを軽快に回しながら、ルークがフロントガラス越しに荒れ果てた景色を眺めて呟く。


京成上野駅周辺。普段なら始発を待つ人々や深夜の酔客がまばらにいるはずの場所だが、今は国家の封鎖令によって静まり返っていた。街灯に照らされているのは、無惨に噛みちぎられ、道路にぶちまけられた並木や植え込みの残骸だ。


「ルーク、パンダの心配をする前に自分の足元を心配しろ。……見てみろ、この先だ」

カイトが助手席から前方を指差す。

三人が車を降り、歪みの中心地である大噴水広場を目指して歩き始めると、異様な光景が目に飛び込んできた。

竹の台広場へと続く一本道。そこだけが、まるで巨大な掃除機で吸い取られたかのように、散乱していたはずの草木が一切消え失せ、不気味なほど「綺麗」に掃除されていたのだ。


「うわ、何これ。お掃除ロボットの集団でも通ったの? 逆に怖いんだけど」

ベルがハンドガンのグリップを握り直し、警戒体制に入る。


その清掃された道を進み、3人が『巡り合いの塔』の近く、円形の広場に差し掛かったその時だった。


「…………チッ、チチッ」

広場の中央、街灯の真下に一匹の「ネズミ」が座っていた。


全身が鈍い銀色の光沢を放ち、その瞳は血のように赤い。それが、静寂の中で一際高く、金属を擦り合わせるような鳴き声を上げた。

瞬間。


ガサガサガサッ!!


周囲の闇――植え込みの影、建物の隙間、そして「綺麗」に片付けられていたはずの道の街灯の裏から、無数の赤い眼光が浮かび上がった。


「あはは! 歓迎されてるねぇ。ねえカイト、これ全部サイン攻めにされたら、僕らの装甲、傷だらけになっちゃうよ?」


ルークが能天気に肩をすくめるが、その瞳は既に戦闘用の色彩に切り替わっている。


一匹の鉄鼠がバネのように跳ねた。それを合図に、数千という銀の奔流が、前後左右、さらには頭上から一斉に三人を飲み込もうと飛びかかってくる。


「サインの代わりに、特製の花火をプレゼントしてあげる! ――どいて!」

ベルが叫び、特製広域弾を装填した銃口を地面に叩きつけるようにして放った。


ドォォォォォン!!


ベルの前方に扇状の爆炎が広がり、飛びかかっていた数百匹の鉄鼠が、一瞬で形を失い、消滅する。

「ナイス、ベル! カイト、次は君の番だ!」

「……チッ、チャージが間に合わん!」

カイトは得意の「両手拳ダブル・インパクト」のためにエネルギーを練るが、敵の波が早すぎる。彼はチャージを半ばで切り上げ、前方に拳を突き出した。


ドシュッという鈍い衝撃波が放たれるが、本来の範囲の半分も届かない。撃ち漏らした数十匹の銀色の影が、カイトの足元に群がろうとする。

「おっと、エリート様のピンチだ。助太刀するよ!」

ルークが踊るようなステップでカイトの影に滑り込み、飛びかかるネズミを一匹ずつ、正確無比な裏拳で叩き落としていく。

その際、ルークの拳が捉えた一匹の外装が「パキッ」と剥がれ、内部の肉体が露出した。


「……へぇ。金属に見えてたけど、中身は意外とデリケートなんだね。カイト、準備しなよ! 泥臭い防衛は僕が引き受けてあげるから!」


ルークは自身の防御範囲を無理やり広げ、カイトを包み込むようにして四方から迫る牙を弾き飛ばし続ける。


その意図を瞬時に汲み取ったカイトの全身に、青白い高電圧のスパークが激しく走り始めた。

「……恩に着るぞ、ルーク。――最大出力、放電シーケンス!」


カイトが、祈りを捧げるかのように両手を大きく広げ、そして一度だけ、全力で手を打ち鳴らした。


――パァァァァァァァン!!!


乾いた破裂音と共に、カイトを中心に鋭い電撃の波動が円状に突き抜けた。

周囲を埋め尽くしていた鉄鼠たちが、その高電圧に触れた瞬間、連鎖的に感電していく。

「チチチチチッ!!」


断末魔のノイズ。

金属質の体躯が避雷針となり、広場の隅々にいた群れまでが青い火花に包まれる。耐えきれなくなった核が次々と内部から崩壊し、数秒後には、あれほどいた銀色の波は一匹残らず、夜の闇に霧散していた。

「ふぅ……。ねえ、今のカイトの拍手、僕への喝采かと思っちゃったよ。照れるなぁ」

ルークが煙の上がる拳を振り、カイトをからかう。

「黙れ。お前のカバーがなければ、今頃僕の脚部はネズミの巣穴になっていた。……しかし、古来型という割には、拍気抜けな連中だったな」


ベルが銃をホルスターに収め、軽く伸びをする。

「本当だね。これなら、さっきのトランプの続き、帰りの車でできそう――」

「……待て。様子がおかしい」

カイトの声が鋭く響いた。

鉄鼠たちが消滅したはずの広場中央。消失したはずの「歪み」が、消えるどころか、より一層禍々しい紫色に染まり、空間を歪ませ始めたのだ。

「え、ちょっと待って。一週間以内に出るはずの『侵食』が……今、来るの?」

ベルの声が震える。


本来なら討伐後に時間をかけて現れる異界との接続。それが、討伐から数秒という異常な速度で、三人の目の前で大きく口を開けようとしていた。


「バカンスは、まだ終わらせてくれないみたいだね……」

ルークの視線の先、空間の亀裂から、鉄鼠とは比較にならないほど巨大な「何か」の腕が、ゆっくりと這い出してきた。

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