1話 『現代発生型妖怪:褪暮』
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----ここは国家怪魔対策総局、地下深層区画。通称「中央整備拠点」。
そこは、地上の喧騒が一切届かない、冷徹な静寂に支配された鋼鉄の揺り籠である。
壁面から漏れる淡いブルーの補助照明が、廊下の鏡面磨きされた床に長い光の筋を描いていた。
その廊下の数ある部屋のうちの一部屋。
E班15型の待機房。
そこだけは、国家の最先端兵器が集う場所とは思えないほど、どこか弛緩した空気が漂っていた。
「あー……。重力設定、あと0.5%くらい下げてくれないかなぁ。体が重くてソファと一体化しそうだよ……」
部屋の中央、支給された味気ないグレーのソファに深く沈み込み、ルークが間の抜けた声を上げた。
短めに切り揃えられたセンター分けの銀髪が、クッションの繊維に押し付けられて無造作に跳ねている。ル
ークは焦点の定まらない青い瞳を天井に向け、ゆっくりと回る空調ファンの羽を数えていた。
その肌は、LED照明の下で、マット調の銀色に滑らかに輝いている。まるで最高級のシルクを金属に変えたような質感。首筋や手首の関節部分に見える僅かな隙間さえも、緻密に構成された機能美を誇っていた。しかし、当の本人は、その国家の至宝たる肉体を「重い」と断じ、溶けた餅のようにソファの形状に身を委ねている。
そのすぐ横では、対照的な光景が繰り広げられていた。
「ルーク、だらけるな。二週間の待機で内部流体の循環効率が3%低下しているぞ。……それと、ソファのバネが悲鳴を上げている」
低く、しかし芯の通った声が部屋の空気を震わせる。
カイトだ。
彼は支給された緑がかった灰色の作業服を腰まで脱ぎ捨て、上半身を露わにしていた。天井から吊り下げられた漆黒の高密度ラバー製サンドバッグに対し、彼は一切の無駄を削ぎ落としたモーションで拳を突き入れている。
ドォン。
重厚な衝撃音が、防音仕様の壁を抜けて床から振動となって伝わってくる。
打撃の瞬間、カイトの背中の銀色の肌が波打ち、内部の人工筋肉が有機的な躍動を見せた。
肩甲骨のラインに沿って刻まれた冷却用のスリットから、微かな熱気が揺らめく。その動きはあまりに正確で、あまりに鋭い。一打一打が、怪魔の硬質な外殻を粉砕する「芸術」であった。
「いいじゃん、平和な証拠だよ。ねえ、ベルもそう思うでしょ?」
ルークは視線だけを動かし、部屋の隅の作業デスクへと向けた。
そこには、銀色のポニーテールを揺らし、拡大投影モードで青い目を怪しく光らせている少女型の機体、ベルがいた。
「私はパス。今、この子のトリガーの引きを0.01ミリ単位で調整中なんだから。話しかけないで、火花散らすよ?」
ベルの声は、可愛らしい響きの中に針のような鋭利さを秘めていた。
彼女は机の上に、愛用の耐怪魔用ハンドガンをバラバラに分解して並べていた。極細のピンセットを操るその指先は、ミリ単位の誤差も許さない外科医のような精密さだ。レンズ状に発光する彼女の瞳からは、空中にホログラムの設計図が投影されており、そこには銃身内部の摩耗状態が、美しい幾何学模様のデータとして視覚化されていた。
銀色のマットな肌に、青いホログラムの光が反射し、彼女の横顔を神秘的な聖像のように照らし出している。だが、その口元を覆う黒いスピーカーボックスからは、毒気を含んだ「拒絶」の言葉が漏れ続けていた。
「えー、冷たいなぁ。僕はただ、この平穏なひとときを分かち合いたいだけなのにー」
「分かち合うなら、自分の回路のデフラグでもしてろ。お前はメモリの断片化が酷すぎるんだよ」
カイトが冷たく言い放ち、サンドバッグに強烈な回し蹴りを叩き込んだ。
ドォンッ!!
衝撃でサンドバッグが激しく揺れ、チェーンが軋む音を立てる。
「メモリーがいっぱいになっちゃうのは、それだけ僕が毎日を全力で楽しんでる証拠だよ、カイト。忘れたくないことが多すぎるんだよね、僕って不完全だからさ」
ルークはそう言って、スピーカー越しに「へへっ」と笑うようなノイズを混ぜた。
彼は珍しいアンドロイドの旧型ベースの実験機。その不安定さは、時に彼に「人間よりも人間らしい」曖昧な情動を抱かせる。それは国家にとっては不具合でしかないが、この三人のチームにおいては、唯一の救いのような明るさとなっていた。
部屋の中には、打撃の音、金属が擦れる繊細な音、そしてルークの鼻歌が混ざり合う。
それは、嵐の前の静けさと呼ぶにはあまりに奇妙で、奇跡的な調和だった。
しかし、その時間は唐突に終わりを告げる。
『――E班15型、招集。第一層、作戦モニタールームへ速やかに移動せよ』
静寂を切り裂くように、部屋の壁面に設置されたスピーカーから、無機質な合成音声が響き渡った。
それは平穏の終焉を告げる、抗いようのない「神の宣告」に等しい。
カイトの動きが、ピタリと止まる。
肩甲骨の冷却用スリットから僅かに漏れた蒸気が、青い照明に照らされて、真珠の粉のように美しく舞い散った。
ベルは、手に持っていたピンセットをカチリと置き、投影されていたホログラムを瞬時に消去した。瞬き一つの間に、彼女の瞳は拡大モードから戦闘用の広域索敵モードへと切り替わり、鋭い光を宿す。
「……ほら来た。僕の安眠が国家権力によって侵害されたよ」
ルークは深いため息を吐き、ソファのクッションをポンと叩いた。
彼はゆっくりと、しかし確実に「兵器」としてのスイッチを入れ始める。だらけていたはずの四肢に、超高圧のエネルギーが脈動し、銀色の肌の奥で回路が低い唸りを上げた。
「よっこいしょ」
およそ世界最強の国家遺産兵器とは思えない、年寄り臭い掛け声を上げながら、ルークはソファから立ち上がった。
センター分けの銀髪を無造作にかき上げ、彼は黒いスピーカーボックス越しに、仲間たちへ向けて不敵な、それでいてどこか楽しげな声音を向けた。
「さあ、行こうか。二週間ぶりの外気だ。今度はどんな『お困りもの』が待ってるんだろうね」
部屋を出た後ルーク、カイト、ベルの三人は、巨大な油圧エレベーターの箱の中にいた。
「ねえ、このエレベーターの振動、マッサージチェアみたいで気持ちよくない? 設定をもう少し強めにしたら、出動前にリラックスできそうなんだけど」
ルークが銀色の壁に背中を預け、センター分けの髪を揺らしながら軽口を叩く。その足元では、巨大なピストンが唸りを上げ、何トンもの質量を滑らかに押し上げていた。
「ルーク、お前の感覚センサーは不具合を起こしているのか? これはただの物理的な振動だ。リラックス効果など設計段階では付与されていない」
カイトが隣で腕を組み、冷徹な青い瞳を階数表示のパネルに向けていた。
「もう、カイトは固いんだから。遊び心がなきゃ、せっかくの高性能AIがもったいないよ」
ベルが自分のハンドガンのホルスター位置を微調整しながら、クスクスとスピーカーから電子的な笑い声を漏らす。
やがて、重厚な扉が左右に開き、三人は『国家怪魔対策総局』の心臓部の一つ、第一層のブリーフィング室へと足を踏み入れた。
室内は、不気味なほど静まり返っていた。
正面の壁一面を埋め尽くす巨大なモニターが、冷徹な蒼白い光を放ち、三人の銀色の肌を青く染め上げている。そこには、茨城県北部の複雑な起伏を描いた等高線マップが映し出され、いくつかの地点で禍々しい赤い点が、獲物を狙う獣の拍動のように明滅していた。
「今回の案件はこれだ」
暗がりに座るオペレーターが、感情を排した声で告げた。
キーを叩く乾いた音が響き、画面中央に巨大な文字が浮かび上がる。
【分類:現代発生型妖怪 危険度:中怪魔レベル】
「茨城県北部の山間部。黄昏時、周囲の色彩が失われる時間帯に発生する怪異――通称『褪暮』だ」
画面が切り替わり、現地の風景写真が表示される。かつては美しい緑に包まれていたはずの山村が、まるで古い写真のように色褪せ、どろりとした灰色の霧に飲み込まれている光景だ。
「この領域に足を踏み入れた住民の失踪が相次いでいる。現在までのところ死者は確認されていないが、遭遇した者は例外なく意識不明の重体に陥るという報告が入っている。脳波データからは、強烈な『恐怖』と『喪失感』による精神的ショックが読み取れた。現在、当該地区は『濃霧による通行止め』として一般には封鎖済みだ」
説明を聞き終えたルークが、首を傾けてモニターを見上げる。その青い瞳には、恐怖の欠片も映っていない。
「へぇ、現代発生型。新登場のやつ? 若いね。新人妖怪かな。最近の流行りを取り入れたりしてるのかなぁ」
「ルーク、ふざけるな」
カイトの鋭い声が飛ぶ。彼は一歩前に出ると、画面に映る『褪暮』という文字を睨み据えた。
「古来型は、信仰と恐怖が数百年、数千年にわたって蓄積された情報の塊だ。確かにそれらは危険かもしれない。しかし現代型であってもデータ汚染によって機能不能になる可能性は十分にある気をつけるべきだ」
「でもさぁ」
ベルが、長い指先で空中に円を描きながら、わざとらしく明るい声を出す。
「夕方に相手の顔が見えなくなるから怖い、なんて、私たちアンドロイドには関係なくない? ほら、私たちって暗視モード(ナイトビジョン)標準装備だし。相手の顔、最高画質の4Kでくっきり見えちゃうよ? シワの一本までスキャンしてあげようか」
「確かに」
ルークがベルの言葉に同調し、スピーカー越しにカラカラと笑う。
「妖怪さんも、僕らの目を見たら『あ、これ理屈が通じない無理なやつだ』って気付いて、自分から山の中に逃げ出すかもね。僕ら、表情変えないし、怖がらないし」
「……楽観的なのもそこまでにしとけよ。だが、任務であることに変わりはない。行くぞ」
カイトが踵を返し、三人は再び大型エレベーターへと乗り込んだ。
「地上まで、カウント開始」
カイトの声と共に、エレベーターが猛烈な勢いで上昇を始めた。
足裏にかかる強烈な重力。周囲の景色が超高速で流れ去り、地下の閉塞感が引き裂かれていく。
1秒、3秒、5秒。
暗闇が走り去り、地上からの光が扉の隙間に差し込んでくる。
「ねえ、帰りに美味しいボルトドリンク、また買ってくれる? 前のミッションの報酬、まだ残ってるでしょ」
ベルが加速に身を任せながら、ルークの肩を小突く。
「もちろん。今度は一番高い『超伝導フレーバー』にしようよ。カイトの分は……一番安い水溶液でいいかな?」
「勝手に決めるな。……着くぞ」
上昇開始からちょうど10秒。
エレベーターが目的地に到達し、油圧ブレーキの鋭い排気音が響く。
扉が左右に弾け飛ぶように開いた。
そこは、重厚なコンクリートで固められた出動用ヘリポートだった。
夕闇が迫りつつある空の下、巨大なメインローターを猛然と回転させ、一機の黒塗りの輸送ヘリが待機していた。ローターが切り裂く風が、ルークたちの支給された灰色がかった作業服を激しくなびかせる。
「うわ、風が強い! 髪型崩れちゃうよ!」
「お前の髪は形状記憶合金だろう。気にするな」
「そういう問題じゃないの! 乙女心の問題!」
そんな喧嘩を演じながらも、三人の動きに淀みはない。
機体の側面には国家怪魔対策総局の紋章が刻まれ、そのマットな黒のボディは、沈みゆく太陽の最後の光を飲み込むように鈍く光っている。
三人は迷いなく、唸りを上げる鉄の鳥の中へと吸い込まれていった。
【国家怪魔対策総局 地下基地所属 アンドロイド司令官より 現在公開済みの情報】
設定資料①:アンドロイドの種類
現在運用されている機体は、大きく分けて三種類あり。
【旧型アンドロイド】
怪異対策が始まった初期に作られた機体。
構造が単純でとても頑丈ですが、動きは遅く、戦闘性能はあまり高くありません。
現在は基地警備や補助任務に使われることが多いです。
【新型アンドロイド】
現在の主力機体。
高速戦闘や高度な判断が可能で、怪異討伐の最前線に立っています。
ただし構造が精密なため、怪異の影響を受けやすいという弱点があります。
【旧新配合実験型アンドロイド】
旧型の頑丈な構造と、新型の高性能システムを組み合わせた試験機体。
強い出力を出せる可能性がありますが、まだ実験段階のため性能が安定していません。
設定資料②:アンドロイド班構成について
現在はA班1型からG班20型まで配備済み。
A班:特に防衛能力、戦闘能力が優秀と判断された者。
B班:完全とは言えないが能力が優秀であり運用がスムーズにできる者。
C班:主に怪魔討伐後に発生する「異界」から出現したモンスターを対処する。
D班〜F班:保有身体能力が平均値または運用初期の者
G班:旧型であり前線から降りた者
E班15型について。
製造、運用に成功した勇逸の旧新配合実験型アンドロイドである『ルーク』を配属した実験班。
機体名『ベル』 A班配備可能レベルの優秀な射撃能力を保有している
機体名『カイト』 製造段階で対怪異能力を覚醒させるために怪異残滓を混ぜ適応に成功した機体。しかし能力の発現が見られない。
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第一話いかがでしたか?
物語の雰囲気はどうでしょうか
この物語はこんな感じでE班15型という3人のアンドロイドを中心にマイペースに進んでいきます!
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